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扉を開いた先、立ち上がってこちらを見据えていたナタリアと目が会った。

扉を開いた際にに勢い余って多々良を踏み、一度離した視線をまた彼女へと合わせる。
見開いた彼女の瞳。
驚きの中に嬉しさが広がり、薄く頬を染めて顔がガイを追う。


「……ガイ!」

「じゃ、邪魔するよナタリア」


歓迎される瞳と上手く決まらない登場に照れながら言うと、ナタリアは気付いたように顔を強張らせた。
先程までの喜びの表情が身を潜め、メイド長と己の会話を全てガイが聞いていたことに思い当たって唇を手で覆い隠す。

しかし、ガイ自身は入ってきた己に対して素直に出た彼女の表情で本当はどう思っているのか分かったのでまた傷付いたりなどしなかった。


虚勢を張るナタリアにガイは笑みを向ける。


「久しぶり、ナタリア」


会えたことを喜んで見せると、ナタリアも追い返しようがないといった風にため息をついて観念したようだった。


「ガイのためにお茶を持ってきてください」


扉の外側から中を窺っていたメイド長はにこりと笑って一礼をした。



「ごめんなさいガイ。私、本当に体調が優れなくて」

取り繕うように言葉を漏らしたナタリアはソファへとガイを誘う。

「こちらこそ突然悪かったね。直ぐに、いや少ししたら退出させてもらうよ」

数日滞在しなければならないしまた改めて伺うよ、と言うと前を歩いていたナタリアの肩が一瞬強張る。
そうですか、と背中越しに返ってきた言葉はやはり固かった。


ガイとて頭が回らない訳ではない。

今回ガイと再会して本当に嬉しく思っているナタリアと、歓迎できない彼女が混在していた。
ルークやアッシュがいなくなってから、エルドラントを離れてから彼女と会えなかったのも彼女自身が会う意志がなかったからだということだ。

彼女がそうなったきっかけは一重にエルドラントでの出来事に外ならないのだろうが、何故それが仲間に会おうとしないことに繋がるのかが分からなかった。


少ししたら引き上げると言った手前、間怠っこしいことはしていられなかった。
単刀直入に聞こうとソファに座り、目の前に腰掛けたナタリアを正面から見据えた。


「……ナタリア。ねえ、君は一人で頑張らなくて良いんだよ」

「だからガイには会いたくなかったのです」


息をついて顔を覆ったナタリアの手は透き通るように白く、細く、隠れた顔も赤みが引いた頬が青白かった。


――やつれた様子の彼女。

メイド長が心配していた彼女。


瞬時にその二つを思い出して、ガイは聞こうと思っていた言葉を飲み込みそう呟くしかなかった。

キムラスカにはナタリアしか残らなかった。
ジェイドはその意味が分かっていたはずだ。

オールドラント中が繋がっているといっても誰も直ぐにナタリアの下に駆け付けることは出来ないだろう。
では、彼女は一人で足を広げて立つしかなかったのではないか。

アッシュやルークが返ってくる見込みも、根拠で示すことが出来ない。

それならば最初から見込みを潰せば良いと彼女は父親に、彼等に王位を継がせないように進言して己の足場を削っていき、一人で何事も乗り越えていけるように苦渋を強いているのだ。


それはガイの考えでしかなかったが、ナタリアが顔を塞いだことであながち的外れではないことが伺えた。


「ガイ、何故来たのですか」


かあっとガイは顔を赤くして席を立ち上がった。

馬鹿だ。心配というだけで来た己はただの考えなしではないか。

硝子テーブルを挟んだ向かいのナタリアの傍に膝をついて座り込むと、彼女の腕を掴みあげた。
いきなり身体ごとこちらを向くはめになったナタリア。
甘い香がガイの鼻をくすぶり、視界いっぱいに彼女を納める。


「頼むからナタリア。一人で頑張らないでくれよ」

「私のことなど放っておいてください」


ただ顔を隠したかったのだと思っていたがナタリアは瞳を潤ませて震えていた。


「だからガイには一番会いたくなかった」


言葉で責めてくる彼女はただただ痛々しく、ガイの心にもじわりと色んな感情が浮かんだ。
黙ったままナタリアの真意を探ろうとすると彼女は顔を背ける。


「ガイはいつも私や皆をく見てくれて、気遣ってくれていて」

直ぐに私の気持ちなど分かってしまうのです、と腕を放そうともがく。

「それのどこが悪いの」

「ガイは私を、私たちを優先するから心苦しいのです」


愛しい、とガイは場違いなことを思った。

ナタリアが一番会いたくないと思ったのは、つまり一番近くにいたら一人で頑張ることができない状況にしてしまうから。


「そんな積もりはないけど、優先していてもそれは使用人の延長線上じゃなくて俺の意志だよ」

「だから!それが、嬉しく思ってしまうのです!」


本当は、ガイはナタリアの落ち着いた声が聞きたくて、彼女の控えめな笑顔や笑い声が聞きたくて来たのだ。
心配していたことを跳ね退けてガイの好きな彼女が見たくて来た。

しかし今彼女は悲鳴を上げて、必死に気持ちをぶつけてきている。

それはガイにとって何とも甘美なことだった。

ナタリアは己の知らぬうちに、素直にガイがいたら寄り掛かってしまうから恐れているのだと言っているのだ。

ぞくぞくする気持ちを抑えて彼女の言葉の続きを待つ。


「ガイはいつだって私の欲しい言葉をくれます」

「…………」

「私が本当の王女でないと知って絶望していた時も逃げ道をくれました」

懐かしむように少しだけ彼女の眼が優しいものへと変わる。
あの時だって淡い期待を己はしていたのだろう。
ずっと、ナタリアがすきなのだ。

頑張る彼女にまた、マルクトにおいでと、己の下へおいでと言ってしまいたい。

彼女は首を横に振って甘い考えを捨てる。


「私はガイに甘えているわけにはいかないのです」

「……ナタリア」

「私も、自分が弱ってきていることは自覚しております」

それを周りの方たちが心配していることも知っておりますし、今の段階で自分ではそれほど上手く気持ちの整理が出来そうにないことも分かっております、と言う。
しかし、と言葉を紡いだ彼女は時間をかけて消化できるものですと続ける積もりなのだろう。
その前に、ガイがナタリアの言葉の途中に割り込んだ。


「じゃあ付け込ませてよ」


何を言われたのか分からないと言った様子でナタリアがガイを見返した。


「俺に甘えてきてよ、ナタリア」

淡い瞳を己に繋ぎとめたくて食い入るように見据える。

「一人で頑張ってほしくないし、一人にさせたくない」

言おうか迷った言葉がするりと唇から漏れる。


「マルクトにおいで」


その瞬間、ナタリアの顔がかああっと真っ赤に染まった。
驚いてまじまじと様子を見ているとナタリアは身じろぎ、気付いたように小さく放してくださいと呟いた。


「……えっと、何を」

「腕を放してください!」


ナタリアに言われてガイは瞬時に放すと己が彼女に触れていた事実に驚愕して情けなくも悲鳴をあげて後ずさった。

必死で気付かなかった。

心臓がばくばくしてもはや痺れるような感覚がする掌を隠す。

頭が回らない中、ノックと共にメイド長が現れた。
こちら側が返事もしないうちに入って来たということはガイの叫び声を聞いて心配になったのだろう。

女性恐怖症の己が久しぶりに情けなくなった。

尻餅をついていたガイは立ち上がるとナタリアにまた明日来るから、と言って赤くなっているであろう己の頬を隠すようにそっぽを向きながらその場を後にした。



最後、ナタリアはどんな顔をしていただろうか。


「告白みたいだったよな。そんな感じだったし」


いや、間違ってはいないのだけど。


「……最悪だあ」


客室のベッドに顔を埋めて、やってしまったとガイは頭を抱えることしか出来なかった。

































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