.


マルクトとキムラスカ両国間で行われた和平の記念式典の際、当然のようにナタリアは皇帝や国王の傍に着いて多くの民衆の前に颯爽と姿を現した。
多くの民が集まり――その式典はグランコクマで行われたため半数以上がマルクト国民なのだが――フリングスは市民が押し寄せぬよう皇帝や王族の警護の指揮をとっていた。


歓声が響き渡り華が咲いたように上から下までもが鮮やかに染まる。
祭典用に試行錯誤された譜術師の術が人々の眼を楽しませた。

誰もが喜び、その喜びを分かち合っている。
その様子にフリングスも心なしか口元が緩んだ。

ふと視線を上げた先にはナタリアが笑顔で誇らしげなピオニーと話をしており、ピオニーがこちらに気付いたように指を向けるとナタリアの笑んだ顔もこちらを向いた。
ぱっと笑みが増したナタリアにフリングスは可愛いと思って微笑んでみせると彼女は驚いたあとふて腐れたように違う方向を向いてしまった。

どうしたのだろうかと己の周りを見渡してみるがこれといって変わったこともなく何がなんだか分からないまま指揮へと入っていった。





――己の特権なのだろう。

式典後、疲れた様子の皇族王族一行を見たフリングスは舞台裏だなと思いながら姿勢を正して警護していたが、遠ざかっていくその中からこちらに近付いてきた人物に眼を丸くした。


「……ナタリア様」

「どうしてそんなに困った顔をなさるのです」


どうしてと言われてもと思いながらフリングスは一歩距離を空けると、近付いてきて一寸も離れていない距離が更に近付いた。


「ナタリア様、近いですよ」

「将軍は私の顔が見られますか」


いきなりそう切り替えしてきたナタリアに戸惑いつつもフリングスは、もう少し離れてくださればと頷いた。
そう言うのもフリングスはナタリアから視線を外して俯いており、気配が少しでも遠ざからなければ顔を上げることも出来そうにないからだ。


「いつもそうです」


ナタリアは怒ったように声を掠れさせ、それと共にフリングスも慌てて一歩後ろへ下がってナタリアへと眼を向けた。


「いつもそう。私が近くにいると私の方を向いて笑ってくださらない」

今日遠くから笑顔を向けられてどれほど悔しく思ったことか、とナタリアは涙を浮かべる。

「私は貴方から遠い存在ではいたくないのです。貴方の近くで傍で一緒にいたいと思っているのです」


ああだから彼女はあの時嫌な表情を見せたのだとフリングスはいやに納得した。

彼女に求められているのだと感じ嬉しい気持ちになる。
それと共に申し訳ない気持ちになってしまう。

彼女はどうしても距離を持ってしまう相手だ。
それに手を伸ばしても、手を触れても良いのか分からない。
大切に扱わないでくださいと言われても己の宝物や命以上に大切に思ってしまう相手。

人目を引き付ける整った顔立ちや綺麗に切り揃えられた髪、埃一つついていなさそうな清潔な新しいドレスに洗練された出で立ち。

その全てに愛おしさを感じ、萎縮もしてしまう。


手袋に隠されたナタリアの綺麗な指をフリングスは右手で持ち上げて、その彼女の甲に唇を落としてぎこちなく微笑んだ。


「それでは、ナタリア様は私に近付いてきてくださった分、一歩でも後ろに下がることはありませぬよう」

「……どういう、ことですの」

「今の私には貴女に見合うという自信がないのでこの距離が精一杯です」


しかし貴女が離れたら私は今と同じ気持ちで貴女を見られなくなるかもしれない、と言ってナタリアが口を挟もうとする前にフリングスは優しい笑みを彼女に向けた。


「私は軍人であり、どうしてもあの性悪なピオニー皇帝陛下の部下ですから」




end

----------------
逃げ腰になったら愛しさを捨てて捕まえる、かもしれませんね。

だから詰めがあまい出来ないorz


あきゅろす。
無料HPエムペ!