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泡になって消えてかないで
惚れた腫れたが本日もここホグワーツでは大きく取り沙汰されている。学校中の人気者のスキャンダルとなったら話題は1日それで持ちきりだけれども、取るに足らない些細な事ならそれこそたくさんそこかしこに落ちている訳で。
というのももうすぐ夏休み休暇に入るから、取り分け七年生はそういう騒動が多いみたいだ。

「さて今日の話題は誰なの?」
「あなたよ、なまえ」

口にしかけたティーカップをなるべく動揺を見せないようにゆっくりと机に置いた。リリーは悪戯に微笑みながら最近頻発に発行されているホグワーツ新聞を私に渡してくる。私の注目度のピークは三年生のころで五年生になった最近はそうでもなかったはずなのに今更何が。大きな見出しには禁断の恋の行方、と書かれていてその下にあるのは私とルシウスの写真で、記事の内容はもはや読まずとも予想できたのでぐしゃっと丸めて机の端に追いやった。

「あら、読まないの?」
「内容なんて想像つくじゃない」
「なかなか面白かったわよ」

のほほんと笑うリリー。面白いから記事になるのだから、そんな事は当然だ。私が有名になるのはいつもルシウスのことで、ルシウスが卒業したらきっと私は過去の人になるだろう。そんなことよりも、またナルシッサ先輩に嫌がらせされるかもと思うとこれは…。早めに手を打っておかなければならないな。この記事を書いた生徒に謝罪させに行くのが良いかもしれない、と思い丸めたばかりの新聞をもう一度手にとって広げてみた。紙面で笑うのは懐かしい二年前の私たち。

「まだ好きなんでしょ?」
「…そんなことないよ」
「最後くらい良いんじゃない?素直になっても」
「…ルシウスが迷惑だと思うよ、きっと」

そこにいるのは私の1番大切な日々を過ごしていた私。雪の中で恋人にしか許されない距離で微笑み合って、私のマフラーを整えてくれているルシウス。戻れるなら戻りたいし、許されるなら素直になりたい。でもそんなの最初から許されないことだったんだから、忘れなくちゃいけない。記事は匿名で書かれたもので、ナルシッサ先輩には直接謝りに行かなくてはいけなさそうだ。


「なまえちゃん、まだスリザリンに興味あったんだね?俺で良ければどう?」
「最後くらい遊ぼうよ。好きなんでしょ、こういうの」

新聞を鵜呑みにするくだらないスリザリンの七年生にはうんざりだ。馴れ馴れしく肩を組んできたりするその人たちにいちいち反応なんてしていられない。せっかくみんな私に飽きて来たころだったのに、本当に迷惑な記事を書いてくれる人がいるものだ。

「新聞になんて書いてあったのかしりませんが…少なくともそんな記事でしか私に好意を抱けないような方には興味はありません」

ていうか鏡見て出直せ、と出かかった言葉は飲み込んで澄ました顔で軽く睨みつける。私が睨んだところで効果なんて知れてるけど、これくらいしないと気が済まない。下世話な記事に書いてあったことはどうせ二年前となんにも変わらないんだろう。

「相変わらず手厳しいな」
「!」

上からした声に全員の顔が上を向く。さっきまで威勢の良かった七年生たちはささっと私から離れてルシウス、と気まずい笑いを浮かべながら彼を呼ぶ。声を発したその人物は冷たい声と表情のまま、退け、とだけ言ったから、彼らはぶつぶつ小声で言いながらも階段を降りて消えて行った。

「…ごめん、朝の記事、迷惑かけたよね」

二年ぶりに話すルシウスに、掠れた声しか出なかった。階段を降りて来たルシウスは相変わらず冷たい表情のままで、息が詰まりそう。いつもこうだ。私の気持ちとは関係ないところで、ルシウスに迷惑を掛けてしまう。ただ好きなだけなのに…

「それはお前の方だろう?悪かった」
「どうしてこんなことになったのかわからないけど、私はもうなんの気持ちもないから、ナルシッサ先輩にも伝えておいて」
「あぁ、そうしておこう」

ルシウスはそのまま私の横を通り過ぎて行く。後姿に、助けてくれてありがとう、と呟くと少しだけ振り返ったルシウスは小さい微笑みを浮かべていた。すぐに前を向いてしまったけど、懐かしいその表情に新聞の見出しが頭をよぎる。禁断の恋の行方は、バッドエンドに決まってるよ。


ルシウスは明日このホグワーツを永遠に去る。もう一生会えないかもしれない、いや、会わないのが私のためなんだ。わかってはいるのに気を緩めれば泣いてしまいそうになる。だから黙って部屋にこもって、でもそうするとまたルシウスのことを考えてしまうという悪循環に陥っている。

「良い天気よ、ジェームズたちがクィディッチの練習試合するみたいだし、行かない?」
「んー、じゃあ行こうかな」

窓から差し込むきらきらした日差しにすこしだけ元気がでそうな予感がしたから、リリーの誘いに応えて制服に腕を通した。競技場へ行くと、真紅と緑のユニフォーム。

「リリー、ちょっと…スリザリン戦なんて聞いてない」
「言ってないもの」
「そういう問題じゃなくて!」
「良いの?見納めなのよ?」
「…」

観客席に座り、私が探すのは緑のユニフォーム。ひとつに結ばれている長い銀髪。意外とこういうとき熱くなる、なんでも簡単にこなしちゃうルシウス。嫌になるほどすぐに見つかって、点数が入るたび微笑む姿に胸が痛む。ルシウスがこういう風に楽しんでるのを見られるのもこれが最後なんだなぁ…。彼女でいたころは、ルシウスもちらちらとこっちを見てくれたものだけど…と思った瞬間、ルシウスと目が合った。気まずいと思う気持ちともうどうにでもなれと思う気持ちが頭のなかで回る。
なんとなく目が離せないでいると、隣に座っていたグリフィンドールの先輩から話し掛けられた。

「なまえ!久しぶり!」
「あ、あぁ先輩、こんにちは」
「ずっと部屋にいたんだろ?大丈夫?」
「は、はい、すこし風邪気味で…もう大丈夫です」
「実は会えたら話したいと思ってたことがあってさ…今日の夜、いい?」
「はい、空いてます」

話しているうちに、グリフィンドールに点数が入って皆が立ち上がって歓声を送る。慌てて立ち上がってみんなに習いながらルシウスを見ると、さっきとは打って変わってやっぱり不機嫌そうな表情だった。こういうところは意外と単純でかわいい。


先輩からの話の内容はなんとなく察しがついてしまうから嫌だなぁ、告白ラッシュのホグワーツでは男が女を呼び出す理由なんてひとつだ。これは私の自惚れなんかでもなんでもなくて、だれが誰に呼び出されたってそう思うだろう。
指定された場所へ向かって気乗りしないまま歩いていると、前からルシウスが歩いて来た。こういう時は、シカトしないとね。なるべくなんでもない風に。なのに私は泣きそうだ。こうやってもうすれ違うことも、なくなるんだね。

「なまえ?」
「……」
「どうした?何かあったのか?」
「…なんで、も…ないです」

下を向いて鼻をすすりながら歩く私はなんでもなくなんてルシウスには見えなかったようで、向こうから声をかけられてしまった。周りの視線がちらちらと気になる。はやくなんでもないとこ見せて行かなくちゃ、ルシウスに迷惑がかかってしまう。無理矢理笑顔を作って顔をあげたのに、ルシウスの予想外に心配そうな顔を見たら、溜まってた想いが一気に込み上げて涙が溢れてしまった。最悪だ。別れるときだって、泣かないように我慢したのに。

「あまり心配させるな」
「……だって…」
「おいで」

ルシウスに手をひかれて、一番側の空き教室に入る。中には都合良く誰もいなくて、人の目を気にしなくて良くなった私はさっきより大きい声で泣いた。もうこうなったらさっさと泣いてすっきりしたいんだ。そんな私をルシウスは静かに見守ってくれるだけだった。

「大丈夫か?」
「うん、もう、大丈夫…です」
「そうか。ならば私はもう行く」
「私も、行く」

私はルシウス、貴方と話すことが、触れ合うことが、目を合わせることさえ許されなくたって、ただそこに貴方がいるって感じられる何かがあればそれで良かった。遠くから後ろ姿を見つめたり、その取り巻きに囲まれているあなたの存在を確認できるだけで、満足するようにしてた。なのにそれすらもう叶わなくなるんだね。

「ルシウス」
「なんだ」
「…どうしたらルシウスのこと忘れられるのかなぁ」
「…忘れるな、私も忘れない」

ルシウスが呟くように発したその言葉に、でなくなったはずの涙がまた出て来て、ルシウスが振り返って私を強く抱き締めた。近くで香るルシウスの上品な香りを思いっきり吸い込んで、ルシウスのローブが濡れるのも気にせずに泣いた。泣き止んだ頃、ルシウスに頭をぐしゃぐしゃ撫でられて、懐かしい笑顔で久しぶりだな、と言われた。久しぶりに無邪気に笑って、うん、と返事が出来た気がする。


「なまえ、今日は元気なのね」
「うん、もう気にするのはやめたからね」
「先輩は元気ないみたいだけど」
「あ!そうだった…」

談話室で寝不足なご様子の先輩に近寄って声をかけると、先輩はおはようと元気のない声で返してくれた。そういえば本当に今の今まですっかり忘れていた…失礼すぎる私。でもそれだけルシウスのことが好きって、好きな人がいるって、今なら誇れる気すらする。

「昨日はごめんなさい」
「何かあったの?」
「これからは、皆の前で出来ないような話は誰ともしないことにしたんです」

やけに上機嫌に見えるであろう私に先輩は呆気に取られたようで、あぁ、そう、とか気の無い返事をしながら私を見ていた。ルシウスにああ言われたことで、私のなかで答えが出た。無理に忘れる必要はないんだと思う。好きでいるのは私の勝手で、それはたとえルシウスが私を忘れたとしても、変えられないものなんだと。
学期末の校長の挨拶も終わって、皆がホグワーツ特急に乗るために荷物を運び始めた。私はまだ余韻が欲しくて、喧騒から離れるようにルシウスと初めて話した北塔のはずれへ一人で向かう。一人の、はずだった。

「ルシウス…?」
「!」
「どうしてここにいるの?」
「君との思い出に浸りたくてね」
「…私も」

照れを隠したくて、笑いながら一歩ルシウスに近付くと、優しくその腕のなかに収められた。腕を彼の腰に回して抱き付いて、残されたわずかな時間で新しい思い出をまたここで作る。さみしいのに幸せだ。ルシウスはほんとの魔法使い。偉大な。

「私ね、別れてからもずっと好きだったよ」
「私もだ。君の視線を感じていたから寂しくはなかったがな」
「え!ばれてたの?」
「あぁ、私の視線はばれていないだろうな」
「もうルシウスは私のこと嫌いになったんだと思ってたから…」
「この間のクィディッチのときも、スリザリン生に絡まれた時も。一年前にレイブンクローの監督生に手紙を渡された時も…ずっとなまえだけを見ていた」

私でも忘れているようなことをルシウスはよく覚えているなぁ、私たちずっと両思いだったんだね、と笑ったら、結ばれない恋こそ燃えるものだろう、だからこれは永遠に燃え続けるかもしれないな、とルシウスも笑った。卒業おめでとう、ルシウス。

「ヒマがあったらまたホグワーツにも来てね」
「それよりもはやく卒業して、だれにも見られないところで会おう」

二年後の話を当たり前にするルシウスが、私は好きだ、どうしようもなく。

「約束ね」
「あぁ、次こそだれにも邪魔されないように。愛してるよ、なまえ」

二年もの時間を与えられたのに私はルシウスを忘れることができなかった。だからこれから私が卒業するまでの二年も、きっと同じなんだろうなぁと思う。もう二年くらい今の私なら余裕で待てるよ、だって前より強くルシウスの想いを信じられるから。禁断の恋の行方は、少し不思議なハッピーエンドだったみたい。

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