リクエスト作品
愛は哀より出でて哀より愛し


貴方に声を掛けられただけで私は浮足立ちます
貴方に見詰められただけで私は嬉しくなります
貴方の隣にいられるだけで私は幸せになれるのです



赤くなっていたアッシュはため息を付いて見誤るな、と吐いた。


「ナタリア、俺を試すようなことをするな。……俺はナタリアの期待には応えられない」


そう言ってアッシュはナタリアの頬に手を添えると、撫でるようにその指を滑らす。
しかし、ナタリアは言葉を解さないかのように、嬉しそうに目を細めるとそのアッシュの手に頬を擦り付けた。


――まるで猫のよう。


そのナタリアの仕種にアッシュは息をつめると、疲れたように深くため息を吐いた。


「……誰だ、ナタリアに酒を飲ませたのは」



アッシュの問いに答える者は既に、彼がその場に現れたと同時に蒼白になりナタリアを一人残して逃げ出してしまっていた。

自身のレプリカであるルークにアニス、そして確かマルクト軍のカーティス大佐だったか。
どの輩もやりそうな人物であり、寧ろ共犯なのであろうとアッシュはこめかみを引き攣らせた。






――その場、というのも此処は酒場である。


アッシュのやってきた町には大きな宿などなく、数少ない交易商や旅人は須らく同じ宿屋に泊まることとなる。
その唯一の宿屋は酒場も兼業しており、疲れた宿泊客は多くの場合出掛けずに酒場で食事をとる。

アッシュは昼を当に過ぎた頃にその町に立ち寄り、消耗品の補給と食事のみを済ませて目的地へとまた旅立つつもりであった。


夕食にはまだ早過ぎる時間帯であったため酒場に人影は少なく、落ち着いて食事を取れると思っていた時にルークたちを見付けたのだった。
何となしに視線を逸らしてその場を離れようとしたところ、アニスの隣にいるナタリアの様子がおかしいことに気付き足を止めて眉根を寄せてよく見れば彼女の前には透明な液体の入ったグラスと半分ほど中身の減った瓶があり、彼女は顔を赤くして椅子に座りながらふらついていた。
その様子を不振に思ったため訝かしみながらナタリアたちに近付いていくとカーティス大佐がこちらに気付き、洗練された素早い動作で席から立つと用事が出来たと言い、酒場の奥に設置されている階段の方へと向かっていった。
彼等は此処の宿に泊まっているのだろうということを容易に想像させつつ足を進めていくと次にルークとアニス、そしてナタリアがアッシュの存在に気付いた。
ナタリアの隣にいた二名は顔を青くさせるとアッシュの目の届かないところへと解散して走りだし、残ったナタリアは彼等とは反対にアッシュの方へと走り寄ってきた。

はにかむように頬を緩ませてナタリアはアッシュへと抱き着き、甘い睦言を並べ上げ、冒頭へと戻る。






酒が抜けて落ち着いてきたナタリアは、今度は俯いて先程とはまた違った理由で顔を赤らめていた。


「すみません。取り乱しておりましたわ」


恥ずかしさと悔しさ、そして悲しさ。
ナタリアは先ほどの己の失言と、そしてアッシュの期待には応えられないという否定の言葉を反芻していた。

それをアッシュは気持ちを押し殺して見詰めながら言葉を紡ぐ。


「……俺はルークじゃない」

アッシュの言葉にナタリアは唇をわななかせた。

「では、では貴方は一緒に国を善くしていこうと言った約束をなかったことに致しますの」

「いや無かったことにする必要はない。俺が破ったと思っていれば良い」

ナタリアは信じられないというように首を横に振って嫌がる。

「嫌ですアッシュ。それが私の支えなのです」


そんなことを言わないでください。
それがないと私には耐えられないのです。
そうでなければ、今の私ではいられないのです。


そう言って、ナタリアはアッシュを淡いはかない瞳で見詰め返してきた。






――嗚呼、確かあれはアリエッタだった。



アッシュはナタリアの視線を受け止め、それを思い出した。



ローレライ教団が治める宗教自地区ダアトでは大詠師派と導師派とに別れており対立をしていた。
若者ながらも導師守護役に任命されていたアリエッタも大詠師派から疎まれる存在であって、嫌な想いを多くしてきたのだろう。

しかし、若者といっても実力は確かである。
己の立場に誇りをもち、導師を慕い、信じ、真っ直ぐ意志を貫いていくことが出来る強い者でなければなれない。



アッシュが教団内部の図書室から出てきた時にたまたまアリエッタが大詠師派の律師や唱師に厭味事を言われているのを目にした。
凜とそれを見返して静かに言葉を紡ぐアリエッタにアッシュは、己には関係ないことだと見流す。
しかし、舌打ちをして去っていく律師が目の前を通っていくのを見てアリエッタを振り返ると、人形を強く抱きしめて唇を噛み締めている彼女が見えた。

何かされたのかと思い近寄って髪に手を乗せるとアリエッタの身体が大袈裟に跳ねた。
直ぐに手を離して大丈夫かと顔を覗き込むとアリエッタの強張った表情に会い、アッシュは怯んだ。


「おい、大丈夫か」

もう一度問い掛けるとアリエッタはアッシュの方を向き、安堵した顔をするとヒクッと嗚咽を漏らしたのだ。

「ひ、酷いこと言われたの。身分に不釣り合いだって。イオン様の護衛には無理があるって」

頑張って誰にも負けないように力つけているのに、と涙を零しながらアリエッタは人形を抱きしめる手に力を込めた。


アッシュはこれといってアリエッタの力量を疑ったことなどなかった。
ただ周りから眺めればイオンよりも背が低く筋肉も少ない彼女は実に頼りなく映るのだろう。


「それがどうかしたのか」

「だって、認めてもらいたいけど駄目で」

「誰でもない、イオンが認めているなら良いじゃねえか」

そうだけど、とアリエッタは震えて黙り込み、涙を溢れさせた。



アッシュはそれを見たとき、唇を歪めて嫌に感嘆するしかなかった。

そういうものなのだ、と思うしかなかったのだ。


大小の、高低の、強弱の。
己にもあるのだろう、人の波打って揺れる心の狭間を垣間見たような。

そんな気分になった。


強くないのだ。
強くあろうと必死なのだ。

己に出来るのか。
己に見合っているのか。

決して、完璧である筈がないのだ。
決して、不安でないわけないのだ。



特に彼女は、彼女たちは強くそれを持っていたということ。



アッシュは国というものを少なからず肩に乗せているナタリアを見た。

彼女はそう強くはない。

それはアッシュも知っているつもりであった。


しかし、今アッシュに突き放されたナタリアは――彼女の中で――分け合っていた重みをすべて背負わされたことになる。

彼女はやるべき事を行い信頼もされているのではないか。
しかし、不安というものはそんな彼女にだって必ず存在する。


「俺は、ルークには戻れない」

「アッシュ!」

「悪いがナタリア、それだけは変えられない」


アッシュはナタリアが悲しみに押し潰されそうになっているのを感じた。
そんな顔をさせたいわけじゃない、と強く思う。


「……だが、お前一人に辛い想いをさせはしない」

アッシュはそのエメラルドの瞳でしっかりとナタリアを見据えると一人にはさせない、と言った。

「今やるべきことを遂げた時はナタリアと同じ道を歩めるよう最善を尽くす」

「それは公爵家に戻ってくださるということですの」

「……或いは」


そう返すとナタリアはその軟らかい色の瞳を細めて笑ってくれた。


「私、アッシュを待っております」


そんなナタリアを見てアッシュはほっと息を吐き出した。

心の底から安堵した。


アッシュの言った言葉は真であり嘘である。
例えアッシュが傍にいれなくともきっとアッシュに代わる人物がナタリアの近くに現れ支え、彼女一人で背負うようなことは決してない、ということ。
それが己であればどれだけよいか、とアッシュは思うが可能性は少ないだろう。

それでも己が戻ってくることを信じることでナタリアが心を強く持ち続けるための糧になるのなら、どんな虚言も厭わないと考えた。

彼女が彼女たる存在で在り続けられるのなら、アッシュはそれだけで良いのだ。


「約束ですわよ」

「……ああ、約束だ」


幸せに微笑む彼女の笑みは偽りではない。
己が心にいるということでその表情が見られるのだということが喜ばしい。
それはアッシュも同じであり、ナタリアがいることを感じるからこそアッシュは進むことができるのだ。


彼女の前で少し立ち止まって休憩をして、また歩いていこう、とアッシュは口元を綻ばせる。
お酒しか飲んでいないナタリアを食事に誘うと彼女は頬を染めて頷き、アッシュに嬉しそうに笑い返してくれた。







End

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リクは「これでもかってくらい甘いアシュナタ」とのことだったんですが、すみませんでしたとスライディング土下座で謝りたいと思います。
これはシリアスですよね;;管理人の無い脳みそがどうしてもシリアスばっかり考えてしまい、最終的に客観的ではなくナタリアの主観的な甘さでも良いんじゃないかと思ってこのようになりましたorz
本当すみませんんん!

アリナさま、リクエストありがとうございました。


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あきゅろす。
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