01 雀の囀りと部屋に射しこむ穏やかな光で目が覚めた。 なんだか、とてもいい夢を見ていたような気がする。 理想的で爽やかな目覚めと朝に自然と気分も浮上した。 そのまましばらく年季の入った天井をぼんやりと見つめていて気付いた。 −−…ここは、俺の部屋ではない。 自室の天井板にある筈の薄気味悪い形のシミが見当たらない。 ハッとして、横を見ると其処にはくしゃくしゃになったティッシュ−−−あちこちカピカピになっている−−−が、いくつか散乱していた。 なんだ。これは。 いや、これが何を意味するかはわかっている。 とりあえず、可哀想なティッシュが意味するところへのショックから思考を引き剥がし、どうしてコレが産み出されるにいたったのか、記憶を探る。 昨日はたしか、そう。 刻と組んでバイトに行って。 それから理由は何だったか、大方あいつが原因だろう、喧嘩が始まって−−−それで? 昨晩の…、深夜の記憶が、ない。 頭を抱えていると、後ろで何かが動く気配がした。 この背中の体温に気づいていなかったわけじゃない、出来れば無視をしていたかったのに。 なんで… 「ハヨー…、ッ!へくしゅっ!!」 なんでお前が居る。 同じ布団で、しかも何故裸なんだ。 まだ、覚醒しきっていない様子で欠伸をかみ殺しているそいつ。 寝癖のついた金色の癖っ毛が、朝日を反射して目に痛い。 「ナニ?お化けでも見たみたいに。」 「…」 「ね、オレの服知らネェ?冷えた。」 「−−−…なぁ、昨晩ここで何があった…?」 意を決して声をかける。 すると、ぴくりと反応した後、布団周辺のひどい有様を見やり、 「何って、…ナニじゃね?セッ○スダロ」 あっけらかんと言い放った。 俺がどうしたって認めたくない事をあっさりと認めやがった。 いたって普通な顔をして…どうしてそんな落ち着いていられるんだ。 至近距離から薄く香水の香りがして、余計に苛立ちが募る。 「他になにがあるんダヨ。 布団に遺伝子の死骸がこびりついてて? 辺りにはティッシュが散らばってて? 野郎同士とはいえど、一緒の布団で寝ちゃってるシー オレにいたっては、裸ジャン。」 「おっ、まえ…!少しはデリカシーとか」 「へえ、大神クンからそんな台詞聞けるなんてねェ。 ナァニ?"きゃー!オレの処女返して〜うわーん!" とかやって欲しいワケ?」 ヤツの寒い演技に鳥肌をたてる余裕も無いほど、俺は混乱していた。 処女って…やっぱり俺が刻を。 嘘だろ… 布団をよくよく見てみると、乾いた精液の他に血が混ざっている事に気づき、切れたのか、と、漠然と思って、瞬時に頭を振って思考を追いやった。 …刻の『そこ』を傷つけながら入りこむ自分の局部を想像してしまった。 最悪だ。 自分で自分を追い込んでどうする。 「−−−…お前には常識とか男としての矜持だとか、ないのか?」 「はぁ?あるに決まってるデショ。 今更終わった事を嘆いていじいじしてたって仕方ないジャン。 スイッチ切り換えろよ。女々しいなァ、大神クンは。」 と、鼻であしらわれた。 んな簡単に切り換えられるのは頭の中身がスッカスカの、そう、お前みたいな馬鹿だけだ。 俺達ヤったんだぞ。おそらくだが。 が、また女々しいと言われるのは酷く癪に障る為、ぐっとこらえる。 ヤツのどこまでもふてぶてしい態度に振り回されてしまって忘れていたが、俺は昨晩何があったかについて知りたかったんだった。 「…正直、何も憶えてないんだが」 「っは、何その深刻な顔! 別にいーヨ、憶えてなくたってサ。 オレだって薄らとしか記憶ねーし。」 「!?」 「ああ、いや、最初だけ。 たしか喧嘩して−−−」 「!それは俺も憶えている。」 「で、こうなったっぽい。」 「…一番大事な部分が抜け落ちてるぞ。」 「それはお前もダロ。 大神にも記憶ネェのナ。 はあ〜結局真相は闇の中か〜」 「…物的証拠はたんまりとあるがな。」 「状況証拠もネ。 はー、ケツいてーシ、萎えるわ。」 「黙れ…、想像したくない。 くっそ、なんでお前なんかと…」 頭を抱えて唸る。 なにが、良い夢をみた気がする、だ。 とんだ悪夢じゃないか。 「…」 「…?」 さっきまで、べらべら喋っていたくせに。 急に静かになったなと様子を伺えば、淡い青の瞳が伏し目がちになってそらされた。 眉間に薄くシワが入っていたところから、コイツも偉そうに言っておきながら、やはり嫌悪感だとか後悔だとか感じているのだろう。 と、向こうを向いていた顔が振り返った。 先ほどまでの物憂げな表情はどこえやら。 眉を下げてくすくすと笑っていいる。 こいつ、やっぱりおかしい。 「やめたやめた!この話。 もう良いジャン。疲れるし。」 「!?、そんな問題じゃないだろ!」 「エ?責任でもとるおつもりで?大神クン。」 「−−−!!」 「プ、ハハハ!あからさまに嫌そうな顔しちゃって! 冗談だっつーノ!ったく、真面目だなァ。 イーヨ、別に。 全部無かったことにしようヨ。」 足元に散らばっていたらしい服をてきぱきと着ながら、ニヤリと嗤う。 ヤツの頭の中はよくわからないが、案外常識人だったり神経質だったり、ちょっとは信用に値する男だ。 ウソつきだが、自分に不利なことはしないだろう。 俺が頷くのを確認し、また満足気にニッと口角を上げてみせて、立ち上がる。 ヤツがドアノブに手をかけた時、あ、と小さな声がして、なにかと問うと、ここに来てやっと見た真剣な瞳。 「約束事をひとつ。」 (昨夜のことは絶対に、二度と口にしないこと。) 事実を永遠に葬り去る。 断る理由もない。 諾を示すと、また笑みを浮かべて、スルリと出ていった。 |