だれにもあげない 「近寄らないで」 どんなに冷たくそういっても、結局また1時間後には他の男が近寄ってくる。ああ、嫌んなっちゃう。女ならそこら辺にもいるでしょうに、ほらベラとかナルシッサとかね。まあ私が男だったらベラなんて御免だし、ナルシッサも結構キツイところあるけど、それは私にも言えることじゃない?やっぱり2人とも既婚者というところが1番の原因なのかしら。 「今夜どうだ?」 「だーかーら、今夜もなにも未来永劫ありえるわけないの」 「つれないなあ、なまえは」 「貴方みたいな人に興味あるわけないでしょ」 死喰い人であることはなんの不満もない。永遠の忠誠を卿に捧げると決めているから。でも言いよってくる出来損ないのような死喰い人の男の多さにはいい加減に嫌気がさしてくる。全員黙らせてやりたいくらいだ。ツンツンしていると言われること請け合いだけれど、別に興味もない男に媚びても仕方がないから気にしていない。 「まあ無理矢理するのも悪くない」 「…それ以上近寄ると殺すわよ」 「へえ、杖もなしに?」 「!」 迂闊だった。ポケットにさしていたはずの杖がいつの間にかなくて、目の前の男の左手にはよく見覚えのあるその杖。返しなさいとすごんで見たところで杖がなければただのひ弱な女なわけで。威嚇の効果もなにもない。距離がじりじりと嫌な感じでつめられていって、背後にはもう壁。逃げ場がない。あーあ最悪、まあ別に1回寝たくらいでなんの損もないからいいけども。 「それで、望みはなんなの?」 「決まってるだろ?」 「…わかったわ、今夜私の部屋……で…」 「そこまでにしろ、ロウル」 「…チッ、なんだルシウスか」 「……」 ロウルの後ろに現れた大きな影はルシウスのものだった。後ろからロウルの手を掴み私の杖をとると早く行けと一言だけ。その冷たい声の響きといったら、若い頃からまったく変わっていなくてなんだか安心する。ぶつぶつ言いながら去っていったロウルを確認したあとルシウスが私に向き直る。 「気をつけろ」 「…ごめん、なさい」 「お前もそろそろ結婚でもしたらどうなんだ」 「…」 「そうすればあいつらも少しはお前に興味をなくすだろう」 「…じゃあ、」 じゃあルシウスがしてよ。そう言ったらどんな顔する?私はねルシウス。ナルシッサも好き。あなたが小さくなったみたいなドラコも好き。そしてなによりルシウス、貴方を愛している。私は馬鹿だからまだ夢見ているんだよ、ルシウスが私のものになることを。どうしたらあなたの視界に入れるの?どんなに高いヒールを履いたって私はナルシッサには届かない。こんなに傍でこんなにもルシウスを思っているのに。 「ん?どうした」 「…なんでもない。寝るから」 「なまえ」 「…まだ何か?」 「今夜、私の部屋で」 「…どういう、こと」 「すべてを終わらせてやろう」 なんてことないように、ルシウスはそう言った。なにを、と聞き返したらわかっているだろう、と一言。その声は静かに私に響く。いまさら、終わらせるっていうの?この恋心を?何年貴方だけを想ってると思ってるの。もうこの恋心は貴方にだって終わらせられない。私だけのものなんだから。キッと睨みつけてもルシウスは動じない。こうなってしまった時点で私の負けなのにね、ねえルシウス、私を見てよ。 「私のせいでお前がそんな悲しい顔をするのを見るのはもう飽きた」 「…なによ、知ったような、顔して…」 「そろそろ解放されたいだろう?」 「私がルシウスのこと好きって、知ってたなら。知ってたんなら、なんで知らんぷりばっかするのよ!こんな風にいつも良いところで来て助けたりとか、諦められるわけないでしょう?!」 いつもそう。本当に困ってるときは助けに来てくれる。何度そんなルシウスを王子様みたいだと錯覚したことか。ルシウスは私の王子様じゃない。私はお姫様なんて可愛いものでもないし。なのに。それなのに、いつまでたってもルシウスは私の中に居座る。でも出て行かないでほしい。そんな不思議な気持ちにとらわれていつまでも動けないまま。それを解放、だなんて、偉そうに。 「…君を手放したくない」 「何?」 「応えることは勿論出来ないが…なまえのような良い女にここまでも愛されているというのは誇らしいものだ」 「…」 「しかしそれも私の身勝手なので、そろそろ解放してやろうかと思ってな」 「……何それ、あ、ちょっと、杖!」 「焦らずとも今夜返してやる。私の部屋でな」 「っ…」 小さく笑うルシウスは、こうやって頑固な私が貴方の部屋へ向かう理由すら作るのが上手い。彼の考えていることはいまも昔も全くわからない、けれど。今夜何かが変わるって、それだけはわかる。それで、その変化がどんなものであれ私がルシウスを愛しているっていう気持ちは相も変わらず普遍なものであるっていうのも、今わかること。 (20110715) *# |