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ふとした疑問
 覚えが無いと言えば嘘になるが,それでも戦闘後の記憶というのは毎回靄(もや)がかかったように浅い。

 実際,どうやってこの宿まで辿り着いたのかも曖昧なのだ。

 生死の境を体験した後に通常の精神状態へと気持ちを切り替えるのは至難の技だと,いつかの銀術師養成学校で髪の薄い講師が熱演していた風景が脳裏を過る。

 未だに実感することは,なかなかどうして先公を見返してやりたいと思っていても意外とその通りになってしまうのだろう。

 伊達に優秀な銀術師を輩出する国内有数の養成学校ではないということか。

 まぁ,自分もその中の一人に組み込まれているのだけど。


 「本当に俺がそないな事を?」

 「あたしがわざわざあんたの気を引こうとして嘘ついてるとでも思ってるんなら出直してきてよね」


 そんなのこっちから願い下げよ,と鼻を鳴らして馬乗りになりながら腕を組むリーフ。

 端から見れば一体何をしているのかと色んな意味で問い掛けられそうなので,ウェイドはおどおどしながらも取り敢えず体勢を整えた。

 白装束を手直ししながら横目でチラリと様子を伺えば,彼女は改めて悪魔の恐怖から解放された喜びを一人噛みしめている。

 聞けば,悪魔の襲撃に遭ったのはこれが初めてらしい。

 生まれて十年と六歳,特に何事も無く穏やかな生活を送っていた為,ウェイドもその事実には驚かざるを得なかった。

 と言うのも,世界中のどの地域にいようが悪魔に遭遇する確率はそう大差無い。

 あるとすれば,それは生物の生存が不可能とされる火山地帯や一年中氷で覆われた極寒地帯等だけである。

 それなのに特別変わった土地でもない街が十年以上も被害を受けていないのが本当であるならば,これは大変不可解な事実として即刻宮廷の諮問機関行きだ。

 ウェイドは喉から出そうになった追求心を唾と共に飲み込み,僅かに目元を暗くする。


 「……」


 少し遅めに来たルームサービスで運ばれてきた朝食を一瞥したウェイドは,適当にパンを手に取って終始無言なまま食にありついた。

 これまで幾多の国と地域を渡り歩いてきたが,悪魔の出現しやすい地域とか,逆に狙われない地域があるのかなんて疑問を抱いた事など無かった。

 何故そんな大切なことに気が付かなかったのだろう,と彼は心無しに溜め息をつく。

 否,そう思案する以前に余裕など無かったのか。


 「……ウェイド,行儀悪い」


 口の中に消化途中の食べ物が入っている状態だったので,横からピシャリと指摘を受ける。


 「堪忍してや〜」


 そう苦笑いで返して許しを得ると,ウェイドは天然パーマからは想像も出来ない程の神経を脳内に集中させ,これまで悪魔が出没した地域を呼び起こそうとした。

 無意識のうちに手が力んでしまい,食べかけのパンがぐにゃりと潰れる。

 リーフが不思議そうに見つめる中,再度黙り込む。


 「……」


 いや,だめだ。

 数が多すぎて埒が明かない。

 浮かぶのは死体の山と,腐敗臭が漂う大地と,闇に浮かぶ数多の赤い瞳と,心を無にしながらひたすら銀を振るう自分の姿。

 いつも隣りにいて,憎まれ口を叩きながら束の間の休息を共にするレイン。

 それから,旅を共にすることとなった筈のハルという少女。

 ん,待てよ?

 自分は今,何か大切なことを忘れてはいないだろうか。

 こんなのんびりしている場合じゃない気がするぞ?


 「―――じゃあ,ハルちゃんは一体どうやって悪魔の出没する地域を割り出したんや……?」


 胸の内を知らぬ間に呟いた後,ウェイドはハッとしたように口を噤んだ。

 朝食を頬張っていたリーフも咄嗟に咳き込むと二人は顔を見合せ,阿吽の呼吸で残りの食事を胃の中へ強引に流し込む。

 それはもう,これから地球に隕石が墜ちてくるから今のうちにありったけの食料を注ぎ込むくらいの勢いだ。

 多少乱暴にチェックアウトを済ませて二人が向かったのは,とある建物の前。

 特に何の変鉄も無い外装に首を傾げるのも無理無い。

 一刻も早くハルとレインの行方を見つけ出さないといけないのに,とリーフは少なからず焦ったように身体を揺らすが,当の本人は全く別の態度だ。

 自信満々に鼻の穴を膨らませて腕組みをしているウェイドを斜め下からの角度で見ると,若干鼻毛が見え隠れしているが取り敢えず何も言わないでおこう。

 元の顔はそんなに悪くはないので,おそらくは銀術師故に自分の容姿に気を遣っている暇が無いのだろう。

 事態が収まったら彼を人並みにプロデュースしてやろうと不覚にも意気込むリーフを他所に,ウェイドは改めてとある建物のドアノブへと手を伸ばした。


 「あいつ……レインだって,きっとこの方法で活路を見出だすやろ!」


 傍に居ずとも繋がっていると感じるのは,揺るぎない信頼が引き起こさせる素敵な幻想なのだろうか。

 兎にも角にもこの少女には大切な事を教えてもらった。

 本人の見ていない所でフッと笑みを溢すと,二人はいざその建物のドアを叩いた。

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あきゅろす。
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