約束の翡翠
滲んだ、世界
「…ごめんなさい…」
「…、そっか」
いつもお花みたいに可愛らしく笑う、ショートケーキみたいなふわふわのお姫様。
そんな娘が、大きな瞳と桃色の頬を涙で濡らして、頭を下げる。
あぁ、駄目なのか。
この娘でも、駄目なのだ。
本当に、もう、
「…戻らないんだね」
あの子の、左腕
「……、ん」
沈んでた意識が一気に浮上して、瞼が上がる。
目の前には木造の天井、多分、オルニオン。
明るい陽射しが窓から差し込んで、オレの寝てるベッドを照らしてる。
…其処まで考えて、何で夜じゃ無いんだと、思った。
確かオレは魔物討伐の依頼に出て、暗くなるまで戦って、それで。
「!」
左肩が跳ねた。
そうだ、オレは、おっさんに貰った指輪を無くしたんだ。
魔物に指輪を、腕ごと、噛み千切られた。
今のオレには、左腕が無い。
「…夢…な訳、ねぇか」
天井に向けて、左腕を上げてみる。
残念ながら見えるのは二の腕まで、そこから先は、何処にも存在しない。
何と無く右腕で、左腕の先の空気をかき混ぜてみたけど、意味は無かった。
何も無い事を思い知らされるだけ、だった。
「…、馬鹿だな…オレ」
誰の所為にも出来ない、これは、オレが浮かれた結果。
おっさんが将来を一緒に生きようってくれた指輪を、ぶっちゃけ剣を握るのに邪魔だと思ってたのに、外そうとはしなかった。
地上最強なんて呼ばれて魔物ナメてたのも原因の1つだ。
気付けば左腕に噛み付かれて、そのまま、千切られた。
無くなった。
利き腕も、おっさんの指輪も、…隊長の形見も。
全部全部、オレが馬鹿だったから。
「くっそ…、腕はともかくなぁ」
残った右手で、意味も無く、寝ているベッドを殴る。
ぼすぼすって迫力の無い音がして、決して上質じゃ無いベッドが軋んだ。
「……くそ…っ」
爪が掌に食い込む。
痛い、けど、力は弛まなかった。
ぼす、ぼす。
柔らかい布を軽い力で叩く音が、扉1枚向こうから聞こえる。
そうか、ユーリ、意識が戻ったんだ。
「レイヴン、どうしたの?」
お盆に飲み水と軽食を乗せて、ドアの前に突っ立ってる俺を、少年が見咎める。
うん、そうだよね、どうしたのって言いたくもなるよね。
さっさと中入ってお盆置けば良いんだもんね。
…でも。
「ん…、ユーリ起きたみたい」
「!ほんと!?ユーリっ、」
「しー。…そっとしとこ。ユーリいい子だから、今入ったら俺達が気ィ遣われちゃうよ、きっと」
突進して来た少年のおでこを掴んで止める。
今は多分、1人にしといた方が良いだろう。
あの子はいい子で、大人だから、他人が傍にいたらきっと泣けない。
「…ボクはそうでも、レイヴンは」
「いいのよ。…いいの、ね」
ソフトリーゼントをくしゃくしゃ撫でて、方向転換。
背後の扉の向こうから聞こえる音は、ベッドを叩く音だけじゃ無くなってた。
小さな小さな、泣き声が混ざってた。
今だけは、ただのユーリで
(いい子でも大人でも無い、ただユーリとして)
(好きなだけ、泣いて)
(つらいの、我慢しないで)
――――――――
何だかシリアス…。←
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