リクエスト作品
まほらの宙


この念願のガルディオス伯爵家の屋敷に、ただの装飾品を飾るだけなど考えられなかった。

そのためガイラルディア様から申し渡された当主の部屋へと続く廊下の装飾に、ペールは実用的なものも組み込もうと思った。


例えばシャンデリア。
それ自体、光を反射するだけではなく譜石を入れて光るようにしてある。

例えば花瓶を置くためにある机。
薄い棚の中には下に降りられるように梯子用の紐が入っている。

そして、例えば壁。
豪華に見せるためにアンティーク剣がクロスして飾ってあるが、直ぐに抜いて使えるようにしてある。
剣については、責任を持って定期的にその剣の油の差し替えも行っていた。






「まあ、ペールはこのような仕事もしておりますのね」


ガイラルディア様の下に参られたナタリア様をたまたま案内していたら、屋敷の内装について聞かれたのでペールは喜んで案内をしていて、後少しでガイラルディア様の部屋に着く、というところでそのアンティーク剣の話を持ち出した。


「凄いですわペール。鞘は全部同じでしっかりと剣を留めてありますが、中身は全く違いますわね」

「はい。もしもの場合になった時、細身の者に重たい剣を持たせるのは危険ですから」


ナタリア様は感動されたようで、にこにこと皆に愛される笑みをこちらに向けられながら褒めてくださっていた。
ペールとて決して万能な訳ではないが、己の誇りを持って行ったことを褒められて悪い気はしない。

先程も庭園を見て喜んでくださったのにも嬉しくなったものだった。


「失礼いたしました」


そこに一室から出てきた使用人と出くわし、ペールはそちらへと言葉を発しようとした。

実際、客人を前に背中を見せることはならなかったし、注意をしようと思ったのだ。
何も今やらなくても良いことだとは思うが、ナタリア様の前だからという甘えもあったのかもしれない。

使用人の方へとペールは顔を向ける。
すると、後ろで留め金を外す音がしたので振り返ると、横をナタリア様が通り過ぎていった。


「ナ、ナタリア様」


直ぐ近くからは軽い金属音がして、ペールは息を飲んだ。

距離からいって使用人が立っていた位置に値する。


まさかと思ったが、しかしペールの思った通り、ナタリア様が使用人に剣を向けており、使用人は尻餅をつきながら自分の腰刺しを抜いてナタリア様の剣先を必死に受け止めていた。


「ナッナタリアさまぁ」

「ナタリア様!」


半泣きになっている使用人とナタリア様に近付くとナタリア様は、それはもう綺麗な笑みを向けてきた。


「素人にしては良い動きですわ」

「え、ええ。はい」

「手合い願いたいものですわね」


それはもう本当に綺麗な笑みで。
目から涙が零れそうになっている使用人が哀れに見えた。

ナタリア様とて剣に励んでいるわけではないので、手合いをしてもそれほど激しいものにはならないと思うが。


「な、何故剣を向けられたのですか」

「ペールが使用人たちを指南してらっしゃるのでしょう」

「……は、はい。兵だけが屋敷を護る者であるとは考えておりませんので少しばかりですが」

「やっぱりペールは素晴らしいですわ。受け止められて感動いたしましたもの」


いや受け止められていなかったら一大事だった。
確かに細身の物をナタリア様は選んでいらっしゃったが、彼女が空で留められるほど軽いものではない。

ナタリア様に輝いた瞳で見られてペールは立ち止まるが、使用人は見捨てないでくれと言わんばかりに口をわななかせた。



はたして使用人の救世主は現れて、鞘を使ってナタリア様の剣は弾かれた。



「何をやっているんだ、ナタリア」

「あらガイ、迎えにきてくれたのですか」


そこに現れたのは最奥の部屋に執務室と寝室を持つガイラルディア様であった。


嬉しそうに笑うナタリア様に当のガイラルディア様は頬を少しばかり染められて――いつになってもナタリア様の笑みに弱いのですから――視線を逸らされた。


「あのねえ、剣同士がぶつかるような金属音がして、君が来ることを知らされていたから君に何かあったんじゃないかと思って慌てて出てきたんだよ」

「まあ!嬉しいですわガイ」

「……あ、いや、うん」


目を下に泳がせて照れているようであるガイラルディア様にペールも頬を綻ばせるが、未だ尻餅をついたままの使用人にガイラルディア様は気付かれると助け起こしてくださった。


「大丈夫かい。彼女が悪いことをしたね」

「い、いえそんな」

「悪いことって、ガイ」

「……その通りじゃないか。あのねナタリア、」


主君の気遣いに感動したように使用人は立ち上がると、剣を仕舞って礼をした。
ナタリア様のお使いになられた剣は仕舞っておきますのでどうぞお部屋の方でおくつろぎ下さい、とすかさずペールも言うとナタリア様とガイラルディア様は不服そうにこちらを見てきた。

長年使えているだけあってその気持ちを分かってしまうのが辛い。
ナタリア様は少ない時間でどれだけペールの指南した者の剣の腕が上がるのか、それはペール自身の指南の腕を――ルーク様やガイラルディア様、はたまたヴァンデスデルカを見てきた目で――計ろうと軽い気持ちで楽しもうとしただけで、ガイラルディア様も軽率な行動を起こした――素人同士の剣の手合いも危ないことこの上ないので言い聞かせようとした、とも言える――ナタリア様にまだまだ言い足りないのだ。


「分かった。じゃあ俺とやろうか、ナタリア」


有無を言わさずナタリア様から剣を取り返したというのに、ガイラルディア様は君に指南するのも楽しそうだ、とナタリア様に向かってそう言った。


「な、何ですって」

「うちの使用人怯えさせた君なら大丈夫だって」

「怯えさせてなどいませんわ」

「それを決めるのは君じゃなくて彼だろ」

「ガイでもありませんわよ」


二人の中間点にいる使用人が青ざめて事の成り行きを見守っている。
普段喧嘩もしないで仲睦まじい――と言われている――二人が言い合っているのだから当然だろう。
ペールにしてみれば、二人はじゃれ合っているだけで、ただ此処で繰り広げないで欲しいとは思っていた。


「……ガイは自分が手加減出来る人物だと自負し過ぎですわ」


それも当たり。ガイラルディア様は強く打たなければ加減出来ていると考えていらっしゃるが、元々シグムント流自体打撃の強さに赴きを置いていないのだから何の譲歩も行っていない。
良い意味で言えば剣術人よりも伯爵が似合うお方なのだ。


「さあ、外は良い天気だよ、ナタリア」

「貴方がその気なら、私はペールを召喚いたしますわ」


ナタリア様に指差されて、ああやっぱり巻き込まれるのだと思った。


「卑怯だよ、ナタリア」

「まあ、歴然とした実力差がありながら闘おうとした卑怯者はどちらです」

「もとはと言えば君がうちの忠実な使用人に無理難題を押し付けようとしたんじゃないか」


むっとし合う二人にペールは息をつくと失礼します、と言った。

きょとんとする二人の前に立って一礼し見上げた。


「……え、」

「ッペ…ペール」


恐れ多くもガイラルディア様の首筋にナタリア様から奪った剣先を突き付けてペールは優しく笑んだ。


「はい、一本取りましたよ。これで仲良くしていただけますか」


お二人様、と言って首から剣を退けるとガイラルディア様は息をついて目の前にいるナタリア様を見つめられる。
ナタリア様もゆっくりと見上げられて、二人で苦笑する姿にペールは口元を上げた。


「ペールには敵わないな」

「まったくですわ」


ガイラルディア様がナタリア様の額に口付けられるとナタリア様はくすぐったそうに笑われる。とても嬉しそうでこちらも頬が綻んでしまった。

それを見ていた使用人は当てられたようにぼけえっとそれを見つめ、ハッと気付いて恥ずかしそうに去っていった。
微笑ましくおもいながらペールも続いて退散しようと思い、一歩後ろへと下がる。
すると二人に見られているような気がしたので見上げると、照れたような表情で一度笑い合った二人に、はにかんだ笑みを向けられた。


「いつもありがとう、ペール」

「貴方がいてくださって、本当に嬉しいですわ」


改まって言われたことなどなかったペールは、こちらも照れて微笑んだ。


「いいえ、こちらこそお二人様にはいつも至福をいただき感謝しております」


お二方の幸せをいつも願っております、と言えば二人揃って顔を赤くされたのでペールは小さく声を起てて笑った。







End

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ペールから見た伯爵家の屋敷での二人のやり取りを書かせていただきました。
絶対の信頼を向けられているペールの存在は魅力的でした!
温かく見守ってくれている感じが堪りませんね。
もう、むしろガイたちから見たペールの話もやってみたくなったくらいでしたっ。

リクエストありがとうございました。


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あきゅろす。
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