リクエスト作品
シャム猫の憂鬱
ナタリアはしっかりしているように見えて軽薄な部分がある。
ルークはそんなナタリアに苛つくことが多々あり、それに手助けする奴らにもまた苛ついていた。
あいつがそんなに大事か、と勘繰ってしまうような態度の数々。
一国の姫に貸しをつくるのがそれほど楽しいのか。
それとも貸しをつくった気分を味わって楽しんでいたいのか。
ナタリアの周りに人が集まるのはかなりの必然性がそこにあるのだとルークは理解していた。
ナタリアの傍に控えているというだけでそいつには何らかの利益が必ずあるからだ。
例えばジェイドなんかは直接俺に向かって、たまに抜けているナタリアの性格を知ることは外交上こちらが有利になる条件を揃えるためには必要です、と言ってきていた。
ナタリアがそこらで遊んでいるガキに飴を渡していたり、ふとした瞬間に街の外壁の高さや隙間などを見ていたりする姿をジェイドは興味深げに見据えている。
からかってはナタリアの反応を確かめて、特に本気で怒った瞬間を嬉しそうに目を細めて喜ぶ。
イオンなんかも同じだ。
ナタリアに寄り添うのはナタリアが後方支援者のため護られやすい位置にいると共に数少ない対等者であるから見極める必要がある。
ナタリアの傍にいることはイオンにとって大切なことなのだ。
そして爵位を勝ち取ったガイもまたナタリアの傍に控え、ナタリアを護ることはプラスの要因にしかならない。
ティアだってアニスだって、利益があることにはかわりないのだ。
またルークに対して何等かの行いをすることはナタリアに対してと同じくらいに益のあることであるのだが、しかしルークはナタリアと違って抜け目ない。
だから、ナタリアが彼等に使われているのではないかとルークは目を向けられずにはいられないのだ。
ああ苛々してしょうがない、とルークは思う。
「全く、ルークはいつもそう言って付き合ってくださらないのですから」
ナタリアがわめき立てるのでルークは耳を両手で塞いで視線を逸らした。
「うぜえ。買い物くらい一人で行けよ。ああ、ガイとかなら喜んで着いてくと思うぜ」
誘ってみれば、と鼻で笑ったら視界の端でナタリアが頬を膨らませたのが見えた。
「ルークと行きたいのです」
いつもの買い物当番ではなく、ナタリア個人の私用目的で誘われた付き添い。
面倒だから一人でいけよ、と言われてしまえば今度は行かない方が、相手が可哀相だと批難されてしまう。
「それにガイはもう出掛けてしまわれましたわ」
仕方なく行ってやろうかと開いた口をそのまま閉じる。
よく動く唇はいらない言葉までよく紡ぐものだと感心してしまう、とルークはナタリアを視界に映して立ち上がった。
自分が失敗したことに気付いたのだろうナタリアが話し掛けてこないのにルークは舌打ちをして俺は出掛けるぞ、と扉を開けた。
後ろではにかむナタリアの表情が浮かぶ。
はい、と言ったナタリアの口調からしても思ったのと同じような表情をしていることが窺えた。
「では私もそれについて行きます」
素直で、分かりやすくて。
そんなナタリアだから、苛々するのだ。
宿は町の中心街であり、多くの人々が行き交っていた。
ルークは数多の人と触れ合うような環境にいたことが少なく、やはり苦手であった。
人にぶつかって押されて分け合って進む道は何とも言えない。
後ろから着いてくるナタリアを一瞥すると、ルークは何処に行きたいのかナタリアに確認することもなく先に立って歩き出した。
ナタリアのこれまでの行動パターンからアニスのようにアクセサリー屋に寄ることはない。
ティアのように小物屋に行くこともガイのように音機関の器具屋にもジェイドのようにドラッグの密輸販売屋にもイオンのように教団の支部に寄ることもない。
施設の見学などは誰も連れてなど歩かないのがナタリアだ。
だから普通に武器屋、防具屋、本屋が恐らくナタリアの向かいたい場所。
町に入る際に武器防具屋を横目に見た覚えがあり、その近くに本屋もあった。
ルークはそれを目指して進むが、ナタリアは後ろで不服そうに何か呟いていた。
最後の、女心が分かっていないのですから、という言葉は聞こえたが無視をして進む。
人の壁が行く手を阻んで苛つく。
そう思っていると、前方からよく知った人物がこちらに向かってくるのが見えた。
先ほどナタリアとの話しの中にも出てきた人物、ガイである。
ガイは二人に気付くと手をあげて近付いてきた。
「やあお二人さん。買い物かい」
人の波も気にせず近寄ってくるガイにルークは返事をしてガイの目の前で立ち止まるが、ナタリアはそれどころではなかったようだった。
きゃっ、と後ろから声がしてルークが振り向くと、ナタリアは人の足に躓いたようでよろけたところだった。
これは転ぶなと思ったとき、ルークは咄嗟に腕を掴んだ。
ナタリアは、人の波をやり過ごすために斜めに身体を捻って歩いており、手が上手く使えない状態であった。
そして、そのまま地面に方肘を着いて転んでしまった。
ルークは腕を掴んでいた。
ルークはナタリアの腕ではなく、ナタリアが転ぶのを防ごうとしたガイの腕を掴んでいた。
「……ルーク、」
「こいつに触るな」
ルークの低い声にガイは息を飲んだようだった。
少し強く握っていたガイの腕を見つめて力を緩めながらルークはいやごめん、と呟いた。
ルークは触るなと言いたかったわけではない。
本当は、近付くな、と言いたかったのだ。
起き上がったナタリアは黙り込んでいる二人に気付かずに、恥ずかしそうに笑って服についた埃を叩いてからルークの腕に縋った。
「ルークがしっかりとエスコートしてくださらないから悪いのですわ」
「転んだのを俺の所為にするなよ」
「そうですが、でもやっぱり隣にいてくださらないと」
ルークは掴んでいたガイの手を放すと、何事もなかったかのように自分の頭を撫でてガイを見上げてガイも行こうぜ、と言った。
先程触るな、と初めての敵意のようなものを向けられたガイとしては戸惑うしかなかったが、深くは考えずに後に続いた。
「おいおい、何処に行くのかも教えてくれないのかよ」
「私はルークと二人がよろしかったのに」
「俺がいやなんだ」
「まあ、失礼してしまいますわ」
「荷物持ちぐらいにはなるよ。それで悪くないだろ」
「悪いですわ。ガイは使用人ではないのですから」
「それぐらい構わないさ」
ルークはナタリアに掴まれているのとは逆の手を握り締めると直ぐに力を抜く。
ナタリアが何か行動を起すのが、ナタリアがだれかと言葉を交わすのが、ナタリアが触られるのが、ナタリアの相手をしているやつが何かを思うのが、日々それを考える自分が。
――嫌なのだ。
「今度、転びそうになりましたら助けてくださいまし」
「ガイによく頼んでおけよ」
「俺はやめておくよ。馬に蹴られてしまうからね」
ガイの言葉にナタリアがそうですわね、と笑ってルークの腕を強く抱きしめた。
End
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嫉妬と気付かぬは本人のみ。
深く考えすぎて遠回りしている気難しいお坊ちゃんを目指したら凄く変な子になってしまいましたルーク。
分かってる人がいれば良いんじゃないかなっていうオチですみませんっ。
バチカル三人組だいすきだ!
瑳櫑さま、リクエストありがとうございました。
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