リクエスト作品
リコール
暇潰しにパキッと枝を折ると両方を火にくべた。
少しでも火が弱まると炎を恐れる者たちが襲ってくるかもしれないからと、黙々と火を見詰めて、そしてたまに薪をくべる。
大きな炎は明かりとして離れた処にも点在しており、各位置が確認できる。
きっとそこでは滅多にない護衛以外の出兵に他の兵士たちは楽しく騒いでいるのだろう。
イグニスたちキムラスカ王国軍の下官兵士たちは次期王位継承を直ぐに控えているルーク・フォン・ファブレ子爵と現キムラスカ国王の娘であり、次期王の妃となるナタリア姫の捜索隊として狩り出されていた。
何名かの上官も着いているが、殆どが軍人養成所から上がったばかりの若者しかいない。
それも王都に住んでいた者ではなく外に詳しい田舎育ちの者たちばかりの集まり。
ああ嫌だ、とイグニスは珍しくも舌打ちをした。
仲間外れのような気分になるのは久しぶりだ。
捜索隊といっても形だけのもの。
ルークとナタリアは婚約者といっても幼馴染みの関係で恋人としても親しい。
近年では二人で都を抜け出して外で遊ぶようになってしまっていた。
それというのも先年のオールドラントを巻き込んだいざこざから――秘密事項だが――ナタリア様たち王族人単独の行動を認めてしまったが故に起こったことで、実際の二人の武術やフォニムを使った唱術の強さから護衛を着けず遊びに行くことに一度大臣が目をつむってしまったことが原因である。
公務を片付けられてから遊びに行くというしっかりした二人だが、やはり大切な御身のため許されるわけにもいかず、毎回捜す形だけでもとるようにと城からたたき出される訳だった。
それにしても毎回見付からない。
歩いて出掛けていったらしいというのに何処に隠れているのか見付かったことがない。
どうせ見付からずに気付いたら城に戻っているというのだから、と等々若い者に回ってきたのだ。
別にイグニスは二人の行動に嫌気がさしている訳でも二人が嫌いな訳でもなかった。
寧ろ二人の事が好きだった。
パートナーとはこういうことをいうのかと思わされるほどに息の合う二人に心が温かくなるのだ。
そう、だから、その二人のことは関係ない。
――嫌だな、寂しい。
遠くから聞こえてきた微かな笑い声に現実に引き戻され、イグニスは虫の声が強く聞こえる暗闇から目を逸らした。
横目に隣を見ると暇そうに同じ部隊であるクレアが火を眺めており、罪悪感で息を飲み込んだ。
「お前、こんなところにいないで、皆のところに行って騒いでこいよ」
「……なんだ。また卑屈になっているのかな、イグニス君」
クレアは生粋のバチカル民であって田舎の者ではない。
それでも、この捜索のためだけに編成された部隊ではなくいつもの部隊の誼みとしてイグニスが出掛けるなら城にいても暇だし着いていってやるよ、と人数調整のため空いていた席に腰を据えていた。
でもそんな理由で着いてきたんじゃないことくらいイグニスも分かっていた。
呆れたように見返してきたクレアからも目を逸らすと可愛いねえ、と相手は肩を揺らした。
「お前が女の子だったら襲っちゃってたよ」
「クレアが言うと洒落になんねーよ」
「洒落じゃねえもん」
「…………」
「その変質者でも見たような表情、そそるよ」
「いいから、もう寝ろよ。明日に響くぞ」
そう呟くとクレアは仕方ないとばかりに笑った。
「寂しがりがいるからおちおち寝てもいられないんだ」
今この場にはイグニスとクレアだけで、他に火を囲む者はいない。
イグニスは顔を上げると照れ臭くなりながらありがとう、と言ってみた。
するとクレアは何か探ろうと顔を傾けてきて真剣な顔をする。
「……俺は都育ちだけど、そうじゃなくてもお前と友達になろうと思ったよ」
「気を使うなよ。別に、落ち込んでないから」
実際は落ち込んでいたが、クレアの真っ直ぐな言葉に嬉しくなっていた。
何故この場に二人だけかといえば、他の者たちと一緒にいれば気分が悪くなることが分かっていたからイグニスが自主的に隊から離れたのだ。
隊長も数日の彼らのやりとりから仕方ないとばかりに了承し、抜けたところにクレアが当たり前のように着いてきたのだった。
イグニスは赤毛だ。
キムラスカ王国では昔から赤毛は国を通して馬鹿にされる対象であり、軽薄で信用が置けない、国の裏切り者の末裔たちである、とされていた。
ただの迷信だ。
一説では王族の紅に近い色といったことで周りがやっかんだことが始まりだとされているが定かではない。
そう考えれば名誉なことだとも思うが、そんな気持ちを持つ者は忌み嫌われていくうちに感じなくなっていく。
王都などではその差別意識の傾向は途絶えていたが、未だ田舎の方ではそれが色褪せつつも続いている。
赤毛の者を軽蔑する傾向が地方通してあり、イグニスも嫌な想いをしたことが多くあった。
今回もペアを組むだけでなく隊を組むことだけでも水面下で揉めていたし、陰湿な嫌がらせはいくつかあった。
誰もが、イグニスが一番下に見ていたと言っても良い。
背が高い割に細身であることもその要因としてあるのだが、槍の扱いなら此処にいる誰よりも上手いことを上官と、それにクレアは知っていた。
「ほら、お兄さんが何でも聞いてあげるから辛いことあったら言ってごらん。ルーク様のように我が儘だって言って良いんだぞ」
「……またお前は馬鹿にして」
「それに俺は我が儘じゃねえ。自分勝手なだけだ」
いきなり後ろから低い声がして、素早く二人で振り返った。
すると、そこにはずっと捜していたルーク様とナタリア様が並んで立っていた。
腕を組んでむすっとした顔をしているルーク。
その隣でナタリアはくすくすと口元を押さえて笑う。
「どちらも褒められたものではありませんが、ルーク」
「うるせえ。やることはやってるだろ」
「ええ。昼寝にサボりにかくれんぼはお手の物ですわ」
唖然とするイグニスとクレアの前で、二人は夫婦漫才を繰り広げる。
遠くからは見付かったという騒ぎもなければ未だ兵士たちの笑い声が微かに聞こえ、平然とこの場にいる二人が幻なのではないかとイグニスは思ったほどであった。
「ちょ、え、お二人様。何故ここに」
先に現状を把握したクレアが立ち上がって腰を屈める。
イグニスも反射的に立ち上がると二人は苦笑し会ってナタリアが腰に手を当てた。
「イグニス。私の好きなその髪を染めてしまったりはしませんわよね」
「い、いえ!そのようなことは全く考えておりません」
イグニスは慌てて返し、頬を染める。
多分王族の二人は随分前からこの場にいてイグニスとクレアの会話を聞いていた。
そこから推測してイグニスの髪についてということに至ったのだろう。
イグニスは前にナタリアに、髪について褒められたことがある。
それがただ純粋にではなく差別問題を片隅に入れつつかもしれないが、気にかけてくれたことがとても嬉しかった。
綺麗、と言った駆け引きの一切ない言葉にも感動を覚え、ありがたく思ったものだった。
因みに髪については、初対面でルークは赤毛猿かと感想を漏らしただけであり、クレアに至っては虐められっ子の赤毛だ、と指を指して笑っていた。
どちらにしてもあまり好印象ではなかった。
「まったく、こんなところにいないで自信を持って皆といれば良いのですわ」
「…………」
「本当、仕方ない奴だな」
ルークとナタリアは顔を見合わせるとイグニスを手招いた。
クレアは何事かと思ったがそれはイグニスも思ったらしく、クレアの方をちらりと不安げに見ると、ゆっくりと近くにいる彼らに一歩、二歩、と近付いた。
そんな恐る恐ると近寄るイグニスに、王族二人は近付いて両隣に並ぶとイグニスと同じように後ろを向き、彼の腕を掴んだ。
イグニスは両方の腕を拘束され戸惑っているようであったが、三人に背を向けられている状態のクレアも困ってしまっていた。
「……クレア」
「はっはい」
ナタリアに呼ばれクレアは敬礼をしたが、彼女は後ろを向いたまま、優しい声でどうですか、と聞いてきた。
え、と声に出しそうになった言葉を飲み込んでクレアは立ち尽くすが、数秒してやっと彼らの言いたいことが分かった。
本当、凄い人たちだなあ、と思う。
「綺麗な、コントラストです」
王族の、その洗礼されたたたずまいの間にイグニスは挟まれ一体が綺麗に見える。
並んだ後ろ髪が、夜に淡く輝くルナと柔らかく包み込むような色の火の色に照らし出され、何とも幻想的に見えた。
誇りを持ったようなとても見栄えのする髪たち。
色に詳しくないため安い言い回ししか出来ないが朱、オレンジ、黄色と段階のようで、火の揺れや影の当たり具合によって濃さが違い、まるでグラデーションのようだった。
正直にずるいな、とクレアは思う。
「俺も入れてくださいよ。ナタリア様側希望ですが」
「残念ながらダメですわ。観客にいなくなられたらやっている意味がなくなりますもの」
「特別だからな。見とけ」
「……はい。次期王とお姫様が俺一人のためにショーを開いてくださったと末代まで語り継ぎますよ」
「あー言ってろ」
イグニスは後ろを向いたまま一言も喋らずに固まっていた。
髪から覗く耳が赤くなっていることから、クレアには嬉し過ぎて言葉にならないことが窺えた。
これで理解してもらうことを諦めていたイグニスも変わるだろう、とクレアは三人の背中に笑い掛ける。
「それに俺の代じゃ、あれだけ一触即発しそうになっていたマルクトとの外交が頻繁になるんだ」
キムラスカ側でうだうだ言い合ってる暇なんかないぜ、とルークはイグニスから腕を放してクレアを向くとそう言った。
「次期王が言ってるからそうなのでしょうね」
ナタリアも、イグニスの顔を窺いながらもクレアの方を向く。
別にあってはならないことだと否定してくれたら嬉しいのではない。
イグニスはそれが何でもないことのように言い放った二人に、本当に感謝したかった。
「――そういえば」
クレアは思い出したかのように王族二人に問い掛ける。
「お二方はこんなところでいつも何をなさっているんですか。見付かったことがないんですよね」
二人はクレアの言葉にまた顔を見合わせると悪戯っ子のように笑い会って口を開いた。
「ノエルたちとね」
「アルビオールでな」
遊びに出掛けているんだ、と言った二人にどうりで見付からない訳だ、とクレアはため息をついた。
End
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この話題はオリジナル二人を作ったときに考えていたもので、ガイとはどうしても絡ませられなかったのでオリジナル二人だけの話とか書けたらなあと思っていたのですが、素敵なリクが頂けたので乗っからせていただきました。
ルークとナタリアは管理人の中で揺るがないものを持っている二人なので人を導いてくれるかな、と思って。
うちのルクナタはいつもぐだぐだなんですがそんな二人が好きです。
リクエストありがとうございました。
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