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部屋替え2(同級生×同級生の続き)
「約束が違うじゃないか! なんでお前がまた鮎川と同室なんだ」

「仕方ないだろ。寮長特権とかいうヤツを鮎川が行使したんだから。俺のせいじゃねーよ」

「どうだか。口では俺に譲るとか言って、惜しくなったんだろ! 鮎川の弱みを握ったに違いない。この卑怯者!!」

「は…?」

自分でも声が低くなったのがわかった。目の前にいる、裏取引相手だった町田にも俺の逆鱗に触れたというのは伝わったらしい。びくんと、あからさまに身体を震わせた。ビビるぐらいなら言わなきゃいいのに。

「だ、だって、そうじゃないか。そうじゃなきゃ、鮎川がお前なんかと」

「うるさい! 文句があるなら、鮎川に直接言えよ! 俺は部屋を変わる気満々だっての!!」

苛立った俺――加地亮介(かじりょうすけ)は、思いっきり横の壁を蹴る。その衝撃でその前に置いてあった段ボールが、崩れ落ちた。つま先からジンと鈍い痛みが広がったが、今の俺の憤りの前にはこんな痛み、大したことがない。

俺は嫉妬で八つ当たりをしてくる奴らには、倍返しをモットーとしている。
暴力をふるってきた場合は、まず一発は殴られる。正当防衛を主張するためだ。そのあと、過剰防衛にならない程度に、ボコる。町田は、きゃんきゃん吠えるだけだ。けん制で十分だろう。全く、喧嘩を売る相手は見極めろっての。

案の定俺が壁を蹴ると、町田は真っ青になってぶるぶると震えた。

「ほら、早く、鮎川に言ってこいよ」

顎で部屋の方向を指す。

「く……! そうしてやるよ!!」

町田は捨て台詞のように吐き出して、脱兎のごとく俺の前から逃げ出した。
その場に俺一人だけ残る。

「くそっ、どいつもこいつも!」

むしゃくしゃした気持ちで、傍に転がっていた段ボールを蹴りあげた。


***


4月に入ってからというもの、ますます鮎川の人気は寮内で加速していた。頭も良く運動もできるイケメン。さらに面倒見がいい寮長となれば、人気が出るのはまあわかる。俺とかかわり合いがなければ、単に羨ましいと思うだけで終わっただろう。
だが、鮎川がモテる=俺への嫉妬も増える、という現状、悠長なことは言ってられない。

2年連続の同室が決まってからというもの、俺は鮎川に対して気を使うことを一切やめた。ささやかな抵抗だと思ってくれていい。
鮎川はそんな俺の態度に、ますます保護欲と俺を更生させるという使命感に燃えてしまっているようだった。たちが悪い。
鮎川のせいで余計悪化していることに早く気付け。

ガンッと勢いよく部屋のドアを開ける。その音に中でくつろいでいた鮎川が目を見張った。
そして心配そうな顔をして、俺の傍までやってくる。

「どうした?」

部屋の中をぐるりと見渡すが、まだ町田の野郎は来てないらしい。

「お前のせいだよ! お前と同室になりたかった奴らが俺に当たり散らしてくるんだよっ。迷惑だ」

怒鳴るようにそう叫ぶと、鮎川の傍を通り抜ける。
そして、二段ベッドの下――鮎川のベッドに腰掛ける。就寝時間でもないし、上に上がるのが面倒だった。

「ああ、本当に迷惑だよな。俺のところにも直談判に来てる」

鮎川も困ったように顔をしかめると、俺の横に座った。男二人の重みで、ベッドが沈む。
なんで傍にくるんだと思ったけど、ここは鮎川のベッドだったことを思い出した。

つか、なんか俺の言う迷惑っていうのと、鮎川の言う迷惑、内容違ってるだろ。
俺はお前に対しても迷惑だって言ってんだけど。

それにしても、ちゃんと奴らは俺が言ったことを行動に移してるのか。
それが鮎川から全然俺に漏れ出てないってことは、ここでもみ消しているわけだな。

「なあ、今からでも遅くないんじゃないか?」

「嫌だ。絶対に無理。亮介以外受け入れられない」

まだ要件をちゃんと言ってないのに、この否定。

「亮介も簡単に部屋を変わる気があるとか言わないでくれ。俺がお前を必要としているのは知ってるだろ?」

「気色悪い言い回しすんなよ」

「事実だ。今から、修学旅行も気が重いっていうのに」

俺と鮎川はクラスが離れている。修学旅行の部屋割は当然分かれる――が、こいつは今から半年後の心配までしてるのかよ。気が早すぎだろ、マジで。いやそれ以前に寮生活やめろ。

「お前、直談判に来てるやつら、どうしてんだよ」

俺はそれなりの数を追い払い、鮎川も何人かを相手にしてるんだろう。
鮎川のところに直接話をして終わりになるとはとても思えないが。

「ちゃんと話してるよ」

「話して、それで納得すんのか?」

「納得してくれるよ」

なんか嫌な予感がした。

「……ちょっと、シミュレーションさせてくれ」

「いいけど?」

こほんと咳払いして、俺は鮎川と向かい合わせた。

「鮎川、連続して加地と同室なのは越権行為じゃないんですか」

「俺と亮介が2年連続で同室ということに不満を抱いている人がいるのは、俺自身もわかってる。でも、亮介も副寮長として寮の運営に尽力を尽くしてくれるから、寮の管理を滞りなく円滑に進めるために、認めてほしい」

「はぁ!? 副寮長だと!?」

「そう、次のミーティングで任命しようと思ってるんだ。だから」

「鮎川、何勝手なこと決めてんだよ!」

遮って、鮎川の胸ぐらをつかむ。副寮長なんてとんでもなかった。
寮長が勝手に任命できる分、鮎川が本気だったらヤバイ。この寮に住む限り逃げられない。

「亮介。俺たちの未来のために我慢してくれ」

「ふざけんな! なに勝手に複数形にしてんだよ! てめーだけの未来だろ、そりゃ!!」

「一緒にやってくれないのか?」

「当たり前だろ! なんで副寮長なんてめんどくせーもん、俺がやらなきゃいけないんだよ!」

寮長には羨ましいまでの権限があるが、副寮長にはそれがない。やるだけご苦労なそんな役職。それが副寮長だ。副寮長なんて名前だけ。実際はみんなのパシリくんだ。

「……それなら、恥ずかしいけど、正直に話すしかない、か……」

「あ?」

恥ずかしいけど、正直に? なにをだよ。
そう尋ねようとした瞬間、トントンとドアを叩く音が聞こえ、俺たちは二人で音の方向を見る。

「鮎川! 俺、町田だけど、今時間あるか!?」

「俺に用事みたいだ。ちょっと出てくる」

町田…来たか。

「副寮長とか言うなよ!」

「わかった。言わないよ」

にっこりと笑う鮎川の胡散臭さに、俺は言いようもない不安を感じた。


***


「加地、どういうことだよ!!!!」

さっきあれだけけん制したというのにいい度胸だ。
俺はまた空き部屋に呼び出され、町田に掴みかかられていた。

「はあ? なにがだよ」

「あ、鮎川、とだよっ」

相当憤っているのか、呂律が怪しい。町田がここまで怒り狂うなんて、鮎川の奴、何を言ったんだ。

「――鮎川に何言われた」

俺が問いかけると、町田は怒りで火照っていた顔をさらに紅潮させる。

「…鮎川は――


『亮介は俺の精神安定剤だから、傍にいないと駄目なんだ』

『亮介以外の人と同室になるなんて俺には耐えられない』

『俺と同室になりたいって言ってくれる気持ちは嬉しいけど、俺には亮介だけだから』


って、言ったんだ!!!」

「…ごめん、よく聞き取れなかった。なんだって?」

「だからっ、要は、おっ、お前のことが好きだと……!」



フリーズ。



俺はたっぷり間をおいた後、口を開いた。

「……町田」

人間、怒りが沸点に達すると、こんなにも冷静になれるもんなんだな。
俺は、怒りでぶるぶると震えている町田の肩をぽんっと叩いた。怒りを露呈しているだけ、町田の怒りは浅い。

「それは鮎川の冗談だ。まんまと騙されてるんじゃない。俺は、副寮長をするから、同室になったんだよ。鮎川に頼まれてさ。気心知れてるから、副寮長を頼みやすかったんだろ。副寮長をするなら同室じゃないと色々不便だしな」

「そ…そうなのか?」

「そうだよ。鮎川へ直談判に行った他の奴に聞いてみろよ」

「ほ、ホントだろうな」

「本当だ。はは、鮎川の奴、俺が副寮長が嫌だってゴネたから、嫌がらせしたんだな」

「お前っ、副寮長を了承する代わりに同室になったのに、それを拒否するなんて!」

掴みかかってきた町田を軽くいなす。

「悪いな。よくよく考えたら、副寮長ってパシリみたいな扱いだろ? 嫌になっちまってさ。同室にならなくていいから、副寮長を拒否ってたんだけど…約束違反だよな」

「当たり前だ! 全く、いったん決まったことをやめたいなんて、鮎川が困るだろう! 鮎川のためにも、副寮長はちゃんとやれ!」

「そうだな、そうするよ。ってわけだから、鮎川が俺のこと好きなんて、たちの悪い冗談だから、本気にすんなよ」

「鮎川がお前のことを好きなんて、冗談に決まってる!」

「ああ、冗談だ」

冗談に、させる。
副寮長を引き受けることと鮎川に片思いされてること、どちらがいいか天秤に掛けたら、断然前者だった。

鮎川は、どこまでわかって俺を図ったんだろう。こうなることを見越してこんな告白まがいのことをしたのなら、心底恐ろしい。恐ろしすぎる。

やっぱりあいつは悪魔だ。悪魔に違いない。
悪魔払いの方法ってどうやるんだよ、誰か俺に教えてくれ!



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