リクエスト作品
とかげのしっぽきり
燃え上がる城を、塀の外にある大きな木の上から眺めていた。
こんな勿体ないことを誰がするのか。
そんなのは城自体を手に入れたかった者がするわけない。
近くにある陣に顔を向けると、困ったような顔をしながら――実際焼かれてしまうと後始末に困るのだ――もう好きにしろと大将が扇を振ってくれた。
城内で消火の指揮を取る旦那に八つ当たりをされつつ飛び回ったが、佐助の探している者は何処にも見付からなかった。
武田が攻める前に二度、佐助は偵察としてまた宣戦の書状を献上しにその城に訪れていた。
その時に一人の外来と出会っており、佐助はその外来である娘に好意を持った。
最後に今度は戦場で会いましょう、と云って別れた娘は、佐助の前に何時まで待っても――死体となっても――遂には現れてくれなかったのだ。
佐助は手に持った酒瓶に目を移す。
ため息を付きたくなったのでそのまま息を吐き出した。
こんな自分の体重と違う物を持ちながら木々を飛び回るのは重労働だ。
先日、信玄公の頼みで伊達政宗のところに酒を届けてくるように云われ、佐助は奥州へと――重い酒瓶を持たされて――向かっていた。
苦労して着いたと思ったら今度は伊達本人がいないという。
待っても帰ってこなく、何しに出掛けたのか聞けば口数少なく遠乗りと言われ、直ぐに戻ってくるだろうと云われた。
直ぐ、という時間の感覚が合うはずもなく、直接渡すように云われていたために仕方なく早く終わらせようと追い掛けるはめになった。
それが南西の方向だとおおざっぱなことしか部下たちも知らなかったらしく、何とも役に立たない奴らだと思ったものだ。
そのまま見付からずに甲斐の館まで戻ってしまっても文句は云わないで欲しい。
ざっと一本の枝を足場に着地すると何処からか口笛が聞こえてきた。
「猿は木が好きだねえ」
声の方に顔を向けると、探していた人物が木に寄り掛かって座り込んでいた。
こんな所にまで来ていたのかと脱力すると相手の方へと近付く。
「何してんですか、こんなとこまで来て」
熱苦しいから近付くなと追い払うような仕種をしながら、面倒臭そうに遠乗りだ、と云われた。
「相変わらず護衛も付けずに暢気だねえ」
そう云うと今度は小ばかにしたようにハッと笑われる。
「戦場でなく此処で誰か俺と殺り合いたい奴がいるってかい。いいねえ、いたら相手になるぜ」
「そんな礼の弁えない奴はいないっしょ」
「さあな。それに今回は俺が護衛だ。いや、お守りか」
伊達政宗は自嘲気味に笑うとうんざりしたような顔をした。
おや珍しい、と佐助は思った。
普段、伊達政宗は単独行動を好み、その代わりに他人にちょっかいを掛けにいくのを常としていた。
周りからしてみれば迷惑極まりないのだが、その粋のある性格が好まれてこの通り、大将からも直々に酒を贈られたりする人物だ。
その彼が誰かを引き連れて、しかもお守りまでしているという。
さて、どんな娘――男妾を囲む趣味はなかったと思うし、むしろ女子じゃなかったら萎える――なのだろうかと思って周りを見渡せば気になるか、と言われた。
「そりゃまあ伊達政宗だぜ。誰がそのお堅い心を射止めたか気にならない訳ないじゃないの」
「別に射止められてなんぞねえ、本当にお守りだ。それに女は普通に抱くぜ」
「やだなあ旦那。その後にみんな不審な動きをするから殺しちゃうじゃないのさあ」
「腹に一物持ってる奴選んだ方が後腐れなくて良いだろ」
「流石伊達政宗、怖いねえ」
手を広げて苦笑して見せると、じろりと睨み据えられる。
まあ少し怖いんだけど人をからかうのはどうしても辞められないんだよね、これが。
「……で、お前は何の用事だよ」
「ああ、これ大将から」
「へえ、甲斐の虎からか。有り難く頂くぜ」
大将から渡すように頼まれた酒を渡すと伊達政宗は嬉しそうに受け取って早速蓋を開けた。
やっと肩の荷が降りておいとまさせて頂こうと思った時に、ざっと人の近付く音がした。
きっと噂の連れだろう。
「―…か…ねさま」
「政宗様だって」
やっぱり娘かと思いながら呼び名が似合わないねえ、と笑うと酒を一口飲んでから相手は鼻を鳴らした。
「ちげえ。あいつは馬鹿って言ってやがるんだ」
「……え、馬鹿、宗様」
なかなか怖いもの知らずの娘だなと思って口に手を添えて震えていると近くから興奮したような聞き慣れない言葉が聞こえた。
「あーあー、どこがだよ」
「――――っ」
「そんなの知らねえ。お前が不注意だったんだろ」
伊達政宗が呆れたように返していて、また異国の言葉を上げると娘は佐助に気付き、なんと佐助の袖を握ってきた。
その間固まっていた佐助としては意味が分からなかったが、その娘が、分かった。
分かった、で良いのか、見付けた、と云った方が良いのか。
彼女だ、という想いでいっぱいだった。
彼女が、かのじょだ。あの、彼女だ。
彼女が、あの城が焼けた日から自分が探し続けていた人物だ、ということで佐助の中で一致したのだ。
弾けたように彼女を見据える。
「えっな、何で此処に」
「んあ、何だ知り合いか」
「いや知り合いも何も、俺様が目をつけていた子よ、この子」
生きていたとかもう一度会えたとか色んな感情が合わさって、感極まって何をして良いか分からなくなった。
「あ、お久しぶりですわ」
娘の方も佐助を見付けて掴んだのは良いがその後どうすれば良いのか分からなかったらしく、数秒経ってから頭を下げてきた。
べっ甲色の髪に澄んだ薄い黄緑色の瞳、洋風の顔立ち。
着物の下には綺麗な双極、幼さのまだ残る線に白い肌までも思い浮かべることができる。
「……え、旦那。本当にこの子に手ぇ出してないよね」
「何疑ってやがんだよ」
「あっ馬鹿宗様!これ、どうにかしてくださいまし」
娘は佐助から手を離すとバッと着物の裾を広げ、太股まで持ち上げた。
「……こんな恥じらいのない女、誰が相手にするか」
「いや、この無防備さと内股、そそるでしょう」
「痛いのです!どうにかできませんか」
長くて引き締まった足を見ていたが、膝を擦りむいていることに気付いて佐助は息を付いた。
一応は川の水で洗ったようだが、かなり痛そうだ。
「川原で躓いたとか阿呆らしい」
「道を間違えたのに自分の非を認めないで無理矢理崖を降る馬鹿宗様よりマシですわ」
「云うじゃねえか!殺るかあ」
「後にしてくださいまし。倦んだらどうするのです」
佐助は医療忍者ではないので薬箱の持ち合わせがない。
うーんと唸って伊達政宗から酒瓶を奪うと酒を口に含み、彼女の足をとって患部にそれを噴き掛けた。
思ったよりも強くない酒だったので気休め程度にしかならないが、常備してある清潔な布――これはうちの旦那がよく大将に吹っ飛ばされて怪我をするからだ――をその上に巻くと彼女は嬉しそうに笑いかけてくれた。
「ありがとうございます。貴方は本当に優しいのですわね」
「君と真田の旦那だけにね。それで、何で伊達の旦那のところにいるの」
「……拾ったんだよ。酒返せ」
白けたような顔をしながら――実際、佐助としては感動の再会から口付けあたりまで持っていけないかを考えていた――伊達政宗は手を振った。
己の仕えていた城が燃えたのだ。彼女も詳しいことは云いたくないらしく、それを読み取ると佐助は手を広げて息を付いた。
「俺様としては会えただけで嬉しいから良いんだけど」
「一夜の夢に想いを馳せるのは弱い者がすることです」
少しだけ赤くなる彼女に可愛いねえ、と云えばもっと赤くなる。
可愛過ぎると思いながら、ということで、と云って後ろを振り返り酒を返した。
「じゃあこの子ちょうだい。大切にするから」
にこにこと笑いながら頼めば、後ろから批難の声がする。
聞こえない、聞こえない。
伊達政宗はまた酒を煽るとくくっと笑って首を振った。
「好きにしろ、と云いたいところだが駄目だ」
「ちょっとちょっと、今更渡したくなくなったってことお」
「私は物ではないのですが」
彼女には待ったを掛けて黙らせた。
「いや、あいつらが可愛がってんだよ、この阿呆のことを」
「……あいつらって」
「お前に教えなかっただろ、俺の居場所と俺に連れがいるってことを」
ああ、と旦那の部下たちを思い出して、確かに苛々した覚えがあったのを思い出した。
彼女を隠したかったからこその物言いだったのか。
それでも行き先の方向を嘘付かなかったのは、良い人達なんだろうなと思う。
「ねえ、どうにかしてよ」
「じゃないと力ずくでどうにかするってか」
「しないけどさあ」
挑発に乗らずに云えば肩透かしを食らったかのように旦那はじろりと見てくる。
少し考えた後、やっぱ駄目だと言って立ち上がり口笛を吹いた。
馬を呼んだのだろう。
「何でこっちの方向に来たのかと云えば、信玄公に珍しいものを見せようと思ったからだ」
「私を何だと思ってるんですか」
「阿呆。大阿呆」
「え、ってことは何日か滞在するつもりだったってこと」
彼女に会えたのは偶然じゃなくて、待っていても会えたらしい。
「……仕方ない。譲歩するとしますか」
出来るかぎり長く居てね、と云えば彼女は笑って馬に乗ってしまった。
そう簡単にはありつけないんだねえ、と思っていたが擦れ違いざまにまた会えて嬉しいですわ、と言った彼女に佐助はやる気を出して笑った。
End
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初めの予想よりも伊達の存在感が強くなってしまいました。
やっぱり佐助には苦労させたいですね。頑張って長距離恋愛(?)を…!
リクエストありがとうございました。
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