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「光海くんが可哀想でしょっ」

だんっと、両手を思いっきり机に叩きつける。そしてそのまま身を乗り出すようにして抗議する豪徳寺に、俺は気圧されるように後退した片手を壁につける。感光紙のつるりとした感触が手のひらから伝わった。

昼休みを適当に潰して戻ってきた俺は、教室に入るなり豪徳寺をはじめとする男女数人に囲まれた。俺を囲むようにして、周囲に壁ができる。

「お前とケンカしてるせいか光海が暗いんだよ。何が原因か知らねえけど、許してやってもいいんじゃね?」

豪徳寺の言葉を継ぐように、横で大股を開きながら椅子に腰かけている藤沢浩(ふじさわひろし)が俺を見上げた。

「っていうか、あんた、ただでさえ三白眼で怖いんだから、気持ちぐらい優しく持ちなさいよ」

俺を指し示しながら豪徳寺が諭すように声高に話す。
大きなお世話だ。

「ケンカの原因はなに? どうせくだらないコトなんでしょ」

勝手にくだらないと決めつける豪徳寺を俺は軽く睨みつけた。負けじと豪徳寺も俺を睨み返す。

光海とはあれから…キスをされた翌日から口を聞いていなかった。話しかけられても、メールが届いても、全部無視している。
自分でも態度が悪いと思うが、関わりを断つには行動で示すしかない。

もちろんキスをされたことも縁を切りたいと思った原因の一つだと言えるのかもしれないが、初めてでもあるまいし、そもそも気持ちが伴ってないものに意味はない。それより、この先、光海と関わり続けて行くことが、俺には怖くて仕方なかった。精神的に恐怖を感じる。
このままだと、俺はきっと深入りして後戻りできなくなる。光海の世界に引っ張りこまれて、そのまま溺れてしまうような、そんな吸引力を感じる。

避けつづけると、光海は目に見えて、寡黙になり、覇気がなくなっていった。
俺と光海の関係を知っているクラスメイトは、一見して何かあったと気づいたんだろう。しばらく静観していたようだが、ついに業を煮やして直談判に出たようだ。
しかし、俺も折れるわけにはいかない。

「原因は、吹聴することじゃない。俺達の問題だ」

「確かに、ケンカは渋沢たちの問題だけど、そのせいで光海くんが元気ないの! 落ち込んでるの! そうなるとあたしの問題でもあるわけよ!」

堂々と胸を張って好意を宣言する豪徳寺に、周りから感嘆の声があがった。

「高校生にもなって、無視だなんて大人げないと思います……」

隣にいた大人しい経堂加奈子(きょうどうかなこ)にまで諭され、俺も押し黙る。
正論だ。光海の本性がどうあれ、俺のしている行動は、幼稚な態度だ。

「もういいんだ」

刹那。
軽やかな声が聞こえ、一斉にドアの方向をを振り向く。
そこには光海がいた。哀しそうに眉を下げている。

「みんなの気持ちは嬉しい。でも、オレがいけなかったんだ。貴紀を怒らせるようなことをしちゃったから」

「光海くん」「川崎!」

「ごめん、聞こえてた。あのさ、貴紀を責めないで。悪いのは全部オレだから」

そこまでいうと、ドアから離れ、俺の側に近寄った。びくん、と情けなくも俺の身体は震えた。

「貴紀、本当にごめんな」

頭を下げる。ざわっと様子を見ていた周りからもどよめきが起きた。

「渋沢、光海もこうして謝ってるじゃん。許してやれよ」「そーよ!」「謝ってます!」

さらに周りを強力な味方にしていく。この状況で一番の悪人は、間違いなく狭量の俺だ。

光海は頭を下げたままだ。俺が許すと言わない限り、下げ続けたままだろう。
みんなの視線が、俺に集まる。じりじりと、張りつめた空気が一心にのしかかった。

俺にとっては何分何時間、実際には何秒だったかもしれない間を経て、口を開いた。

「……もういい。光海」

光海は不安そうな顔で俺を見上げた。藍色の瞳の中に、俺の苦渋している表情が映る。

「オレを許してくれるの、貴紀?」

「……ああ」

「これからも俺と仲良くしてくれる?」

「…………ああ」

目をつぶる。今から発言する言葉は言質になる。

証人はクラスメイト。

そう俺にしらしめるように、ゆっくりと光海は周りを見回した。そうして満面の笑みを浮かべる。

「仲直りできたのは、みんなのおかげだから」

そんな光海の嬉しそうな態度に、クラスメイト達もぱちぱちと拍手をしたり、経堂に至っては涙ぐんでいる。
俺は何とも言えない居心地の悪さを感じていた。諸悪の元凶は俺、何だろうか。俺が全部悪いのか?

なんにせよ、俺は折れた。クラスメイトを味方につけた光海を許した。

校内で光海と距離を置くのは難しいだろう。

光海は俺にさらに身を寄せると内緒話をするように、耳打ちした。

「貴紀がオレのことを避けだしたのって、オレを意識してくれたからだよね。オレのこと、怖くて怖くて仕方ない?」

思わず身を引く。そんな俺の様子をクラスメイトが冷ややかに見ているのがわかった。さっきの言葉は嘘なのかと、責めるように。

「いいよ、もっと怖がってよ。オレのことだけ考えればいいんだ」

それをわかっているのだろう、逃げれない俺に、さらに小声で言葉を重ねる。
震えそうになった俺の右手を包み込むように両手で握った。
ぎょっとして、光海を見下ろす。光海は俺を見上げると、艶やかに微笑んだ。

「仲直り記念の握手っ」

周りに見せ付けるようにしっかりと繋がれる。握手というより、恋人同士のように絡まりあう指先は、まるで俺を束縛をする糸みたいだった。

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あきゅろす。
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