リクエスト作品
恋も鳴かぬ山の中


相手はこちらの警戒を察し、策を練っているのか。

そうでなければやはりこの歩き廻っている姿は真実のそれ。

いや、例え真にそうであったとしても今こちらも任務の最中であって、誰一人としても悟られることがあってはならない。


「さあて、どうしたものか」


佐助は木の枝に逆さにぶら下がりながら、右往左往する娘の姿を遠くから眺めていた。



その娘がただの迷子であったのなら、村男の姿になり近くの山道まで連れ出すことは訳無い。

しかし、と目線をぶら下がっている木の根元へと移す。


そこには矢で射られたばかりの雁が墜ちており、その弓矢は目の前を歩く娘が放ったものであった。


娘はこいつを探している。


矢を持ち弓を持って貧しい家へと持ち帰るための食糧を稼いだのならそれで良い。
しかし着物は上等。それに、かすがと似た、いやそれよりもべっ甲色と言った方が適当な色の綺麗に切り揃えられた髪。

異国の香漂う空気を持った不思議な娘に、必要以上に佐助は気を使った。




「お嬢さん、そんな処にいたら危険だよ」


微かな音も起てずに近付き、娘の後ろの木に座って話し掛けると、異国の娘は振り向きざまに弓を向けてきた。
佐助を認めると驚いた表情に変わり、戸惑うように弓を降ろす。


それよりも弓に装備された三本の矢に、人を仕留めるための武器として娘が使おうとしたことが見てとれた。


「……しのび…」

「へえ解る。そう、忍。それよりもアンタが探していた鳥は此処だよ」


雁を投げてやると娘の足元に落ちた。
草履を引きずり一歩距離を置くと、その娘は嬉しそうにこちらを見上げてきた。


娘は英か蘭か西の者か。
それに娘の役割は何か。

訳者、護衛、船員、布教者、またはそのどれらかの娘か、それ以外か。

――裏舞台に出て来る役者としてなら完璧な美貌を持ち合わせている。


間近で見た娘の顔に、佐助は口笛を吹くとにやと笑った。
かすがしかり、この洋の顔立ちには弱い。

それに綺麗な薄緑の瞳がとても気に入った。


「後少しでも奥に入ったら崖があるから行っちゃ駄目…って解るかな」


詞が通じるか佐助は眉根を寄せたが、娘は頷いてありがとうございます、と云った。


「助かりましたわ」


抑揚の混じる詞で返されて佐助は顔をしかめた。
通じるに超したことはないが、ここまでこちらの詞を話すことが出来るのは危険である。


佐助は見誤ったと思った。

佐助はこの国の密偵として送り込まれていた。

そして城の裏山であるこの場にいる娘は十中八九城の客人或は見初められて住まう者だろう。

こちらのことが偵察する城に伝わることがあってはならなく、折角助けたは良いが今度は娘を殺さなければならなくなる。


困ったように黙った佐助に、娘は両手を軽く上げると大丈夫ですわ、と頷いた。


「貴方が何処から何を行いに何処に参られるのか私は存じ上げません」


なので混乱だけを招くような不確かなことは何も報告出来ませんわ、と娘は云った。


真剣に見上げてくる娘。

そんな娘に佐助は思わず噴き出してしまった。


あはははっと苦しそうに笑う佐助に娘は顔を赤く染めて怒る。


「なっ何がおかしいのです」

「危険だね、アンタは」


一通り笑うと佐助は真面目な声で云った。

先ほどの身のこなしからしても、城の姫君の護衛か身代わり役の者、または今からなる者かもしれない。

ここと戦になったら必ず戦場へ出されるだろう。
こんな人を殺したこともないような娘が、と佐助は思い、娘の身の危うさを思った。


まあそれも仕方ないかと考える。


「俺は戦忍だからまた会うかもしれないね」

「その時に貴方はどういたしますの」

「うーん、アンタを殺しちゃうかもしれないね」


馴れ合ってこちらに情を持たれても可哀相だ。
じゃあね、とそのまま消えようとすると待ってください、と止められた。


「その、降りてきてくださいまし」

「……いいけど」


注意深く辺りを見渡してから木の枝から降りると、娘は近付いてきて鳥と崖のことありがとうございました、と笑った。
そのまま肩に手を添えられて身を乗り出すと、娘は佐助の頬に唇を押さえ付けた。

軽く唇が離れる音がする。


「あらら、大胆」


驚きと共に口笛を吹くと、肩から手を放して離れた娘に今度は佐助から近付いた。

薄緑の瞳を間近で見つめ、そのまま自分の唇と娘の唇を重ねる。


「でもこっちが良かったけどね」


ごちそうさま、と笑うと殴られると思っていたが、娘はまた身を乗り出すと今度は云われた通りに口へとそれを付けた。


「…………」

「…………」


娘はただの親しい交流だとでも思っているのだろうか。

離れようとした娘の腰と首筋を掴んで触れるだけであった口付けを深いものとし、心行くまで堪能させてもらってから佐助は離れた。


娘は荒く呼吸を繰り返して自国の詞を口走るとやってくれましたわね、と上から物を云った。


「まるでお姫さんだね」

「……貴方、お上手ですのね」


娘はぐっと雁の脚を持って拾うと、忍に背を向けて歩き出した。


「一度くらい、相手してもらいたかったかも」


うーんと唸って佐助が呟くと、娘は楽しそうに振り返って微笑んだ。


「忍ならば忍んで戸を開け、抵抗する間もなく仕留めれば宜しいじゃありませんの」

「……無茶を云うね」


そのまま娘は去っていく。

忍び込む云々の前に、今は任務の最中であって最低限与えられたこと以外してはならない。
まったく忍使いが荒いんだから、とため息混じりに思うと不可能を可能にしてやろうじゃないの、と佐助は口端を上げた。


「大将ならきっと解ってくれるでしょ」


旦那には云えないけど、と笑いながら佐助も闇に紛れてその場から去った。






信玄公に幸村の前で猫と戯れてきおったか、と暴露されるのはまた別のお話し。





おしまい


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あきゅろす。
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