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約束の翡翠
崩れた、世界

出せと言われて出した左手に、おっさんの瞳と同じ色の石が輝く。

それを目にした瞬間、有り得ねぇって思うくらい涙が溢れて。

見てたい筈の石も、目の前にいるおっさんの姿も、涙でぼやけて見えなくなって。


「おっさん、」


何と無く見えたおっさんの腕を掴んで、その掌に、指輪をはめた掌を重ねた。



「ありがと。すげぇ、うれしい」













イエス、オア、はい?質問の意味は無い













「…天気悪くなって来たわねぇ」


あんなに吹いてた風が止んで、眩しい太陽が雲に隠されて。

長閑で穏やかで、なんて考えてたついさっきまでの風景とは、見え方が180度変わった。

何だろ、これ。

何か、ざわざわ、する。


「雨が降るかも知れないわね。ユーリ達、早く戻って来ると良いのだけど」

「そうね…、でもほら、濡れたら濡れたで視覚的には優しい事に」

「宿屋に行きましょう。暖かいスープでも作っておいた方が良さそうよ」


ジュディスちゃんは俺の軽口には無反応で立ち上がって、服に付いた草を払った。

それに倣って俺も体を起こし、草を払う。

冷えて帰って来るかも知れないあの子達の為に、宿屋に行く前に食材を買わなきゃいけない。


「荷物持ちはお任せよ、ジュディスちゃん」

「あら、優しいのね、おじさま。頼りになるわ」


段々周囲が暗くなっていく。

こりゃ本格的に降るかも、急がないと。


一度だけオルニオンの入口を振り返って、

其所にいない黒髪を想う。



早く帰って来てよ、ユーリ。





オルニオンの雨は、冷たいよ。

























ざぁざぁと激しい音を立てて、雨粒が地面を叩く。

やっぱり降った。

トルビキア大陸でもあまり無いくらいの、豪雨。

スープはもう完成してる、ほかほかふんわりの卵スープ。

俺とジュディスちゃんの愛の合作、早く皆に食べて欲しいなぁなんて思っていた、そんな時。


「レイヴン!!ジュディス!!」


宿の入口の扉が物凄い勢いで開いて、小さな首領が転がり込んで来た。

雨に濡れてるのは勿論、顔面蒼白。

…何か、尋常じゃ無い。


「きっ、来て!早く!」

「カロル、落ち着いて」

「そうよ、先ず」

「そんな場合じゃ無い…っ、早く門!早くっ!!」


何を言っても、早く、としか言わないカロル。

濡れたグローブをはめた手で俺とジュディスちゃんの腕を掴んで、バケツひっくり返したみたいな雨の中に連れ出す。

雨粒が痛い。


「どーしたの少年、何か有ったの?」

「何かじゃ無いよ!ユーリ、っ…ユーリが!!」

「!」

「…!」


どくん、

心臓魔導器が一際大きな音を立てた。

尋常じゃ無い様子のカロルが口にした、ユーリが、という言葉。

嫌な予感しかしない。


「おじさま」

「!…ジュディスちゃん」

「カロルの事は私に任せて。急いで門へ」

「…悪い」


カロルに掴まれた腕を、ジュディスちゃんが外してくれる。

行って、

にこりと微笑み掛けられて、2人に背を向けて走り出した。

その微笑みは常と違う、無理に作ったものだと解った。













踞る黒い塊。

それに寄り添う青い塊。

酷い雨に視界を遮られてよく見えないが、あれは。


「ユーリ!!」


水に被われた地面を、派手な足音立てながら走る。


「ワンッ!」

「わんこ、ユーリは…っ!?」


俺に気付いたラピードが吠える。

常に落ち着いている彼らしく無い、縋るみたいな鳴き声だ。

そんな彼を一瞥し、ユーリの横にしゃがみ込む。

ぱしゃ、

地面に触れた手に、泥とは違う汚れが付いた。


「……、ぇ…」


赤くて、黒い、もの。

ついさっき見たばかりのものだ、確かこれは、あの槍にべっとりと付着していたものと同じ。

これは――――



「レ…、ヴン」



「!」


雨音に掻き消されてしまうかと思うくらい小さく、俺を呼ぶ声。

この声はユーリ、俺のユーリ。


「ユーリ、ユーリ…、」

「ご、め…、あんた、の」

「ユーリ、どうしたのこの血、怪我したの、何処に」

「…あんたが…、くれた、ゆび…わ」

「…っ!」



指輪、無くした、



そう言って、ユーリは左腕を上げた。













二の腕から先が無い、左腕を。













雨と、泥と、血の、













(無くした、ごめん)
(沢山、無くした、もう戻らない)

(オレの腕、)
(…あんたの、気持ち)













――――――――

隻腕ユーリ、です。
…この先どうしよう。←

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あきゅろす。
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