リクエスト作品
狼少年は笑う
※少しばかり品のない表現をしていることがあります。
ルークが炭酸飲料の入ったペットボトルとそれぞれ形が違うグラスを三つ持って自室に入ってくるのと、ティアが手に持っていた雑誌を落とすのはほぼ同時であった。
広げられたまま床に落とされたそれの、開かれていた頁を扉の前から見たルークは固まり、顔を青ざめさせる。
ルークが何度もそれを否定しようとしても雑誌の内容は変わらず、認めたくないが『男のバイブル』――正確に言えばエロ本――の中身が見えていた。
『男のバイブル』はルークが自分の部屋に隠していたものであり、言わずともそれはルーク本人の所有物である。
それなりに美人な女性が、まあ大胆にも広げている。
身を固めたまま視線を上げていけば細身の足に柔らかそうな太股、引き締まったくびれにグラビアアイドル顔負けのふくよかな胸があって、最後に、真っ赤にさせたティアの顔が見えた。
駄目だ、危険信号が点滅しているのに頭が働かない。
気まずい空気に、先程からティアの後ろにいたナタリアも様々な感情が沸き上がっていて、こちらも何も言えなかった。
一番の問題は、何か分からないのに『男のバイブル』を見に、ルークの家に行きましょうとティアを誘ったのがナタリアであり、つまりこの空気を作り上げた元凶がナタリアにあるということだ。
いや、間接的にいえばナタリアだけの所為ではなくナタリアの恋人であるガイ、はたまたルークの所為だともいえるのだが今は弁解の余地もなさそうだった。
ナタリアは先日恋人から教えられたルークの聖書の隠し場所――自室の戸棚の上から三段目、右から四番目の細長い箱中――を正確に覚えていた自分を呪いたくなった。
重苦しい沈黙が長い時間続いて、やっと耐え切れなくなったティアが真っ赤になったまま一歩ルークから離れた。
「……っ貴方、最低ね!」
言ってしまった、とナタリアは青ざめる。
思い切り叫んだティアにルークも流石に黙ってはいられなかったようで、一歩自分の部屋を歩進み――つまりナタリアたちに距離を詰めて――声を上げた。
「仕方ねーだろ、んなもん!毎日生成されんだからどっかで抜かなきゃ」
ナタリアは打ちのめされた気分になったが、ティアは一度絶句すると大きく息を吸い込んだ。
「いや!何でそういうことを聞かせようとするのよ」
「ティアが世の中の男を全否定したからだろうが」
「あっ貴方だけじゃないっていうの」
「そんなのお前の兄貴だって一緒だろ」
「兄さんはそんなことしないわ!」
「兄貴を妖精か何かだと思ってんのか。妖精だってなあ、」
「き、聞きたくないわ!」
「聞けよ!妖精に性別があるかは知らねえが」
「ない!ないわよ」
「お前見たことあんのかよ。あるだろ、ある!」
ヒートアップする二人にナタリアは口元に手を当てて右往左往するしかなかったが、ついにルークは二人に駄目押しをした。
「だっから、生理現象だっての」
「………っ!」
本日二度目の打撃にやっとのことティアが理解を示そうとしだした。
女性にも避けては通れない生理現象あるからか、とかいうよりもまた違った意味で気まずい雰囲気になったと思う。
恐らく自分がいるから二人とも行動に移せないのだろう、と思って謝る機会を失いつつナタリアは固まる二人の間を通って自分の鞄を取った。
おいとまする旨を伝えようとルークを見たら、半泣きになっている彼がこちらを見ていて、ガイだって持っているんだからな、と衝撃的なことを言ってきた。
「それで、ルークの家から直接此処まで来たと」
「そうですわ」
ガイはナタリアを招き入れると扉の鍵を閉めるのはナタリアに任せて先程まで座っていた床に膝を付いた。
今日は来ないって言っていたのに、と思いながらノートパソコンの画面をスタンバイにさせて閉じるとテーブルの上を片付け、ナタリアのために冷たい紅茶でも持ってこようかと立ち上がろうとする。
それをナタリアに肩を掴まれて押さえ込まれたのでビックリして見上げた。
「答えてくださいまし、ガイ」
「……そんな本は持ってないって、前に言ったよね」
ナタリアの真剣な顔に、ルークを懲らしめることが出来たとほくそ笑んでいたがそれどころではなくなったようだとガイは思った。
こんなことになるんだったら仕返しなんて考えるんじゃなかったな。
ルークからしっぺ返しを食らうとは考えてもみなかった。
「だってルークがガイも持っているって言いましたもの」
「……俺とルーク、どっち信じるの」
「もちろんルークですわ」
即答。見事に即答。
ガイは苦虫を噛み潰したような表情をしてナタリアを見返した。
「その絶対の信頼に嫉妬するなあ」
普通、恋人の方に傾くと思っていたんだけど、どうやら彼女の中でルークの方が上らしい。
――小憎らしい。
実際ルークが俺の『バイブル』がベッドの下にあると言って無かったということをナタリアはすっかり忘れている。
それだって立派な嘘をついたことになるのに、だ。
ガイはもう一度しっかりとないよ、と返した。
「だって俺には必要ないだろ」
「……何故ですの」
「君、がいるじゃないか」
指名されたナタリアは目を瞬かせ、その後顔を瞬時に赤くさせた。
「ガ…ガイは私をそのような目で見ておりましたの」
「違うよ。君がいてくれればそれだけで良いんだよ」
「一緒ではありませんか」
顔を真っ赤にさせながら涙目になりそうな彼女に、不謹慎だが良いな、と思う。
もっと虐めたくなる、けどやめておこう。
「だから、聖書はただの書物ではなく聖なる存在なんだろ」
「……そうですわね」
「俺にとってそれが君だって言っているんだよ」
ガイはやっとナタリアに心からの笑みを向けた。
そう、何と受け取られようと彼女がガイの一番大切な人だということには変わりないのだから。
「君が好きだよ、ナタリア」
そうガイが言えば、ナタリアは今時小学生でも使わない言い訳ですわ、とでも言いたげな顔をして見返してきた。
がくりと肩を落とすしかない。
「……例えば、俺が今自分の気持ちを保留にして後日メールや手紙で君の良さを綴ったらどう思うかい」
ガイはナタリアの正面に座ると少し考えてからそうだなあ、と聞いた。
「何故この時に示せなかったのかと怒りますわ」
「じゃあ、言葉の代わりにキスしようとしたら」
「全力で拒否しますわ」
「何で分からないんだと押し倒そうとしたら」
「三ヶ月は会いません」
小気味よいほど否定されてガイはハハハッと笑ってしまった。
「……そこで別れるって言わない君が好きだよ」
「なっガイ、からかいましたの」
「違うよ。俺としてはキスして押し倒して分からせたい」
ナタリアの両手を握ると微かに彼女からも握り返してきた。
こちらを信じたいのだというナタリアの気持ちが分かって嬉しくなる。
「でもそれじゃあ君には伝わらないと分かっているから、今の俺に出来る他の表現方法を使わないといけなかった」
生憎と君には上手い言葉が出てこなくてね、これが俺の精一杯の気持ちなんだよ、と首を傾げればナタリアの瞳が揺らぐ。
好きだよナタリア、とガイがまた言えば、ナタリアは息を付いてやっと意地悪っぽく笑ってみせた。
「キスしてくださったら許して差し上げても宜しいですわ」
「有り難き幸せ、俺の聖書、いや女神様」
ゆっくりと表情を崩して笑うと、それに合わせるようにしてナタリアも笑い返してくれた。
手を引いてナタリアの身体を少し傾けさせると自分も少し動いて彼女に口付けた。
そのままカーペットに押し倒された時にナタリアの手に何かが当たり、そちらを向くと一つのディスクが落ちていた。
マジックペンで荒く『オーシャンズ21』と書かれてありナタリアはそれを持ち上げる。
「まあ、この映画のシリーズ、こんなに出ておりましたの。ガイ、私これ観たいですわ」
ナタリアが嬉しそうにかざすと、それはダメ、とガイは素早くディスクを机の端に置き、またナタリアに口付けた。
End
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『男のバイブル』は本だけじゃないですもんねっ。
ものすごく健全な彼等が書けてよかったです。
壱倉さま、リクエストありがとうございました。
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