■追憶 ■ 『王族の威厳に関わる問題であり,当時の王には沢山の皇子がいた。一人位減ったところで大して問題にはならなかったのだろう』 俺の心中を的確に読み取ったような言葉だった。 『どことなく,マヒロに似ていたな』 俺に似ていたのではなく,俺がソイツに似ていたが正しい表現になるだろう。 『……マヒロは外に行きたいか?』 『どうした,急に』 唐突な質問に俺は困惑する。 『興味があるのだろう?』 そう言われれば,確かにある。だが,だからといって実際に行くかと言われれば素直に頷けない。 『興味はあっても,外に行く気にはなれない』 『怖い?』 『怖いとかじゃない。ただ,俺にはこの国から出たくないだけだ』 独りぼっちにさせるなんて,絶対にしたくない。それは俺の一方的な想いだ。 椿は本を手にとって,ページを繰る。繊細な指が慎重に先を進んでいく。そしてあるページでそれが止まった。 『倭国は海に浮かぶ島。独立性が強いが,余りにも無知だ』 椿が指したのは倭国。俺達の住む,父が統治する島だ。 『無知って……』 『その言葉を残して去った。知らねばならないとも言っていた』 『そう』 まるで俺に国の外を勧めるかのような口振りだった。だが俺は,それ以上答えることはなく本を閉じた。 ■■ 偶然は時として残酷な結果をもたらす事を,知った。 外の景色は赤や黄色に染まり始めた頃だった。短いながらも,この時期は運動にしても読書にしても充実感を得る事が出来た。心なしか椿も生き生きとして見えるからこの季節は好きだった。 だが,今日を境にそれは覆ることになる。 『椿ッ!!』 通い慣れた建物の扉を勢い良く開いた。ガタンッと派手な音が生じたが,構う余裕はない。 『どうした?そんなに急いで』 珍しくこの離れの主人,椿は起きていて本を片手に障子に寄り掛かるようにして座っていた。常に書物で溢れる室内には,今日に限って綺麗に片付けられていた。その為か,ひどく閑散として見えた。 『国の外へ行く事になった』 一瞬,椿の瞳は大きく見開かれたが,直ぐに細められた。 『そうか』 『椿が父上に進言したのか?』 今朝,父から直々に告げられた。俺は現在交易中の国への留学が決まったらしい。公では建国以来,初めて海外への留学らしい。 何故,今の時期に俺に白羽の矢がたったのか解らなかった。 『自分の言葉に耳を傾けてくれるのはマヒロだけだ』 『なら,俺は行かない。父の命には従わな…』 『マヒロ』 椿が,俺の声を遮った。今までに聞いたことがない程重みを感じた。 『この国の唯一は王。それに,今この国は知らなければならない』 椿の手には一冊の本があった。いつか書庫で見ていたあの本だ。 『マヒロだから出来る事だ』 『俺は椿を独りにはしたくないッ!』 『今生の別れではない。直ぐ会えるだろう』 苦笑を零す椿の手を引き寄せて,抱き締めた。 椿と俺の時間は違う。次に会うとき,俺は椿を守れるだけの力を備えていられるだろうか。 『…歳をとって帰ってくるかもしれない』 『それが普通だ』 まるで幼子をあやすように,ぽんぽんと背中を擦るこの手は今の俺にはとても遠い存在なのかもしれない。 『椿,』 『なんだ?』 『……何でも,ない』 零れそうな言葉を嚥下した。そして椿の肩口に顔を埋めた。 こんなにも近くにいるのに,遠い。俺の存在は余りにもちっぽけだ。 『……椿,俺は外の世界に行く』 それで距離が縮まるかもしれないなら。 ■■ 倭国を出て,数年が過ぎていた。椿の言った様にあっという間。学ぶ事が多すぎて,消化が追いつかない程。 . ←→ |