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ES21
Organic eyes(進)

※微ホラー?少しグロテスクな表現があります








 進は目を開く。進の朝は無音である。進の目覚めは体内から沸き起こるものである。進は鉄亜鈴やマットなど、体を鍛える道具に囲まれて目覚める。他には、スポーツ科学、栄養学の学術書、高校の教科書、と全て列挙しても極めて単純に済む部屋で起居している。そこには鉄や紙など、人類が古くから親しんできた資源で出来たものしかない。もっとも、蛍光灯などに使われている合成樹脂などを除けばであるが、概ね合っていると考えてもらって差し支えない。

 進の体内時計は正確で、世間で言う単位の5分以内の誤差しか生じない。そして彼はいつも世間でいう単位の30分前には王城高校アメリカンフットボール部の練習スペースのグラウンドに到着するため、滅多なことで遅刻することはない。進は自ら朝食を作り、摂取し、身支度を整え玄関を出る。

「いってきます」

 進は寡黙であるだけで、人としての挨拶は行う人間である。


 道を歩く。駅に到着する。進には挑戦がある。一つはアメリカンフットボール。一つは駅の改札である。あの改札には人が入るスペースはないのに、どうやって出てきた切符をハイスピードで吐き出しているのか。裏返して入れても、元通りになって出てくるという。進はそれを身を持って体験したことはない。切符を券売機から買う段階で、券売機が故障し、買えたことがないからだ。

 進は学業の成績は優秀であるが、分からないことがたくさんある。例えば携帯。例えばビデオ。その概念は分かるが、どう扱えばいいか分からない。

 「おはよう」進に挨拶をする男がいる。彼は桜庭である。よく困ったような笑みを浮かべる男で、何で進はそんなに機械を壊すのと問う友人である。彼の問いは正確ではない。進からすれば、何故機械と呼ばれるものが壊れるのか機械自体に問いたいほどである。

 いざ鍛練で培われた力に任せて押すなどすると、途端に壊れる。壊れると、どんなはたらきをしているか分からないものたちが溢れ出てくる。しかもそれは進にとって既知のものであるリコーダーやおもちゃのタイヤであったりするので、ますます理解出来ない。

 進は情報の授業の時間、桜庭と出席番号が隣ということで隣同士に座り、勉学面と体力面、双方桜庭より優れている進が皆目分からないコンピュータの部品の説明をしてもらったが、マウスときけば鼠、キーボードときけばメロディオン、ディスプレイと聞けば烏賊の甲を連想し、桜庭の説明で出来上がった進の頭の中のコンピュータは、この世のものとは思えない奇怪なものになった。桜庭から一通りの説明を受けた後、教えられた通りに電源ボタンを押すと、約束のようにコンピュータはショートし、亡きものになった。

 空は青く、雲は兜の如き形をしている。進の峻厳な瞳は空を見たままに捉える。空を美しいと、進はそのような抒情的な捉え方をしたことはないが、空を美しいと形容する人の気持ちは分かる。進とて木や石で出来ているわけではない。血肉の通う立派な人間である。しかし、一転してその目を地上に戻すと、進にとっては普通の光景が――他人が見れば卒倒してしまうような光景が――広がっている。

 だが進は気にしていない。機械を破壊してしまった時には、真冬の大気のような痛いほどの潔さで、過失を認め謝罪する。謝罪し、二度と繰り返さないようにと己に誓う。それだけだ。

 自分が他人と同じ機械を扱えない寂しさ、現代では主流となっている電子機器で、人と繋がれない寂しさを感じることはない。
 だが、痛いほどの潔さに「痛み」を感じる友人――桜庭のことだ――がいることは、進の想像の範疇になく、進は気付かない。気付かないので、やはり寂しさを感じることはない。

 アメフトにそれは関係ない。

 選手とボールで構成された、力とスピードと知略の世界。遥か太平洋に浮かぶ大陸でこの競技が生まれたときから、たとえ世が電子網にどれだけ侵されようとも、フィールドには変わらないものがあり続ける。

 これまで幾人もの選手が観てきたものと同じ世界を、進は見ている。

 自宅からの最寄駅で、進は挑戦する。駅長が切迫した表情で進を止めようとするが進は気づかない。

 まず切符を買う。切符を買うときにはボタンに触れずに画面に触れる。優しく優しく、力を抜いて。進なら力を入れなくたって大丈夫だよ。桜庭の顔と声。進はそんな思いを込めて指を置く。

 途端に券売機は可笑しな音を立てて黙りこみ、駅長は間に合わなかったと、かかる修理費を計算し頭が痛くなる。
 







 そして、王城高校の周辺で噂が這い回る。

 曰く、王城大学の研究室から、実験中のアンドロイドが逃走した。

 曰く、そのアンドロイドは、精巧な人型をしており、一目見ただけでは人と判別することは不可能であるという。

 曰く、凶暴で、力は人間の筋力の限界を越えている云々。

 学校側からは気にしないように、という、生徒の不安を和らげようとする、その実、学校の雰囲気が悪くなって風紀よ乱れてくれるな、という意図のアナウンスが流される。だが、それでは心身ともに可塑性のある、同時に不安定な少年少女たちの不安は払拭できない。不安は綿菓子のように膨張する。

 その影響は高校生としては桁外れに屈強な男たちが居るアメリカンフットボール部でも無視できず、表面上は一笑に付されていたが、選手とはいえ学生、フィールドにいる時間より机に体を押し込めて、授業を受けている時間の方が長い。故に自らのクラス内の雰囲気に少なからずあてられ、部内に何となく不穏な空気が漂っていた。

 しかし中には本当に気にしていない者も居る。正確には眼中にない者だが。以下は大田原の発言である。

「アンドロイド?どんな泥のことだ」

 これを聞いた部員は相変わらずだなという感想を抱き、部の空気をいくらか和らげることに成功した。大田原の愚直な性格がいいようにはたらいた稀な例である。

 相変わらずなのは進も同じで、桜庭から噂を聞いてはいたものの、どうしても聞いた噂から己が恐怖を感じることが出来ず、スポーツ科学や栄養学の知識が詰まった優秀な脳の隅に一旦追いやり、好敵手との対戦に備え、ただ修練を積んでいた。



 ある時、進にとって不思議な出来事があった。進は平べったい烏賊の甲のようなおかしな電話を操る人々の間を抜け、駅まで歩いていると、人間「のような何か」が路地に入ろうとしているのを見つけた。

 これは異常だ、と進は判断した。

 この判断は正しい。進の目に人の形をしたものが「人間」と映らないことはかなり異様なことであり、同時に、それはこの時点で人間ではないと太鼓判を押されたと同義だった。進の目は良い。それはランドルト環を用いた視力検査で最も小さなランドルト環が見えるということではなく、一度対戦したきりの顔も知らない選手を、ランニングですれ違った際に筋肉だけで見分けるような、言わば中身を喝破する、浄玻璃の鏡のような目なのだ。故に進は、どれだけ人の外見が変わろうが(その人物が肉体改造などで、中身から変わっていない限り)その人の中身をを喝破できるのである。
 その、人を喝破出来る目を持つ進が、人間「のような何か」という評価を下すことは、異常事態である。進は追う。進の優秀な脳は桜庭から聞いた噂を記憶から取り出し、もしかしたら噂のアンドロイドかもしれないという仮説を立て、路地裏に入る。



 路地裏には、果たして異常な光景が広がっている。


 フードを深くかぶった男のような何かが、成人男性でも片腕では持ち上げることの難しい大型犬を持ち上げ、その首を片手で絞めている。獲物を命ではなく、戦利品として掲げる猟師のように。絞められている犬は暴れることもなく、口から泡が垂れている。
 
 この犬は地面に投げ出されるのだろうと進は思う。地面に横たわる既に息絶えた毛色の違う大型犬たちと同じように。フードの隙間から除いた肌は皺が占めており、そもそも服の下から分かる腕の細さからして、とてもそのような身体能力を有しているようには見えない。

 進は人間である。非人道的な行いを目にして、許せないと思い、行動することもある。機械の破壊を除けば、まさしく品行方正を体現している男である。しかし今回は事情が違った。
 
 義憤に駆られる前に、生物としてこの異常を何とかしなければという焦燥に駆られ、進の身体は動いていた。


 進はまず相手の腕を掴む。掴んだ服の下の感触は完全に人間である。そこで何かは初めて進の存在に気づき、しゃがれ声で進を怒鳴るが進はお構いなしに、犬の首を絞めている右腕を絞る。何かの手から犬が離れ犬を救うことには成功したが、残った何かは体を半回転させ、左手をそのまま進の腹へと刺した。重いパンチ。肉にあるまじき固さを持つ進の腹筋でさえ耐えることが出来ず、息と共に唾液が飛び出す。進は決して敵を侮っていたわけではなかったが、ここまでの身のこなしが出来ることは、進の予想の範囲外だった。

 進は何かの実力を上方修正し、同時に進の中のスイッチが入る。常人には入れることも敵わないスイッチが。

 進は腹に刺さった腕が引っ込められる前に両腕でそれを絡めとり、渾身の力でタックルを食らわせる。相手の体重は進の予想通り、紙のように軽い。進は更に両腕を離して何かの後ろに回り込み、襟元を掴み地面すれすれまで押し付け、脱臼させる勢いで腕を捻じりあげた。



 すると奇妙なことが起こった。
 何かの右肩から腕が離れた感触があり、パーカーの中をするりと滑って、何かの右腕の重さは進の手の中に完全に預けられた。進は慌てなかった。慌てられなかった。出血がないからではなく、どうしても、身体感覚として、人体を傷つけた結果のものとは思えなかったからである。
 それよりも進にとって奇妙だったのは、何かの右腕が進の手の中に収まった際、進の視界の中で状態が変化したことだった。今まで人体に見えていたものが、急に機械として、映った。進の視界に準拠した形で言うとトウモロコシに変わった。
 進は疑問に思った。
 なぜ、人「のようなもの」として捉えていたのに、今更姿を変えたのだ?
 人「のようなもの」は人ではないが、機械ではない。機械なら、進には別物に見える。そもそも人の形にすら見えない。


 なぜ、最初は、「ようなもの」であれ「人」に見えたのか?

 桜庭が困ったように笑いながら言っていたことを思い出す。



『でも本当は違うらしいんだ。脱走したのはアンドロイドじゃなくて人間なんだって。研究していた教授が、この人が体が不自由だったらしくて、自分を実験体に、全身に人工筋肉を移植して自由な体を手に入れた。けどその時に凶暴化して、街に飛び出したんだって。嘘みたいだよね。この噂もあんまり知っている人いないみたいだし、面白くないと思った人が作った噂じゃないかな。僕もそういう都市伝説に詳しい人から聞いたんだ』

 進は思考する。





 はて、俺が今しがた壊したものは機械だっただろうか?
















普通に電磁波&怪力のせいだと思いますけどね。相変わらず訳の分からん話ですね。アンドロイド出したのは私の趣味です。人工筋肉は小さな機構が集結しているという妄想のもと、なら進ビジョンではトウモロコシでいいかという話になりました。文章は気持ち悪さ重視。SFに憧れている人間が雰囲気だけで科学的考証全くせずに書いた結果がこれだよ!!

20130813



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