リクエスト作品
宵の至福
今日ぐらいは許されるのではないですかと、会ったこともない彼女に話掛け、その会場から連れ出そうとした。
こんなのは初めてだと、喉がぐるぐると鳴って今すぐにでも欲しくなる。
よく此処へ来てくれたと、国家間の盛大なパーティーに感謝をしたい。
何処にこんな代物が隠れていたのだろう。
もう誰かのモノになっているのだろうか。
「駄目ですわ」
やんわりと差し延べた手から離れて笑う彼女に、ごくっと唾を飲み込んだ。
よく見ていなかったが何とも可愛いらしい子だった。
欲しいなとまた強く想う。
「そうですか。是非ともお話をしたかったのですが」
彼女が自分に好意を持ち始めているのはわかっている。そうなるようになっているからだ。
じゃないと生きていけないし、相手に恐怖感を与えてしまう。
それでも自分の行いを否定したのは彼女が初めてであり、自分から離れるのを許さなかったのも初めてだ。
シャンデリアが輝き、会場や人の装飾が照らされて眩しく反射する。その広間の中央では音楽にあわせてダンスが繰り広げられていた。
そんな夜のパーティーの空気を肺いっぱいに吸い込んだが、やはり彼女以上のモノはない。
「少しの間だけならば宜しいですわよ」
そう言いながらも誰かを探す仕種をする彼女に、連れがいるのですか、と言うと違いますわとまた彼女は笑った。
「ピオニー九世陛下にまだお会いしていなくて」
他にも顔を会わせておかないといけない人が何人かいますの、と言う。
ピオニーと聞いて、この子が位の高い人物であることを確認する。
それならまだ誰にも取られていないだろうと思い、笑いそうになった。
「そうですか。…っと失礼。貴女に名前も申し上げずに話し掛けるとは。どうぞお許し下さい」
深々と頭を下げると彼女は本当に楽しそうに笑う。
「許しますわ」
「私のことはガイとお呼び下さい」
「ええ、ガイ。私のことはナタリアと呼んで下さい」
シャンパンを受け取るとそれをナタリアへと渡す。
そのシャンパンの度数を上げることなど朝飯前。
彼女のグラスの方にだけ力を注いでやると、変化のないように見えるそれはゆっくりと糖度を上げていく。
普通は一口二口飲んで終わるというのに、話をしながらシャンパンに口を付けるナタリアの瞳がとろんとしてきたのをいいことに飲み干して下さいと言った。
彼女が断ることを良しとしないのを分かって、そう言ってナタリアが飲み干し、足がふらついたのを優しく支える。
「こ、困りましたわね」
この状態で陛下に会うなんてことはできませんわ、とナタリアが言って、そうですねと返す。
生憎とテラスは取られており、好都合だと廊下へと即した。
「私、自分がお酒に弱いことを初めて知りましたわ」
ナタリアを長椅子に座らせて、彼女を囲うように椅子へ手をついた。
顔を真っ赤にさせて浅く呼吸を繰り返す彼女はなんとも、そうなんとも甘い匂いがしていた。
ここまで極上の品は見たことがない。
彼女の唇からはお酒の匂いと共に、媚薬が含まれているようで、香水にも負けない彼女自身のその欲を誘う香が鼻を付く。
目を凝らして彼女の首筋を見て、ああまだ誰にも取られていないと安堵した。
こんなに余裕のないのは初めてで、今日は自分にとって忘れることの出来ない日になるだろうと思った。
喉が鳴って、欲しい欲しいと自分の欲に素直に身体は動き、ナタリアの首筋へと舌をはわした。
近付いただけだというのにもうその味がわかるよう。
吐息を漏らす彼女の全てから甘い匂いがして、我慢仕切れずにいただきます、と自分の牙をそれにあてた。
会場を出ると目の前の道を黒猫が闇に紛れるように歩いているのを見つけ、声を掛けた。
「おーい、アニス」
「……げっ、ガイ」
カラスになって逃げようとするアニスを抱き上げて、化け物を見たような反応をするなよ、と返した。
「吸血鬼なんて化け物じゃん」
「へぇ、吸われたいの」
バタバタと逃れようとするアニスに、君の主人も化け物みたいなもんだろ、と言うと服に爪を立てられる。
「ご主人様を馬鹿にしたらガイでも許さないからね」
むっとした声を出すアニスは気付いたようにこちらを見上げる。
「ガイがチョーカーしてないなんて珍しいね」
身なりに気付くアニスの頭を撫でると、そのことで頼みたいことがあるんだけど、と笑顔をつくった。
「この城内に俺のチョーカーを付けて寝ている女の子がいるから、何処の子か後を付けて調べて欲しいな」
「えー、いやだよー!ガイの頼み事なんて凄く面倒臭そー」
アニスの、その首の黒い毛に牙を差し込むと、ヒッとアニスは子猫のサイズになってそれを擦り抜けた。
「礼は弾むよ」
「脅迫してから言う台詞じゃないよね、それ!」
わかったよ、と舌を出してガイが来た方向へと腕から抜け出して走っていくアニスに手を振った。
これで一段落したなと息をつくと、いきなり後ろに嫌な気配が現れる。
振り向いた瞬間、顎を掴まれると、そのまま全身に鳥肌が立った。
「うえっ、きたないなぁ。何してるんだよ、旦那!」
いきなり舐められた口を手の甲で強引に拭くと、それを気にした風でもなく自分と同族であるジェイドは舌で採ったものを味わっていた。
「……美味しいですね」
その言葉に、付いていたのかと自分の間抜けさに舌打ちをしたくなった。
それは彼女の、ナタリアの血。
「私もこれを味わいたいものですね。さて、どなたの血ですか」
誰もが飲みたいと思うだろうし、絶対に聞かれると思った言葉。
だから血を唇に残っていた自分に叱咤したくなった。
「教える訳ないじゃないですか」
あのガイが、とジェイドは感嘆した。
獲物を独り占めするなんてことは今までなかった、と思う。
「ガイ、もしや貴方、その女性の首筋に……」
「彼女は俺のものですよ」
吸血鬼の貴族だけが付けることができる独占の象徴を、彼女の首につけてきた。
これでもう誰にも邪魔をされずに彼女を手に入れることができると、心底驚いたという表情のジェイドに肯定の笑みを見せた。
End
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