リクエスト作品
その想い、不可説につき
※学パラ





監督生が室内を見回り、扉を開けて出ていくのを認めると、一緒に隠れていた彼女と目を合わせてくすくすと笑った。
長机の陰に隠れ、監督生の反対側に位置しながらくるりと一周回ったのだ。


未だ立ち上がらず、冷たい石造りのお陰で気付かれなかったと顔を近付けて彼女と笑っていると自然に笑いは止み、顔と顔が近付いていく。


そして、甘くて柔らかい唇とゼロスの唇が触れ合った。





――放課後の構内。





人の気配のあまりしないこの雰囲気をゼロスはとても気に入っていた。

実際、ゼロスは学校の風習が嫌いであり、特に伝統があるこの学校が嫌いで、はたから見れば奇行が多いと言われ目をつけられることが多かった。

だから人の目を気にすることがない放課後が大好きだ。
まあ、女子生徒の目がなくなるのは頂けないのだが。

年頃の子だもん。ピアスはしたいし美しい肌は曝したいし女性は全員口説き落としたい。



目の前にいる彼女も学校内で五本の指に入る美女だ。

キスをするときに目をつむることはマナー。

可愛らしく震える睫毛に口角を上げながら可愛いよと言おうと口を開いたとき、最奥の扉が静かに開いた。


傾斜の緩い階段教室の一番高いところ。
一番手前で座り込んでいたゼロスからは、その姿がよく見えた。
暗い室内に淡い光が差し込んで、その綺麗な輪郭を浮きぼらされる。

動きが止まったゼロスに気付いたのか、彼女も後ろを振り向きそれを認めた。


「……ナタリア」


ハニーブロンドの肩口で切り揃えられた柔らかい髪に整った顔立ちに愛くるしい猫目。
長い足に制服の中に隠れたバランスのとれた体型に綺麗な姿勢がよく映えた。
勿論のことその学生も学校内に置いて一位二位を争う美女であり、また凛とした彼女のハスキーボイスは誰をも引き付けた。


「ナタリア、この塔に何か用事かしら」

「此処に忘れ物をしただけですわ」


にこりと笑ったナタリアは、でも掃除の方に持っていかれたようですわね、と言って机を確認するとこちらに背を向ける。


「お邪魔しましたわ」

「ナタリア」


そこで初めてゼロスが声を出すと、呼ばれたナタリアは嫌そうに振り向いた。
しかし、ゼロスは彼女がそういう態度をとるのは分かっていた。


「背中、汚れてるぞ」

「……ありがとうございます」

「いやあ俺様優しいから」


軽く冷たく笑い合うとナタリアは部屋を出ていく。
そのまま隣にいた美女に顔を戻せば酷いわよゼロス、と呆れたように顔を離された。


「そこの窓から、壁際でナタリアが先輩たちに囲まれて言い合いをしていたのを見ていたじゃない」

「いいの、いいの。俺様が助けにいったら彼女のプライド傷ついちゃうから」

「助ける気、最初からなかったくせに」


不満そうに唇を尖らせる彼女のそこに唇を寄せてへらりと笑った。
それだけで彼女はとろんとした瞳に変わる。

それに気分を良くして彼女の制服のタイを外しながら、しかしゼロスは違うことを考えていた。





所詮女性同士の喧嘩など言い合いが大半であり、メンタル面の強いナタリアにはあまり関係のないものだ。
先輩方がナタリアに手を出すようになることもないだろう。
何故なら表ざたになってもっと嫌な思いをするのは先輩、彼女たちだから。

それに先輩方なんてあと半年もいないようなものなのだから、たいしたことではない。


ナタリアがあのように囲まれる訳。それは実に単純でくだらないものであった。

――構内一人気者であるガイラルディアと親しいこと。

くだらないに尽きるだろう。

それでもナタリアが女の先輩方に反感を持たれるには十分なことかつ仕方のないこと、なのかもしれない。
拍車を掛けているのはナタリアが決してガイラルディアの恋人ではないということだ。

事あるごと隣り合う二人に苛立ちを持つ者は先輩方だけでなく同級、後輩となかなか多い。





朝、ゼロスが欠伸を噛み殺しながら一限が行われる講堂へ向かうと、そこには席に座って楽しそうに笑っているナタリアと立ちながら彼女に話し掛けている女の子の人気者がいた。
爽やかな笑みに優しい性格、甘い囁きにあと何だったか、彼を形容する言葉は後を断たない。

べっと舌を出して馬鹿にしたくなる他の男たちと同様、ゼロスも相手の裏表のない人気に唾を吐きかけたくなるが、それでもゼロスは彼の友人でもあった。

ゼロスが適当に席を選んでいると愛しの可愛い女の子たちが近寄ってきて、ゼロスの周りを囲んだ。

女の子たちは狡いし賢い。
適当に笑顔で挨拶を交わすとナタリアの後頭部へとまた目を向けた。


「……ガイラルディア、おはよう」


ゼロスが声を掛けると周りの女の子たちは隣で黄色い声をあげる。
ナタリアと話していたガイラルディアは顔を上げるとにこりと微笑んで手を振った。


「はよ、ゼロス」

「クラスでも変えたのか」

「いや、ナタリアと来たから講義始まるまで話していようかと思っただけさ」

「へえぇ、今日も王子様みたいでカッコイイねえ。惚れちゃいそう」

「やめてくれよ。君の周りを見てから言ってくれ」

「へいへい。鈍い奴は困ったもんだ」


女の子たちは一瞬でも自分へと視線が向けられないかとガイラルディアへ熱い視線を送る。

俺様も大概サービスがいいな、と思いながらそれでもゼロスは想い人にアプローチすることを諦めない彼女たちが可愛くてとても好ましくあるのだ。


ゼロスといればガイラルディアが近寄ってきて話し掛けてくる、または女の子たちとも会話をする機会も増える。
しかし、ゼロスとて構内で別段決まった事柄以外の行動をすることなどなく、クラスの違うガイラルディアと会う機会など他の奴らと同等なのだ。
それでもゼロスとよく会話をし、親しいと言われるようになっているのはゼロスではなく、ガイラルディアが不規則的な行動をとるからだと言える。
つまり、ガイラルディアがゼロスの向かうところにいることが多いのだ。
多くの場合、ガイラルディアはナタリアの傍にいて、そしてナタリアはゼロスと同じクラスである。

まあ、ガイラルディアがナタリアに好意を持っていることは現実から目を逸らしている女の子たち以外は衆知の事実であろう。

可愛く着飾る彼女たちには望みは薄いかもしれない。
何せナタリアは構内一、二を争う美人さんなのだから。

しかし、彼らに発展が見られないのはナタリアが鈍感であるからかもしれないが生憎と彼女はそこまで可愛い女の子ではなかった。

許しているようには見えてもナタリアはガイラルディアから一定の距離を保っている。
彼らは親しい人であることから踏み出すにも引くにも慎重にならざるを得ないのだろう。


へらっとゼロスが笑顔をつくっているとナタリアと視線がかちあって、しばらく見詰められ逸らされる。

たまにあるそれは、ガイラルディアに言わせればナタリアには一つ年下の親戚がいてその子にゼロスお気に入りの緋色の髪質や瞳の色が似ているということだった。


そういえば昨日久しぶりにナタリアと言葉を交わしたなと思いながら、彼女を見ていれば怪訝そうにまた見られた。

ガイラルディアから離れればナタリアはガイラルディアからの好意からもっと距離を持って接することが出来るし、先輩方からも嫌がらせを受けることもないだろう。
しかし、それでも彼女が立ち位置を変えないのは、周りの行動によって彼女の選択肢を決められるのが嫌なのかもしれない。
もしかしたらガイラルディアに好意を寄せることがあるかもしれないのだ。
ガイラルディアが行動を起こさないのならばまだこの関係を続けていけば良いと考えるのは頭の良いことである。


「――ナタリア。女の先輩からの呼出しがあったけど、伝えなかったことにしておこうか」


瞳を合わせたままそう言えば、彼女は眉間にシワを寄せて睨み据えてきた。

当たり前だ。彼女はゼロスに話し掛けられることさえ煩わしく思っているのに、ガイラルディアが知らない、ガイラルディアがいる所為でされる嫌がらせの誘いを彼の前で言っているのだから。
しかも、聞かなかったことにするかという問い掛けは、何らかの含みのあるものと言っているも当然なのだ。


「ナタリア、何かあったのか」

「……ただのサークルの話し合いですわ。それでゼロス、いつですの」

「昼休み。正面玄関のところね」

「どうもありがとうございます」


いや俺様優しいから、と笑って手を振って席につく。
たぶんナタリアは苛立っているんだろうと、女の子たちと話しながらガイラルディアと笑う彼女の横顔を盗み見た。





昼休みになるとゼロスは女の子たちに誘われるまま中央廊下を抜け学生食堂へと向かった。

その道すがらガイラルディアが一目散に大門がある正面玄関へと向かうところを目撃してゼロスはあーあと舌打ちをした。
朝、ガイラルディアがいる前で先輩方からの伝言を言ったのは焦るナタリアをからかっただけのことだったが、ガイラルディアが出て来るとは予想していなかった。


ゼロスは深くため息をつくとガシガシと頭を掻いて後ろを振り返った。


「ちょっとゼロス。どこ行くの」

「天からの使者、神子である俺様は東塔裏に行けっていうお告げが聞こえちゃったから行ってくるよ」

「それ初耳だわ」

「そう。じゃあ俺様のことこれからは神子様と呼んでね」


冗談を言いつつ正面玄関へと向かう。



ナタリアが先輩方に背を向けることなどしない。
彼女は卑怯なことも悪いこともしていないのだから堂々としていればいい。

しかし、ガイラルディアが出てくれば後々部が悪くなる。



東塔の表が見下げられる廊下を歩くと四人な女の子が塔の裏へと向かっていくのが見えた。
その時、後ろを振り返った一人の女の子、ナタリアがゼロスを睨み据えてきた。
一瞬だけ交わされたそれは彼女の真後ろへと向けられ、そこにガイラルディアがいることを暗に示される。


ナタリアにとってガイラルディアが現れることは嬉しくなるのと共に困ったことになるも当然なのである。


美人に睨まれることほど迫力があるものはない。
怖いねえ、とくすくす笑いながらゼロスはその場から離れた。


ゆっくり景色を眺めながら庭師によってよく手入れされている庭を歩き、少しだけ攻撃的な女の子の高い声が近付いてくる。
せっかく良い声だっていうのにくだらないことで怒鳴り声をあげるなんて勿体ないな、と思いながら東塔の角を曲がる。

暗いそこまでくれば女の子の声の、そのみすぼらしい内容までよく通って聞こえてきた。
目の前には内容の大半を占める主、ガイラルディアが苛立った顔をして奥に見えている四人の女の子たちを見ている。
もうそろそろ限界がきて止めに入ろうとするところだったのだろう。


「はいはい、ガイラルディア君そこまでよ」

「な、ゼロス」

肩を叩くと小さな声で彼を引き止めた。

「女の子同士の秘密のお話を立ち聞きなんて格好良い男の子のすることじゃないと俺様思うわけよ」

「……ゼロス。君、知っていただろ」


ナタリアがこういうことされているの、と関係のないゼロスを睨み据えてきた。
だから美人さんが怒ると迫力あるんだって、とゼロスはこっそり笑いながら首を縦に振った。


「ん、知っていたよ」

「今までにもこういうことがあったのか」

「勿論じゃないの。あれ、だってみんな知っていることじゃない」


くすっとゼロスが笑うとガイラルディアは掌を握り締めてゼロスから目を離した。
そのまま彼女たちの方へ足を進めようとするのでゼロスは少しだけ苛立って行くのはやめろ、と囁く。


「ナタリアはこれまで一人でどうにかしてきたんだ。今頃お前が入ってきて掻き回すのはやめろよ」

「俺の所為なんだ。俺が止めて何が悪い」

「だからね、今回は彼女が助かっても次からもっと目の仇にされる可能性が高いわけでしょ」


もう少し頭を使え、と息を吐き出す。


「もっと上手く立ち回れ、ガイラルディア」

「…………」

「好きな子傷付けているのはお前だぞ」


ゼロスが言うとガイラルディアは何か言いたい言葉があったのかそれを飲み込んで、壁に拳をたたき付けるとその場を去っていった。

静かに行くことは出来なかったのだろうかと思う。
ほら、可愛い顔をした女の子たちが音に気付いてこちらを振り向いてしまった。


「あらら、何か邪魔しちゃったかな」


ゼロスがそれでも笑みを崩さずに言えば、何でもない、と反対側へと三人の女の子たちが去っていく。

すると、一人残った女の子が壁に寄り掛かってゼロスを下から見詰めてきた。


「……ガイは、」

「さあね。俺様が追い払ったって言ったらどうするの」


ナタリアはため息をつくとゆっくりと壁から放れて真っ直ぐにゼロスと向き合った。

彼女がゼロスと正面から対峙することは殆どない。
それがどうしてなのかは、知らない。


「嫌ですわ。貴方には私の気持ちが分かってしまって、いつも歯痒い想いをします」

「……何故分かるか考えないの」

「さあ、考えたくもありませんわ」

「お礼言いたいのなら今のうちだけど」

「あら、言われたいですか」

「いやもっと違う言葉なら受け取りたいけどね」

「今のところそれ以外思い付きませんわ。では失礼します」


そのまま去っていく彼女の耳が赤くなっているのを知らぬふりでゼロスもその場から立ち去った。


ナタリアの気持ちなど、こちらだって考える気がしない。
それは、当分はこの関係のままでいいと思っているからだろうか。



どちらにしろ、ナタリアと付き合うのなら彼女の近くにいる王子様が離れてくれてからだろうなとふと思った。







End

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学パラになりました。
二人をツンし過ぎて何考えているのか分からない感じになってしまいましたが、お互い少しだけ好感を持っているようにみえたらいいなと思います。

リクエストありがとうございました。

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あきゅろす。
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