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 また、チェックしている。毎月十日になると、翔馬――如月翔馬(きさらぎしょうま)は本屋へと向かう。この二年間ずっと見続けてきた行為は今日も変わらない。学校帰り、少しだけ時間をもらえるかと尋ねた翔馬は、思った通り書店へと足を運んだ。翔馬の手元にある雑誌の表紙を覗きこんで、俺――橘柊星(たちばなしゅうせい)は溜息をついた。そう、全く変わることがない。

 雑誌の新刊台に近づき、目当ての雑誌を手に取ると、真剣な顔つきでページをめくり始めた。視界の端に入り込んだだろう俺にも気付かない程に、翔馬は雑誌を食い入るようにチェックしていた。目的のページがなかなか見つからないのか、ページをめくる音だけが続いている。

「載ってた?」

「――表紙に名前があった」

「目次を見た方が早くないか」

 今初めてそれに思い当たったというように、数回目を瞬かせて、翔馬は急いで右手を動かした。すぐに該当のページを見つけることが出来たのか、瞳に輝きが増す。目は口ほどに物を言う。そんな言葉が脳内をよぎるぐらい、翔馬の瞳は感情全てを表していた。俺じゃ翔馬にあんな顔をさせられない。ちくりと感じる胸の痛みに目を逸らして、翔馬の反応を待つ。

「買ってくる」

「んー、待ってる」

 満足する記事だったのか、購入を決めレジに向かう翔馬の背中を見送って、俺は翔馬が手に取っていた雑誌に目を落とす。今日発売の陸上雑誌だ。

『高校陸上 期待の星 朝倉弥』

 翔馬の目的は、表紙の右隅に白抜き文字で小さく書かれていた。高校生で世界選手権標準記録突破者になったという賞賛記事のようだ。

 理解していたのに、確認せずにはいられなかった浅はかな自分に苦笑する。

 朝倉弥(あさくらわたる)は、翔馬が憧れている同い年の短距離選手、それだけだ。

「お待たせ」

 戻ってきた翔馬は、宝物を手に入れた子供のように、にこにこと機嫌がいい。大切そうに袋に入った雑誌をスクールバッグへと仕舞う。そんな翔馬がなんとなく面白くなかった。俺は翔馬を置いて、一足早く店の外へと出る。もう少しで昼時ということもあって、表通りは学生と主婦が多い。

「柊星、なんか機嫌悪い? 待たせ過ぎた?」

 あとから早足で追いかけてきた翔馬はすぐに顔を曇らせ、少し身長差のある俺の顔を覗きこんだ。眼前に翔馬の顔が広がったことに動揺して、一歩後退する。

 そんなに不機嫌さが表に出てたんだろうか。それとも、翔馬が俺の変化に目ざといのか。後者だったらいいのにと思いながら、どう答えようか思案する。

「いやいや、今日の翔馬は早い方だろ。複数の雑誌に載っているときなんて、財布を睨みながらうんうん唸ってるし?」

「朝倉の記事がたくさん読めるのは嬉しいけど、オレの金は有限だから」

 朝倉に憧れて翔馬は陸上の短距離を始めた。朝倉の存在が翔馬の人生に大きく関わっている。翔馬にとって朝倉は同い年でありながら、心酔する存在らしい。

「同じ学校だったなんて、本当に柊星が羨ましい」

 小中学と朝倉と同じ学校・クラスメイトだったことは翔馬にも話してある。朝倉のプロフィールを知っている翔馬なら、すぐに気がつくことだ。嘘をついて付き合いを続けることの愚かさを俺は身を以て知っている。翔馬には嘘をつきたくなかった。でも、全ては言えない。嘘をつくことは嫌でも、隠し事はしている。この矛盾はいつか俺を苦しめるかもしれない。経験に基づいてもそう結論を導き出せるのに、一歩が踏み出せない。いつかは言わなきゃと思うけど、朝倉を崇めていると言ってもいい翔馬に嫌われるのが怖かった。

「毎日クラスに朝倉がいるなんて、どんな気持ちになるんだろ」

 今の生活と置き換えて想像しているのか、翔馬の表情が明らかに楽しそうなものになる。胸の奥がぎゅっと締めつけられるように痛い。実際は翔馬の考えるようなものじゃなかった。

 ――『嫌だ! 行くなよ、柊星っ』

 泣きながら俺を引き留めようとした朝倉の姿が脳裏をよぎる。強引に腕を振り払って、俺は朝倉との付き合いを切った。切った、という表現は正しくない。俺と朝倉の間に友情は成立してなかった。俺からの一方的な友情だけで、朝倉は俺のことを『奴隷』だと思っていた。最後に泣いたのも、便利な駒がいなくなって困っただけだ。

「普通だよ、フツー。今は全然交流ないし」

 だから、翔馬に朝倉を紹介することはできない。翔馬がどんなに喜ぶか、想像することが容易にできても。

「それより買い物が終わったなら、早く映画観に行こう。俺、スゲー楽しみにしてたんだからな」

 過去より今だ。俺は翔馬の手を取ると、向かい側にある映画館が入ったビルを指さす。今日は試験明けで翔馬の所属している陸上部も練習はない。この機会を逃してなるものかと、俺は前々から翔馬を映画に誘っていた。前売り券も買って準備万全だ。ただ、テストが終わってすぐ向かうから、空腹だけが心配だけど。ポップコーンとホットドッグでとりあえずはしのごう。

「オレも今日の映画、楽しみだよ」

 今度は逆に翔馬が俺の腕を引っ張る。それだけで沈んでいた気持ちが消えていく。友達を作ることが怖くなっていた俺に、優しく接してくれた翔馬。高校でできた俺の大事な、大切な親友。

「よーし、テスト解放記念に今日はめいっぱい遊ぼうな!」

 まずは映画。それからちゃんとした昼飯。食べたら運動したいだろうから、ボウリングにでも行って……頭の中でこれからのコースを組み立てる。今日は時間ぎりぎりまで翔馬と過ごす。そう決めていた。

 俺が考えていることが伝わったのか、翔馬も楽しそうに頷く。

 翔馬も喜んでくれていることが、嬉しくて、なんともいえないぐらい幸せだった。



***



 今日の陸上部はスタートダッシュの練習をしていた。スターティングブロックを使い、三十メートルダッシュを五本続ける。スタートの掛け声とともに、横並びで構えていた部員たちが一斉に走り出す。校庭に降りる石段に座り、俺はデジカメを向ける。中心となるのは、陸上部のエース、高島だ。高島を中央にしなきゃいけないのに、無意識のうちにカメラが右にそれる。

「せんぱーい、ちゃんと写真は撮れていますか?」

 背後から降り注いだ少し高い声に、俺は慌てて振り返った。一段高いところから、新聞部の後輩である楠見円(くすみまどか)が俺を見下ろしていた。ふわふわとした楠見の猫っ毛が風に揺れている。

「楠見」

「次の校内新聞一面を飾る写真ですからね! いいショットを頼みますっと言いたいところですが!」

 とんっと飛びおりて隣に座ると、楠見は俺の手の中にあるデジカメを取り上げ、手際良く撮った写真を一枚ずつ確認していく。そして顔を思いっきりしかめた。

「……やっぱりブレてる」

「なんでかブレるんだよな。おかしいな。大丈夫、そのうち上手くいくから」

「そのうち、じゃないですよ! 先輩、僕より二年も長くこの部活にいて、どーしてデジカメの使い方に慣れないんです!? 腕の力がないから、ブレるんじゃないですか。体力つけてください」

「つか、被写体が動くのがいけないと思う」

「真面目な顔で言わないでくれます? 全く、部長も壊滅的に撮影がヘタクソな先輩にどうして頼むんだか。僕に頼めばいいのに」

「それは、多分」

 俺から取り上げたデジカメをスタートダッシュの練習を続けている部員達へと向ける。俺とは違って、楠見は慣れた手つきだ。だけど、楠見に撮影を依頼できない理由は他にある。

「ちっ」

 デジカメ越しに楠見の舌打ちが鳴った。は、始まる。俺は急いで両手をはたき、汚れを取る。

「あー、撮ってても楽しくないなあ。至る所で私語をしてるし、ダラけてるし、やる気が感じられない。あ、あれ、先輩のお友達ですよね。ビックリするほど遅い上にフォームも汚――んっ!」

 大分喋らせてしまった。楠見に撮影を頼めない一番大きな理由はこの毒舌だ。前にバスケ部撮影で大喧嘩して以来、楠見はバスケ部出禁の扱いになっている。それが広がりを見せたら、新聞部の活動に影響する。聞かれてないだろうか。周囲を慌てて見回すと、ばっちり翔馬と目が合った。翔馬は額の汗をジャージで強引に拭うと、部長に手を掲げ一時離脱の挨拶をし、こちらに駆けよってきた。

「んーんー!」

 口を塞いでいた手の甲を楠見がバシバシと叩く。

「あ、悪い」

 手を離すと、ぶはっと音を立てて楠見が大きく空気を吸い込んだ。

「先輩、なんなんです? 僕は本当のことしか言ってないのに」

 不遜な態度を見る限り、自分が悪いとは全く思ってない。欠点を指摘することを時には大事だと思ってくれる人ならいいけど、必ずしも世の中はそうとは言えない。というか、楠見は寧ろ余計なことまで喋りすぎている。これさえなければ、まあ、うん、それなりに可愛い後輩なんだけど。

「柊星」

「あ、先輩のお友達の足が遅い人」

「楠見っ」

「ははっ、いいよ、柊星。オレが足遅いのは事実だし」

 翔馬は陸上部に所属している。だけど、ちょっと、少し、かなり……人よりスピートが遅く、記録がなかなか伸びない。

 でも翔馬の走りの良さは速さじゃない。

「翔馬、こいつにそんな優しくしなくていいから」

「いえいえ、優しくしてくださいよ。てか、そんなに運動神経よさそうな体躯をしていて、実際は足が遅いなんてとんだ見かけ詐欺ですね」

「そう? 見かけはよさそうなら、どこがいけないんだろう」

「それ以外のところじゃないですか」

「うーん、姿勢の問題とか? 足は遅くてもいいんだけど、フォームがよくないのはいけないな。最後の大会なんだし、悔いは残したくない。柊星、あとで見てもらってもいい?」

「は? この流れでどうして先輩を頼るんです? そこは部活メンバーに頼むべきでしょう」

「柊星がいいんだ。柊星はオレの理想のフォームを知ってるから」

 翔馬の理想は朝倉だ。憧れの朝倉のように走りたくて、陸上を始めたのだから。そこに記録が付いていかなかったとしても、きっと翔馬は気にしていない。

「柊星はもう撮らないのか?」

「え」

「デジカメ」

「先輩が撮るとブレるんですよ」

「そうなんだ?」

 翔馬に写真のことで愚痴ったことはない。校内新聞で翔馬が見るのは、選りすぐりの一枚だ。その下に失敗作がたくさんあるなんて、知らないはず。つーか、俺、そんなに写真撮るの下手なのかな。

「はい」

 翔馬は楠見からデジカメを奪うと俺に手渡した。あっと小さく楠見が抗議の声を上げる。

「えっと?」

「オレのフォームを見つつ、柊星もオレで練習したらいい」

「いいのか?」

「もちろん。オレ、柊星の撮る写真好きだから」

 ストレートに褒められて、ぶわっと、全身が熱を帯びる。先輩顔赤い、と楠見に突っ込まれたけど、致し方ないと思う。

「前に校内新聞の一面を飾ったサッカー部の写真とか、オレ好き」

「あ、ありがと」

「なんですか、この恥ずかしい空間。できてんですか」

「できてないよ。柊星の友達だから、柊星が困ってることがあったら助ける。当たり前だろ?」

 迷いなくはっきりと翔馬は言い切る。俺が困っていたら翔馬は手を差し伸べて助けてくれる。いつだってそうだった。

 友達を作ることが怖くなっていた俺の心の壁を、翔馬は簡単にすり抜けた。いつの間にか深いところにまで入っていて、俺に友達の大切さを思い出させてくれた。翔馬がいてくれたから、今の俺がある。口に出しては言えないけど、翔馬が大事だ、とても。

「柊星がどんな風に撮ってくれるのか、あいつらも気にしてたみたいだし。いつもより気合を入れて練習してた」

 校内新聞に載せる写真を撮るってことは、昨日の時点で部長の古舘に話を通してある。

「はぁ? それであの――」

 今度は序盤で楠見の腹を思いっきり突く。ぐぅっと唸り声を洩らして、楠見が腹を抱えた。危なかった。絶対にその先を言わせられない。

「えっと……後輩、大丈夫なのか」

「全然気にしないで。で、翔馬、いつチェックする? 俺、あまり身になるアドバイスは言えないと思うけど」

 本当は朝倉の真似なんてしてほしくない。翔馬は手足が綺麗に伸びた、風を切る綺麗な走り方をしている。朝倉になんてとらわれて欲しくない。でもそれを翔馬には言えなかった。翔馬の目指す陸上は、朝倉だ。自分の走りは必要としていない。記録も結果も翔馬にとっては意味がない。朝倉に近づければ、翔馬は満足なんだ。

 俺がいくら言葉を尽くしたところで、翔馬は困ったように笑うだけだ。俺じゃ翔馬の気持ちを動かせないのが悔しい。

「いいよ。気になったところを言ってくれればそれで。えーと、そうだな。次の日曜は?」

「用事ないから大丈夫」

「なら決まりだな。柊星、今日は何時まで?」

「多分六時ぐらいまでかな。締切近いし」

 この新聞部に入部してからは、常に締切に追われている気がする。

「オレもそのぐらいまでだから、一緒に帰ろう」

 翔馬の誘いに俺はすぐに頷いた。

 

 まだ日も高く、六時を過ぎていても通りは明るい。楠見に散々文句を言われながら、何とか今日の分のノルマが終わり、部活帰りの学生で混み合っている通学路を翔馬と肩を並べて帰宅する。基本教科書は机の中にいれっぱなし、いつでも身軽な俺に対して、着替えまで持ち運びしているのか、翔馬のバッグはいつもパンパンに物が入っている。今日はジャージ姿で帰宅しているし、あの中には制服も突っ込まれていることだろう。重そうだ。

「柊星、帰りに書店寄ってもいいか」

「うん、いいけど。買い忘れ?」

 違う違うと笑いながら、翔馬が口に出したのは俺の大好きな陸上漫画だった。週刊少年チャンプで連載された中学生の主人公が短距離走でオリンピックを目指すという王道漫画だ。連載当時同い年の主人公ってこともあって、中学時代にハマりまくった。勝利、挫折、友情、ライバルの登場……少年漫画にはお約束の展開を外さず、アニメ化もされた人気作だ。部屋には全巻綺麗に並んでいる。

「俺んちに全部ある」

「マジ?」

「うん、読みにこいよ! 嬉しいな、翔馬と趣味が合うなんて」

「昨日読んだ朝倉のインタの中でお勧めされてたんだ。親友に薦められたその漫画がきっかけで陸上始めたって」

 ――柊星、そんなにその漫画ハマってんの?

 ――話も面白いしさ、何より主人公が走る描写がカッケーし。いいなあ、こんな速く走れたらって憧れるよな。

 ――じゃあ、俺も走る。二次元より、俺の方がカッコイイって柊星に言わせてやるよ。

「あっ、あとさ。宝物が親友からもらったCHRONO EYESのCDって言ってた。クロノって、柊星も好きだったよな」

 ――やるよ、弥。誕生日プレゼント。

 ――柊星っ。

 ――わっ、なんだよ、抱きつくなっての。

 ――だって、めちゃめちゃ嬉しいから! これクロノのCD?

 ――この間部屋で流してた時に、お前、この曲好きだって言ってただろ。布教も兼ねて。で、ハマったらライブとかも一緒に行こうぜ。

 ――じゃあ、もうハマったって言っとく。

 ――ばーか、ちゃんと聴いてから言えっての。

「中学のころからずっと好きだよ」

 翔馬に上の空で返事をしながら、思考が深く落ちる。親友からもらっただなんて、どこまでもふざけてる。俺とはこの三年間連絡を取ってないのに。親友だなんて、本当にどうかしてる。

 俺は気持ちを切りかえるために、手をぱちんと叩く。その音に反応して、翔馬が俺を覗きこんだ。

「クロノ、聴く?」

 俺はロックを好んで良く聴くけど、翔馬はポップスが好きだ。クロノはハードロックで、翔馬の好みとは少しかけ離れている。今まで何度か話を振ってみたことはあったけど、翔馬がクロノに興味を持つことはなかった。だけど。

「そうだな、聴いてみたい」

 翔馬が優しく淡い笑みを浮かべる。嬉しいはずの答えなのに、どこか痛みを伴っていた。



 翔馬を部屋に招き入れると、俺は本棚からお目当てのコミックスを取り出した。一気に抜き取って翔馬の前にあるテーブルの上に置く。それから、翔馬と向かい合う形で座り込んだ。

 翔馬が読み始めたところで、コンポの横にあるCDケースへと手を伸ばした。クロノはどれを聴かせようか。やっぱりここはベストアルバムが無難かな。これなら万人受けする曲も入っているし。もっとも俺の一番お気に入りなのはアルバム用の新曲で、ライブでもたまにしか歌われないマイナー曲だ。ホントはこれが一番だけど、最初に聴かせるにはハードル高いよな。どれにしようか思案していると、翔馬が顔を上げた。

「STAYって曲が聴きたい」

「STAY?」

 ちょうど俺が思い浮かべていた曲を言われ、思わず聞き返してしまう。

「俺のめちゃくちゃ好きな曲だけど、――それ、もしかして雑誌で朝倉が言ってた?」

「うん。一番好きな曲だって」

 朝倉はバラードは好みじゃなかった気がするけど……まあ、いいや。今の俺には関係ない話だ。翔馬が聴きたいっていうなら、布教も兼ねて一枚渡そう。実はあまりに好きすぎて二枚持ってるんだよな。

「じゃあCDは二枚持ってるから、あげる」

 金払う、いらないというやり取りを経て、俺は翔馬にCDを押しつけることに成功した。それから二人でコミックスに夢中になる。翔馬のあとから再読をしたけど、何度読んでも面白い。あっという間に時間は過ぎ、気がついた時には日が暮れていた。

「〜っ、やっぱ面白いわ」

 両手を伸ばして凝り固まった身体をほぐす。ちょうどきりがいいところまで読み終わった俺は、ストレッチしながら立ちあがった。

「うん」

 ページを黙々とめくる翔馬から生返事が聞こえた。一度読んだ俺とは違って翔馬は初見だもんな。しかも先はまだまだ長い。テーブルに身を乗り出して、読んでいるところを確認すれば、白熱した県大会戦だった。

「翔馬、夕飯はどうする? もしよかったら、食べてけよ。母さんもそう言ってたし」

「いいのか?」

「当たり前だろ。じゃなきゃ誘ってないし」

「じゃ、ごちそうになる。待って、家にメールするから」

 コミックスをテーブルの上に置き、バッグの中からスマホを取り出し、タップさせる。

「そういえば」

 メールを打ちながら、翔馬が話し始める。

「ん?」

「赤本、もう買ってるんだな」

「ああ、一応。でも買っただけで満足しちゃってる系」

「柊星はY大希望か。オレと一緒だ」

「えっ、マジで」

 初耳だ。一気に、高揚感に包まれる。

「うん。オレ、スポーツ健康学部があるところに行きたいんだ。Y大はここから近いし、実家からも通いやすいだろ」

「それじゃ一緒に行けるように頑張ろうか。塾とかどうする? 行く?」

「急に、やる気だ」

 翔馬が笑うけど、仕方ない。翔馬と同じ大学なんて、最初から無理だと思ってたんだから。

「だって、翔馬と同じ大学なんて諦めてたし。翔馬、前に関西の大学狙うかもみたいに言ってただろ。だから」

「ちょっと考えるとこがあって。でもまだ最後の試合もあるし、受験のこと考えるのはこれからなんだけど」

 六月の試合で三年は引退だ。俺の新聞部はもう少し先まで活動できるけど、運動部は後輩に活躍の場を譲ることになっている。

「そうだな、試合、悔いが残らないようにしないとな」

 そのために俺が何かできるなら、絶対に手伝いたいと思う。ふわりと笑う翔馬の笑顔を見ながら、強く思った。




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