リクエスト作品
世界を変える一撃で


ケテルブルク港は白く淡い雪に被われ、人々の歩みも体温を奪われないようにと早く身を縮めてメリルの横を通り過ぎていく。
世話しなく動き回る船員や港区の人々の中でも静かさが漂ってくるほど積もる雪はその存在を主張していた。

栄光ホドのガルディオス伯爵家に使えているメリルは現在、ケテルブルクに向かうために伯爵家専用の海上艇から足を踏み出していた。

これから寒冷地用陸上艦を使い自身の雇い主であるガルディオス伯爵家の嫡子ガイラルディア様とケテルブルクに向かうことになっている。


――事の起こりは先月。
ホドにてメリルは買い物に出掛けようとガイラルディアに誘われたのだが、誘ったはずのガイラルディアが出掛けず、それと共にメリルを悲しませた。
ガイラルディアはメリルに悪い事をしてしまったからと――メリルは気にしていなかったのだが――ケテルブルクにて再度買い物をしようと言ってきて今に至っている。



ケテルブルクは観光都市だけあって有名スポットが多い。
また極地にあるがマルクト帝国流行の先端を走る、娘たちの憧れの場所でもあるのだ。

それはメリルにとっても例外ではない。

メリルは浮足立つ気持ちを抑え切れずにいるのだが、前方で不機嫌なオーラを纏わり付かせている主人に小さく吐息を漏らした。

メリルにはどうして良いのか分からない。


「ガイラルディア様、陸上艦の用意が出来ております」

「人数が少ないのだからその必要はないと言っていただろう」

「しかし御身に何かあったら困ります」

「それに警護人員もそこまで少なくはありません」


メリルにはどうして良いのか分からないばかりか、どうしようもないのだ。

前を歩くガイラルディアの周りには護衛がつき、メリルを含めた使用人も何人かついている。
偲びといっても領土内から出ることになればそれなりの配備が必要だと誰もが考えている。

そもそもホドでも使用人と二人で貴族が買い物をしていたこと自体可笑しい事だったのだ。
ホドは孤島ということもあり上陸地は限られている。
空路は拓いていないため数少ない港からの来賓を完璧に把握することによって守られていた。
その警備を過信した行為ともいえるが護衛も付けずに領地主たちは街を練り歩く。
その延長線上で考えていたのだろうガイラルディアは余りの付き人の人数にホドを出る前からずっと機嫌が悪い。



陸上艦に乗り込むとガイラルディアの傍に席を指定され、頭を下げて隣に座る。
窓側に座っていた相手はこちらを見ようとせずに外を見据えている。
何と声を掛けてよいか分からなくなりながらメリルが口を開くと、声を漏らす前に相手の方から声が聞こえてきた。


「ごめんね、メリル」


その優しい響きにメリルは困ってしまい、いいえガイラルディア様、と返すしかなかった。
その謝罪は多分、我が儘を言って皆を困らせてしまったことや、二人きりで買い物が出来ないこと、それを納得していても不機嫌を隠す気にもなれないことに対して。
それ以外にももしかしたらあるのかもしれないが、メリルには分からなかった。



しんしんと雪が降り注ぎ、憧れの場所であるケテルブルクが見えてきても静けさを保った白を象るそれに、メリルもどこか静まり返った気持ちでそれを眺めていた。





ケテルブルクホテルのレストランでの食事も終わり、早々に自分の部屋へと篭ってしまったガイラルディア。

メリルはガイラルディアが仕事を持ち込みつつこのケテルブルクへ来ていることも知っていたし、相手が疲れていることも知っていた。


なのに何故自分は珈琲の一つも用意せずにこの場にいるのだろうかとガイラルディアの部屋の前で立ち尽くしていた。














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あきゅろす。
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