リクエスト作品
終わらない序曲
手首、肘の内側、こめかみ。
なぞるようにキスをされると、最後にゆっくりと首筋を舐め上げられた。
その流れは確実に血液の振動を感じようとしていて、ああ噛み付かれる、と思ったらじわりと涙が浮かび上がってきて、今度はそこを舌先だけを使って舐められた。
深紅のワンピースドレスを着せられて――まるで血のようだ――正面から相手の膝に座らされて抱きしめられている。
否応なしに腕は相手の首へと回され、まるで恋人たちの逢瀬のようだった。
「……ねえ、もう帰して」
此処が何処なのか分からない。
此処へ来てからというもの、頭がぼうっとしていてあまり冴えていたという記憶はなかった。
逃げ出そうとしてもいつの間にか無意識に彼の元へと戻ってしまい、城なのか屋敷なのか、ただ広いとだけしか把握出来ていない此処から外へ出たことは一度としてない。
もう、この相手に連れてこられて何日、何十日が経ったのだろうか。
気を抜くと彼に飲み込まれてしまいそうな感覚に襲われて、夢見心地の気分になってしまう。
それはいやだなとは思うが、嫌悪感がしないのは何故なのか。
もしかしたら心まで操作出来るのかもしれない――この、吸血鬼は。
「駄目だよ。君を誰にも渡したくないからね、ナタリア」
相手、ガイは吸血鬼だ。
そんな物語にしか出てこないような生き物を信じられる訳がないのだけど、もう何度も噛み付かれて吸われて、ついにナタリアは信じるしかなくなってしまった。
愛しそうに見つめられて眩暈がしそうになる。
ガイにとってナタリアという人間は最上級のモノ、らしく、それを抱きしめている彼は最高に幸せそうな顔をする。
――でも、彼は何時だって物足りなくなるのだ。
腰を掴んでナタリアを立ち上がらせると、ガイは手を引いてベッドへと連れていく。
誰がいつも取り替えてくれているのだろう、綺麗なシーツの上に倒されると吟味するように顔を近づけられた。
「どうして帰りたいの」
ああ、そうやっていつも私の中の何かを引き出そうとするのだ。
「私を待っている人々がいてくれるから、そこに帰りたいのです」
貴方のところになどいたくないのです、とはっきりと言うと口端を吊り上げて笑われた。
「そこって、君の恋人のところかな」
そうガイに言われてギュッと胸が締め付けられた。
そんなのは決まっている。
彼のところに帰りたい、彼に会って、そして優しく抱きしめられたい。
様々な想いが溢れて、愛しくて、愛しくて、耐え切れなくなりそう。
彼を想うと切なくなって、でもこれはいつもの最悪のパターンだとナタリアは分かっていた。
ガイを見上げれば、それはもう、うっとりとした表情をして私を見下げている。
彼が言うには、恋人を想う時の私は一番そそる匂いがするのだそうだ。
「……香り、だけじゃなくて君の全てが引き立つね」
その想いは、と言うとガイは太股に手を這わせてドレスを引き上げていった。
肌をゆっくりと滑り上がって来る感触に粟立つ。
恥ずかしくなって起き上がり手を押さえ付けようとすると、噛み付くように唇にキスをされてまた押し倒された。
肌に直接当たる空気は冷たい。
でも舐められる舌や競り上がって触れてくる手が熱い。
「ぁ…ッ…はぁ……」
危ない。危ない、と分かっているのにどうして良いか分からない。
ナタリアは何故かガイに対して、最初から抵抗の仕方が分からなかったのだ。
耐える、というよりも麻酔でも打たれたような、ふわふわした気分になってしまう。
いつもこうなる。
彼にいつも付き合わされてしまう。
何で。絶対に嫌なはずなのにどうしてこうなってしまうの。
「……ゃ…あっ……」
自分でも分かるくらいに甘い吐息が漏れてしまう。
一つ、自分にも言い訳をしてしまうのなら、彼は彼で堪えているということをナタリアが知ってしまっているということだった。
彼は、本当はナタリアを飲み干して、内側をさらけ出して、舐めとって、取り込んでしまいたい程に、何時だって私に飢えている。
今だって首筋に牙を立てて血を飲んでしまいたいのだろうと思う。
でも、彼は二日三日前に大量に飲んでナタリアを貧血で倒れさせたばかりだ。
中身が貰えないのなら、と掴んで、噛み付いて、抱き抱えて、外側を味わっていたいのだろう。
それに、こんなことになったのはつい最近で、これは一種の中毒のようだと思った。
あまり働かない頭でそんなことを考えていると、ぷつっと彼の牙が当たって唇が切れてしまった。
「……、ん…ぁっ…」
これは本当に危ない、とナタリアは身を固めた。
血が出てきて、彼はそれに気付くと先程よりも唇を重点的に攻め立ててきた。
「ふぅ……んっ…」
こちらが呼吸出来ないというのもお構いなしで、もっと何かないかと舌を突き入れる。
血が彼の舌によって咥内に入り、唾液と混ざってそれを掻き交ぜられる。
苦しくって目をつむり、やっと生きようと抵抗の意志が示されたところで、お腹の辺りまでドレスが上げられてナタリアの敏感な先端に彼の手が直に触れてきた。
「……ッ、ふぅ…ぁ…」
指先や爪を突き立てられ弄られるそれによって快楽に委ねてしまいそうになる。
後ろへ下がろうとするが、動けない。
手も震えてきて、でも身体は敏感に彼からの刺激を脳に伝えてきた。
もうこちらの身体もずいぶんと熱くなってしまっている。
そうしたら彼は沸き立つ香に、手加減を忘れてしまうのだ。
彼は切れそうになる自制を保って、爪を立てずに掌を指の一本いっぽんを動かしていく。
唇から彼が去っていくと、やっぱり今回も胸のところで牙を突き立てられ、ドレスを破られた。
「……っま…た…」
勿体ないと怒りたいところだが呼吸荒く胸を上下させることしか出来なくて、爪で、牙で、破られる生地に涙を飲んだ。
「…ひ…ぁっ……」
ついにはナタリアの一番弱いところへと指が触れて、分け目を押し入ろうとしたので焦って、やっとの気持ちで彼の胸倉を掴んだ。
彼は驚いたようだったが、飢えた瞳でナタリアを見返して、そのまま指を進めてきた。
昨日だって、その前だってこちらの気持ちなど考えずにされたのだ。
簡単にも二本飲み込んで内壁を擦られる。
「……はっ…ぁぁッ…」
下半身が疼く。足の間に身体を捩込まれているので閉じれず、ナタリアは力の入らない足で快感を受け止める。
彼の唇が触ってない時は動けなくなるような痺れはなく、ぞくっとする感覚で力が入らなくなりながらも彼の顔をこちらへ向けておくように粘った。
「ぁっ…はぁ……ん」
ぴくりと身体を縮めながらも、まだ彼の視線を繋ぎとめておかなければならない。
彼は指よりも舌で全てを捕らえようとするので、それだけは止めさせたかった。
指が増えて掻き交ぜられるのに、堪えきれなくなって彼の肩に顔を埋める。
「何かに浮かれた表情をしているね」
彼は目を細めてじっと見てきた。
「今の表情が一番そそるよ」
顔を近付けてまた口付けようとしてきたので顔を逸らす。
表情、と彼は言ったのだろうか。
彼らの基準は何時だって匂いと味だった気がしたが、この時はそんなことを想いもしなくて覆い被さる彼を受け入れることしかできなかった。
飲み込まれるのだけは嫌。
この行為のときにはそれだけを考えて乗り越えるしかない。
「ん、もっやめて……はぁっはっ、かえ、してぇ」
繰り返して、繰り返して、その言葉は飲み込まれる。
最後には辛い体勢に力が抜けてしまって、力が入るような――それはシーツを握ることだったが――姿勢になってしまった。
指で広げられたそこを出来るかぎりと奥まで舐められ、後は気を失わないように自分を保つことで精一杯だった。
「あ…はぁん、……あっあっやぁっ……ぁ」
少しだけ満たされた表情をされて、堪えられなくてそれから目を逸らす。
ガイは片時だって放してくれない。
手を放しても五部屋分離れると強制的に隣に戻されてしまう。
血が足りなくて、上手く酸素が行き渡らない。
しなければいけないことが沢山あるはずなのに頭がついていかない。
目を覚ましても窓の外は何時だって暗くて、何も分からない。
分からないから目覚めたら一日経ったと決めていた。
ぼーっとする頭を動かすと隣に彼はいなくて、ゆっくりと身体を立たせると備え付けの湯殿に浸かってから廊下へと出た。
扉の外には誰がやったのか花束が置かれてあって、それは既に枯れていた。
花束が捨てられていた方向の先に彼がいるのだろう。
人は環境に慣れてしまうというが、いつも死と隣り合わせのような心地のナタリアにとって、慣れとは麻痺のことなのだと実感してしまう。
怖くはないが、きっと彼はナタリアにとって今一番の恐怖の対象。
良い匂いがして一つの扉を開けると、彼が私の強くなった匂いに気付いたのか直ぐに振り返った。
「君のご飯できてるよ」
沢山良い血を作ってねと不適に笑う彼は、いつも私のためだけに美味しいご飯を作ってくれている。
「……ありがとう」
何となく、言ってしまった。
馬鹿じゃないかとも言いたげな彼に自分もそう思うと視線を返しながら、でもきっと麻痺の所為なのだろう、と思って自分の定位置になっている席に座った。
それから、二人が相手を好きになるのはまだ先の話。
End
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生温くなってしまった気もしますが、微裏になっていたでしょうか。
リクをくださった方には、続きもので本当すみませんでした楽しかったです(オイ)と申し上げたい次第です。
もし、続きものじゃなくて単品が良い、というようでしたら書き直させていただきますっ。
リクエストありがとうございました。
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