番外編(理広×春寿)
ミーティングを終えて部室から出ると、冷え込んだ空気が出迎えた。吐き出す息も瞬時に白く凍っていく。手をすり合わせて息を吹きかける。マフラーはしてきたけど、今日は迂闊にも手袋を忘れてしまった。多分、家に辿り着くころには、氷のように冷たくなっている。
部員のみんなと一緒に校門を出たところで、フェンスに寄りかかるようにして待っていた相手に足を止めた。
「理広?」
「春寿!」
僕の呼びかけに、理広がぶんぶんと手を振った。それから、急いでこちらに駆け寄ってくる。
「良かった、間に合って! さっきのメール見て、そろそろ終わりかなって思ったんだ」
笑顔を見せる理広はビニール袋を提げているものの、制服のままだ。バイト先からそのまま学院に戻ってきたんだろうか。
今日はリアブレのログイン日だ。今週は僕も理広も部活やバイトで規定時間に達していない。そのための打ち合わせメールを部活が終わったときに送信した。返信がないのはバイトの最中だからと思っていたけど、そうじゃなかったらしい。
「秋山、俺たちは先に帰るな。お疲れ」
僕と理広の様子に長くなりそうだと思ったのか、先輩たちが声をかけてくる。
「はい、お疲れ様です」
「お疲れ様です。帰り道、お気をつけて」
先輩たちに挨拶をしていると、なぜか理広も几帳面に挨拶を交わしている。そんなところが理広らしいなと思いながら、僕は理広に笑った。
「理広もバイトお疲れ様」
「あー、でも今日はたいして働いてない。店長に用事があるって珍しく早じまいでさ。春寿も部活、お疲れ様ー! で、これ! じゃーん」
効果音をつけながら、理広がビニール袋から取りだしたのは肉まんだった。
「そこのコンビニで買ってきたばっかりだから、まだ温かい」
理広に冷え切った手を取られ、その上に肉まんを乗せられる。
「春寿の手、すっげー冷たい!」
「手袋忘れちゃったからかな。肉まんありがと、温かい。あ、お金……」
バッグから財布を取り出そうと手を動かそうとしたところで、理広に慌てて止められる。
「いーって、春寿が喜んでくれたら俺、満足だし! ほらほら、温かいうちに食べて食べて」
促されるようにして二人でフェンスに持たれる。一口食べた肉まんはいつも食べる肉まんより美味しく感じられた。温かさと美味しさに、自然と笑顔を浮かべてしまう。そんな僕の顔を理広が覗き込んだ。
「春寿、幸せそー」
「疲れた後の肉まん最高」
「うん、それはわかる」
「理広の、カレーまん?」
色も大きさも、そして包んでいる紙も、肉まんのものとは違っている。
「そう、新発売って書いてあったからチャレンジしてみた。食べる?」
理広が食べかけのカレーまんを僕の口元に差し出す。促されるままに、かぶりついた。口に入れてから、手で千切ればよかったことを思いつき、恥ずかしさで顔が熱くなる。いくら口元に差し出されたからってそのまま食べるとか、バカじゃないのか僕は。
「どう? 美味しい? 俺ょっと辛めなのが好き。具も大きいし、毎日買っちまうかも」
「え、っと、うん美味しい。辛めなのはカレーって感じでいいよな」
理広は僕が行儀悪く食べてしまったこと、気にしてないんだろうか。恥ずかしい……。せめて、食べたところは千切ろう。そう僕が口に出そうとしたときだった。
「春寿の肉まんも食べていい?」
「それはもちろん!」
元々理広が買ってきてくれたものだ。断る理由がない。食べていないところを千切って渡そうとすると、突然理広が声を発した。
「えっ、なに?!」
「俺も春寿みたいに食べたい」
理広の発言を受けて動揺している僕をよそに、口を大きく開けられる。そして目で肉まんを訴える。
う……。
動揺している僕とは反対に、理広の感情は表情からは伺えない。そういえばあまり感情が表情に乗らないって言ってたっけ。
じっと見つめ合うこと数秒。食べかけの肉まんを理広の口元に持っていく。
「うん、肉まんも美味しい」
さっきの僕と同じように食べる理広を見て、恥ずかしさが込み上げる。寒かったはずの身体は羞恥のせいか熱い。
「カレーまんも肉まんも美味しいし、隣に春寿はいるし、ホント幸せ」
安い幸せだ、なんて突っ込みができないぐらいの笑顔を理広は浮かべていた。感情が乗りにくいって言っていたのに、こんな時は本当に幸せそうに笑うなんてずるいと思う。
「次は」
「ん?」
「次は僕が理広を待ってるから。肉まん持って」
「マジで!? すっげー嬉しい!! あ、でも、外で待ってると風邪ひくから店の中で、あ、でもそれだと夕飯から食べたほうがいいのかも、肉まんは捨てがたいけど」
本気で悩み始めた理広を横目に残っていた肉まんを食べる。
理広の言う幸せの中に自分がいることが、くすぐったくて……僕もまた幸せだった。
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