確証の名の元に 「―――皆の者,沈まれ」 威厳のある呼び掛けが,一つ。 それまで壮絶さを物語っていた眼下での戦場が一瞬のうちに消し飛び,鶴の一声とばかりに全員の動きが止まる。 辛うじて生き残っている村人達は村長の無事を心から祝福し,彼等はこぞって老婆に手を広げて助けを乞うた。 「村長様!よくぞご無事でなにより!どうかこの悪鬼の所業をお沈め下さいませ!」 「そうです!この若者達と共に村の救済を…!」 しかし,この不可思議な事態に頭を傾げていたのはレインとウェイド本人達である。 何故,悪魔の動きが突然止まったのか。 ただの人間が沈まれなんて言おうが言うまいが,悪魔はただ本能に任せて襲ってくるだけな筈だ。 「仕方がない。もうこの村もだめだ。良い実験場所として気に入っていたのにワシも残念だよ」 「村長?何を仰っているんですか?」 そこにはもう,村長と呼ぶに相応しい風貌はなかった。 あるのは狂った考えと,自己愛の塊。 「すまんな,皆の者。これも我が研究における礎となっておくれ」 ニヤリと,老婆の頬がつり上がった。 それと同時に老婆は手を空高く上げ,そして振り下ろす。 とても単純で,残酷なる合図。 「悪魔達よ,人間を一人残さず殺せ」 唐突に察知したとてつもない殺気を全身で感じた銀術師二人は即座に反応すると,目にも止まらぬ速さで悪魔十数体を木っ端微塵に吹き飛ばした。 まさに間一髪である。 一刀両断された悪魔の肉片は尚も下肢又は上肢だけで蠢き続け,ここが本当に現世であるのかと懐疑せざるを得ない。 生き地獄の間違いではないのか。 「…なぁ,ウェイド…」 「…分かってる。村人達の半数以上がここに加算されていく鼠計算方式やろ?…」 どういう訳か,悪魔のウイルスに侵された肉体は急激な細胞破壊と再生を繰り返し,あっと言う間にファーストが完成する。 そしてファーストとなった悪魔は近くの村人に躊躇なく牙を立て,それから更に感染の被害の拡大に歯止めが効かなくなるという悪循環。 全てはあの老婆が仕組んだとなれば当然,二人の標的はその者へと移る。 そう言えば,さっきからハルの様子が見えないのはどうしてなのか。 まさか,そのまさか? 「レインさんウェイドさん!」 「―――あ,良かった。生きてた」 「ほんまや。ちゃんと足ついてはるか?」 「勝手に殺さないでくださいよ…」 ハルは僅かに肩を下ろすのも程々にして,自身の持つ小さいながらも立派な短剣を握りしめながら老婆と対峙していた。 というか,折角レインが受け止めてくれたというのにも関わらず,何でまた屋敷に上ってしまったのだろうか。 「わたしはこちらの方をお相手します!レインさんとウェイドさんは悪魔のお相手をお願いします!」 自分にも出来ることがあるはずだ。 そう思案した結果,ハルはこの老婆の口を割らせることに決めた。 そう,ある確証を持って。 「小娘がワシを舐めるんじゃないよ。そんな細っこい腕でワシに勝てると思うとるんか」 「ハル危険だ!早く下りてこい!」 レインが必死に説得するが,ハルは構わず老婆に向かって短剣を振り上げた。 「ハル!!」 「わたしは大丈夫ですから―――レインさん危ない!」 戦いの最中にこれだけ他事に集中したことなどなかった彼は,またもや危機的状況をなんとか脱出することが出来た。 あと数センチ避けるのが浅ければ,頸動脈から見事な血の噴水が見れたことだろう。 尚も増え続ける悪魔の勢力にウェイドは若干手を焼きつつも,得意の極細線攻撃を駆使して広範囲の悪魔の心臓を的確に狙い撃ちした。 上から見れば,悪魔の一部分だけが制止したようになっている。 「悪鬼が全滅されるのも時間の問題ということか。あの銀術師達,相当な手だれと見た」 しかしどうしてか,老婆は余裕な笑みでハルの短剣をかわした。 もう足腰がおぼつかない年だというのに,その後の攻撃にも傷一つ付かない。 「…やはり,思った通りです」 ハルの手が止まった。 そこ視線は哀しいのか,懐かしいのか,はたまた心苦しいのか。 彼女はただ,瞼を伏せてこう言い切った。 「貴方は―――悪魔研究者ですね」 晴れかかっていた空に再来したのは,より一層闇を濃くした不気味な雨雲。 [*前へ][次へ#] |