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秋山春寿が出て行くと、大輔は再度バレー部の書類に目を落とした。
乱雑な字で書かれた書類は内容も酷いものだ。計算間違いに項目の計算根拠漏れ、指摘すればきりがないほど穴だらけだ。
提出しただけマシとも思えるが、すればいいという考えでいてもらっても困る。
本来なら今この場で予算案については完成させるつもりだった。多少不都合があったとしても、締切に遅れたほうが悪い。譲歩をすれば、提出期限を守った部活に対しても示しが付かない。
自ら予算を組んでやるつもりなんてなかった。
――そう秋山春寿と会話をするまでは。
『僕』『部活』『同学年』――そして、名前。
共通する部分は広範囲。だが、全く手掛かりがなかった現状から考えると、そんなにも、ともいえる。
特に引っ掛かりを覚えるのは、名前だ。
春夏秋冬――季節から『フユ』を名付けたという線が想定できる本名。
無論これだけで断定するつもりはない。寧ろ、こんな簡単にフユが現れると思う方がどうかしている。
フユ本人は、マコトとハクの正体を知っている。あれだけ庶務を拒絶していたことから考えても、容易に接触を図るとは思えない。ましてや、パーティ離脱をした直後に自分たちの元に現れるとは、考えにくい。
だが、決して可能性はゼロではない。
けれどそんな僅かな可能性にかけて、自ら動くとは思ってもいなかった。
それなのに、たったあれだけの共通点で、大輔は秋山の存在に興味を抱いた。
「ちっ、どうかしてる…」
額に手をあて、目を瞑る。
思い出すのは離脱した後に真から尋ねられた言葉だ。
『それで大輔は、どうする?』
(万が一、秋山がフユなら)
ギィッとドアの開く音に、目線を上げる。
視線の先には真が少し息を切らせながら、爽やかな笑みを浮かべていた。
「ごめん、大輔。遅くなった」
「手伝いは終わったのか? わざわざ面倒事に自ら参加するなんて物好きな奴だな」
「困った時はお互い様だから」
担任の書類整理を同じクラスの中田と共に手伝ってきたらしい。
中田が困ってたから、と真は言っていたが、真は本気で誰からも好かれるように、味方を一人でも多く作るように心掛けて行動している。その人脈が、いずれフユに繋がるというように。
真は先ほど秋山が座っていた椅子に座ると、大輔が手にしていた書類に視線を向ける。
「まだ全部揃ってないんだっけ?」
「締切はとっくに過ぎてるがな」
未提出なのは、まだあと5つほどある。催促を掛けたのにも関わらずだ。
提出しないなら、それでもいい。こちらで勝手に組むだけだ。あとで文句を言われても提出しない方が悪い。
「手伝おうか?」
真が心配そうに、大輔の顔を見やる。
ただでさえ忙しくしているのに、大輔の仕事まで抱える気とは、本気で恐れ入る。
もしかしたら、忙しくすることで、フユへの感情の抑制をしているのかもしれない。時間があったら、それこそ会えない寂しさで発狂でもするのではないかと思うぐらい、真はフユに入れ込んでいたのだから。
今、真に秋山の存在を告げれば、たったこれだけのヒントであろうとも、真なら藁にもすがる思いで早速秋山に接触をすることだろう。
可能性の段階から、真ならば積極的に動く。真には誰よりフユと会話したという自負がある。決して逃さないという強い気持ちも、だ。
大輔がわざわざ動かなくても、フユかどうかの判断は真に託せばいい。
「……」
「大輔?」
「いや、いい。お前に手伝ってもらうほどの仕事じゃない」
「そう? でも人手が欲しくなったら言って。今は少しでも色んな人と知り合いたいから」
「フユのためにか」
「勿論。どこかで見ているフユに幻滅されたくなくて、頑張りすぎてるかなとは自覚してるんだけど。
でもリアルのフユは俺と会うことを敷居高く感じてるようだったから、少しでもフユが俺と話したいと思ってくれるように心がけるつもり」
「あんな態度を取られたくせに、まだ献身的なんだな。理解できん」
「それだけフユに惚れてるってことなんだけど、フユにはうまく伝えられなかったな……。文章に想いを乗せることは予想以上に難しいよ」
「フユが馬鹿なだけだ」
「相変わらず手厳しいな、大輔は。フユはあんなに可愛いのに。
今、フユは何をしてるんだろう。
早く、フユに会いたいな……」
フユ以外なら、望めばなんでも手に入りそうな男なのに。唯一欲するものが手に入らない。
大輔は悲しみに沈んだ真を前に口を開いた。
「――これから、どう動く?」
自然とそう真へと問いかけていた。
そんな大輔に、真はただ笑みを浮かべる。
「どうしようか。色々考えてはいるんだけど」
「田之上くん、溝口くん、遅くなってごめん!!」
扉を勢いよく開き、ジャージ姿のまま柴田幹が駆け寄ってくる。
少し息が上がっているところを見ると、部活を終えて走ってきたらしいがそんなに急いでくる必要は全くない。
うんざりと幹を見ている大輔には気付かず、幹は背負っていたリュックを机の上に置く。
「柴田君、部活は大丈夫?」
「うん、ミーティングは出てきたから! あとは基礎体力作りだっていうし」
バスケ部と生徒会を掛け持ちしている幹は、基本練習を朝型に変えている。さすがに試合前はバスケ部を優先するようだが、それ以外は極力時間を生徒会に割くようにしているのか、顔を合わす時間も多い。
庶務のあてが外れ、幹に仕事を回すようになってからというもの、ますます張り切って仕事をしている。
話を中断させられた苛立ちで、幹を一睨みすると、幹があからさまに身体を震わせた。
無言で幹を黙らせると、大輔は閉じていたノートパソコンを開き、エクセルを立ち上げた。
目の前に表示されているシートには各部活の予算が並ぶ。
先ほど手渡された書類の予算内訳から、使えそうな所だけ入力していく。
明日、もう一度秋山と会う。
ここはリアルだ。ゲームではない。離脱やリセットで終わる関係じゃない。
ここから築きあげる人間関係は、ハクではなく大輔自身のものになる。
フユかどうかを見極めるよりも、大切なことは大輔にとってフユのプレイヤーが必要か否かだ。
フユというゲームキャラを追い求め、その全てをプレーヤーと同視させるのは間違いだ。
けれど、もし。
その、フユのプレーヤーにすら興味を抱いてしまったら。
(――万が一、秋山がフユなら)
真と取り合うなんて、冗談じゃないと思っている。最初のきっかけだって真がいたからこそだ。
真の気持ちだって充分なほど理解している。
それなのに、真に対して候補の存在を教えられなかった。――教えたくないと思ってしまった。
このまま教えなければ。
もしフユであったとしても、それをフユだと認めなければ。
ずっと自分の手の中にだけアレはいる――
そう思ってしまうことが、一体どういうことなのか。
今はまだ、認められなかった。
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