12
お皿のカレーが空になり僕が一息ついたところで、今までにこにこと笑みを添えていた理広の表情が消える。代わりに真摯な瞳が僕を貫いた。
「春寿」
「うん」
「……今、このタイミングで話すか迷ってたけど、やっぱり先に話す。大丈夫だったか」
理広の声音が優しく耳に届く。
「大丈夫。予算の仕事は無事終わったと思う。あと……バレてるのは確定で」
もう可能性は高いなんてレベルじゃない。溝口は僕をフユだと見抜いている。
「そっか。もしかしたら、俺が伝言役をしたことで、確信させちまったかも。だけど、今後のことを考えるとどうしても、このタイミングで溝口に俺の存在を知らせたかったんだ」
「理広を?」
思わず首をかしげる。
溝口に理広の正体がバレて良かったと思うことが思い当たらない。それどころか、かえって迷惑をかけてしまうということだけが胸を苦しくさせる。
不安で胸がいっぱいになってしまったのが、目の前にいる理広にも伝わったんだろう。ふっと、理広が苦笑した。
「また一人で考え込んでる? 春寿はすぐに抱え込むからなあ。俺が目の前にいるのに話してくれないなんて、春寿冷たい」
「ちがっ、そうじゃなくて」
「俺は伝えたかったんだよ。春寿は一人じゃない、俺がいるって――もちろん、春寿自身にも」
ふわりと微笑んだ理広を見て、胸が熱くなる。さんざん迷惑をかけているのに、理広は全く気にする素振りを見せない。僕は理広に頼ってばかりだ。
「お人よしすぎるよ、理広は。わざわざ面倒事に突っ込んで」
「言っただろ。これは協力プレイだって。それに自分のためでもあるっていうか。俺は知らないところで、春寿が苦しんでたり悲しんでたりするのは嫌だ」
理広が言葉を選んで話してくれるのがよくわかる。電話越しでもジェイクが僕のことを本当に思ってくれているのが十分なぐらい伝わってきた。だけど、面と向かって顔を合わせて話している今、その思いは言葉以上に表情が雄弁に語っている。
「だから、春寿は遠慮せずに話してほしい。――何があった?」
理広は状況が『大丈夫』じゃないことに気づいてる。溝口と接した日に、ジェイクに――理広に会いたいと縋った。その事実から判断しても、僕に何かあったというのは理広もわかってるんだろう。
それでいて負担にならないよう気を使いながら、話を振っている。その気遣いに泣きそうになる。
散々頼っているのに、更なる負担をかけたくなくて全てを打ち明けることに躊躇ってしまう。もう幾度も繰り返された行為。その度に、理広は優しく手を差し伸べる。
「――真が」
僕はゆっくりと口を開いた。
電話越しで状況説明をしたときのように、理広は丁寧な相槌を打つ。あのときは電話越しだったから理広の表情まではわからなかったけど、今は違う。温かみのある微笑みが僕を勇気づける。
情報処理室での出来事を簡単にまとめて、理広へと伝える。
思わぬ形で真の話を盗み聞きすることになり、真がソロプレイを始めたと知ったこと。
真の中ではパーティは解散ではなく、休止扱いになっていること。
そして――
「……あと、溝口が『狙った獲物は必ず捕食する主義だ』って言ってた」
理広が伝言役をしたことで、きっと溝口にも感じるところはあったんだろう。あの時の言葉は理広に向けたものだと考えるのが一番しっくりくる。
冷徹な声が今も頭にこびり付いてるみたいに離れない。僕が伝え終わった途端、理広がテーブルを両手で叩いた。急に慌て始めた理広を見て瞠目する。
「春寿っ、お前何かされてねえ?!」
「何かって?」
「例えばちゅーされたり、襲われたり!」
「……」
「…………」
妙な沈黙が僕と理広の間に落ちる。
僕は問い詰める理広から、すすっと視線を逃した。理広がどんな顔をしているか見れなかったし、僕の顔もまた理広に見られたくなかった。あんな一方的な行為は絶対に許せないし、されるがままだった自分にも腹が立つ。なかったものとして話を進めていたはずなのに、どうして今の流れでそこまでわかったんだろう。理広、鋭すぎる……。
「嫌がらせなんだ、溝口の」
それ以外の何物でもない。僕の中であれは意味を為さない。
遠まわしに肯定すると、理広ははーっと深く長い溜息をつき、額を片手で覆った。その表情は窺い知ることはできない。
「……溝口のやつ」
周囲の喧騒にかき消されるほど、小さな呟きの後。
「決めた」
顔をあげた理広は、本気さを漂わせるぐらい真剣な顔つきになっていた。元々の端正な顔立ちも手伝って、凄味を増した表情から目をそらすことができない。
「春寿、これから俺との時間もっと作ってもらってもいいか? 出来る限り一緒に過ごしたい」
「そ、それは嬉しいけど、でも理広、バイトとかで忙しいんじゃ」
思わぬ理広の発言に声が上ずってしまう。
今までのメールでのやり取りからしても、理広の放課後はバイトで埋まっているはずだ。
「バイトもあるけど、春寿と一緒に過ごせるのは放課後に限らないだろ? てか、俺は春寿の危機感のなさが本気で心配」
「そ、そうかな? そんなこともないと思うんだけど」
予算という弱みがない以上、従う理由は存在しない。
もう溝口に自分勝手な振る舞いをさせるつもりはない。
「っ!?」
不意に理広が僕の頬を軽く抓んだ。鈍い痛みが頬に広がる。
「春寿さん、マジ無防備」
そう言って、理広は抓んでいた指先をぱっと離した。頬には理広の指先の感触が残っている。
「その分、俺が頑張らないと!」
「頑張るって……」
「協力プレイはまだ続くってこと。第1ミッションはクリアで、次の第2ミッションはリアルがばれた溝口にどう立ち向かうか。田之上の問題もあるけど、まあこっちは溝口の延長戦で考えるか。春寿に言いたいのは、単独プレイ禁止だからな。それと困ったらすぐに俺に連絡して。これは俺との協力プレイなんだから。じゃないと泣くから!」
理広はわざとらしく泣き真似をしている。
黙っていればカッコイイのに、話をしているとホントに目の前の人がジェイクなんだなって強く伝わる。それは不思議な感覚だったけれど、どこか心地よかった。
「まずは――春寿、第1ミッションクリアご褒美で俺に美味くて安い店教えて? 出来たら一緒に連れていってもらえたら嬉しいし最高な気分になれるんだけど」
「僕のほうこそ。いつ行こうか?」
僕自身が理広ともっと一緒にいたいと思っている以上、これはお礼になっていない。
そう伝えたら、理広はどんな反応するんだろう。ふと胸を過ったけれど、それを口にするにはあまりにも恥ずかしすぎた。
いつか、別の形で理広にはお礼をしたい。今までの想いを込めたとびきりのお礼を。
喜ぶ理広を見ながら、僕は強く思った。
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