■逢傘‐あいかさ‐ ■ 最後に鳥山とまともに言葉を交わしたのはいつだったか…。同じクラスだったのが小学校の高学年の時だから,下手したらそれ以来かもしれない。 でも俺は鳥山を嫌ってるわけじゃない。次元が違うから仕方ないんだ。 鳥山はウチの高校の看板である野球部のレギュラーで,名前が売れてる。片や俺は帰宅部プー太郎。その間にある差は海峡並で,飛び越え難い。むろん,用もないのに声なんかかけたら変な目で見られるに決まってる。 そういう訳で,芸能人をテレビ越しに応援する気分で今日まで至りましたマル。 『トモは独り?』 鳥山は昔と変わらず気安い。気の置けない友人とまではいかないにせよ,よそよそしくなくて一先ず嬉しい。 『とっちゃんも,独りなんだろ?』 『……じゃあやっぱりトモも,独りか』 『そうそう。みんなが俺を置いて迷子になったんだよ』 迷子と口に出すのは躊躇われたけど,うそぶくことで上手く言えた気がする。 鳥山は笑いながら答えた。 『だよな,俺もそう。もっと言うなら,このパンフレットのせい?』 鞄から取り出したのはこの園内のもので,俺が秋山の鞄に詰め込んだのと同じものだ。でもよく見ると何か違う。 『・・・何語?』 見たこと無いミミズがのたくったような字で書かれてる。 『俺もさっぱり。そのせいで自分がどこに居るのか判んなくなった』 そうは言うけど言語は違えど地図自体は変わらない。鳥山は俺のように夢中になってたか,方向音痴なのかもしれない。 特に掘り下げて言うことでもないから,「不運すぎじゃん」と苦笑を浮かべて同調した。 『うーん…。そんなに悪くもない』 『そう?』 『ああ。迷子のトモと久々に話せた』 嫌味な程(実際言葉に嫌味らしいのが入ってるけど)爽やかな笑みを俺に向けてきた。 プー太郎帰宅部は眩しくて目線を微妙に外して応戦。 『俺もとっちゃんとの感動の対面は嬉しいけど,俺のその称号は要らないわ』 『だって俺たち迷子だろ? 』 『そーだけども,だけどこの地図見つけた時点で迷子から脱出してる!』 改めて看板を見上げてみたら,霧雨が目に入って見づらいことこの上ない。日光を遮るときと同じように目の上に手をかざした。 そんな時,頭上で布を張り詰めさせた様な音がした。すぐに雨が当たらなくなって,頭上に傘が開かれているのに気付く。ソレを持つのは勿論隣に居る鳥山だ。 『傘。雨降ってるし見づらいだろ』 整然としてる鳥山に悪気も悪意も見当たらない。だけど,なんちゃってあいあい傘が成立してる,気がする。 『いやいや,俺へーき。何か今更出しさ。とっちゃんこそ野球部期待の星なんだから,自分で差しなって』 と言うのは方便で,(そりゃもちろん,鳥山の体調は大事だけど)本音は男二人きりの傘から何としても出ることだ。 しかし残念ながら鳥山は俺の申し出に首を縦に振ってはくれなかった。 『体が濡れてれば車内も濡れるだろうし,禿げたくないだろ?トモ』 『そりゃそうだけど,無茶振りすぎ』 『いーだろ。道確認して行こうぜ』 強引に丸め込まれた気がしてならないが,ここまで言われて断るのも気が引けて,厄介になることにした。 道は思ったよりも単純で,集合時間前には目的地に迷わず行けそうで一先ず安心した。念のため,地図を携帯のカメラで撮ったから完璧だ。 雨のせいか俺たち以外に他の客はいない。幸いにもこの姿を他人の目に晒さずに済んでるし。 『とっちゃんばっか持たせて悪いから,俺が持…』 『ん?』 『……持とうとしたけど,やっぱりとッちゃんにお願いするわ』 本来一人で差す傘に小さいと言えども俺が入ってるせいで,鳥山の肩が濡れてることに気付いた。せめて傘くらい持とうとしたんだけど…。 悲しいことに身長差があるせいで,俺の腕が攣っても鳥山には届かない。 『そーだな,気持ちだけ貰っとく・・・そんな気ぃ遣わなくていいって』 笑いを堪えつつ言われたのと,自分で暴いた悲しい事実に打ちひしがれる。 そんなに俺は小さいかよ。鳥山が大きすぎるから余計そうなったに決まってる。 ぶつくさと心中で言い訳を唱える俺の隣,今の出来事がツボにきたらしい鳥山は,静かに肩を震わせてた。 『あーもう!笑うなら男らしく声を出して豪快に笑えよ!』 半ばヤケクソになって噛み付いたら,余計に笑いを誘発させたようだ。本当に声を上げて笑い出した。 鳥山は肩をオーバーすぎるだろってくらいに揺らして笑うから,手にした傘もバサバサと上下した。 『いい加減,やめ』 放っといたらいつまでも笑い続けてそうな様子に,軽く腕をこついたところで漸く落ち着いてきたみたいだ。まだ目に涙を浮かべてるけど。 . ←→ [戻る] |