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「昨日の夜からホント会うのが楽しみでさ。
小学生の遠足前かよっていうぐらい、緊張してんの。
なかなか寝付けなかったのに、いつもより2時間は早く目覚めて、親に『具合悪いの?』なんて、真顔で心配されるし。

学校に行ったらリームの中のヤツに『笑顔すぎて心臓に悪い』とか言われるし。
なんか俺、テンションあがりすぎてちょっとヤバいよな。
どんだけ楽しみにしてんだって自分でも思ってるし。
でも仕方ねーよな、フユと会うのを楽しみに思わないわけないし。

バイト中もずっと入口ばっか見ちゃって、芦田――あ、さっき案内した女の子な、にも『りっちゃん、接客に笑顔は必要だけど、無駄に垂れ流すの禁止』とか言われるし。
それから、顔引きしめんのに必死だった。
てか、俺の笑顔ってどんだけキモいのかちょっと心配になってくるんだけど。

あ、それ、今日のお勧めの野菜カレー。
辛くない? 美味い? 
そっか、良かった! 
俺は好きなんだけど、人の好みってあるだろ? もし苦手だったらどうしようかなって思ってたんだ。
フユの意見も聞かずに、俺が好きだからって言う理由で勝手に持ってきちゃったし。
でも美味いって言ってくれて安心した。
食べ物の好みが近いのって、嬉しいよな。

それで、なんだっけ。
あ、俺がフユに会えてどれだけ嬉しいかって言う話だよな。
それで、お店にやってきたフユを見たら、マジで俺のイメージ通りでさ。
なんかスゲー感動した」

「も、もういい」

「え、なに? お腹いっぱい?」

ジェイクの視線が僕の食べているカレーに向けられる。
まだ半分以上残っているけれど、これは問題なく食べられる範囲だ。
食べる動きが止まってしまったのは、満腹だからじゃない。

ちなみにこれはジェイクがこの席に着いた時、今日のお勧めと言って一緒に持ってきた食事でもある。
食べるのが早いのか、ジェイクの前にあるお皿はもう空になっている。

「違う。ジェイクの気持ちは伝わったから。あまり言われると、照れる」

手の甲で口元を隠すようにして、ジェイクの真っ直ぐな視線から顔を逸らす。
顔、赤くなってないだろうか。

どれだけジェイクが僕に会いたかったのか、言葉と表情で十分に伝わっている。
楽しみにしていたのは、僕だけじゃなかったんだ。

目の前に座っている相手は、僕にコーラを持ってきてくれたウェイターだ。
アバターのイメージが印象に強く残っていたせいなのか、ジェイクではないと勝手に思って、可能性すら考えていなかった。
だから実際のジェイクを見て、衝撃がなかったと言えばうそになる、けど。
でも目の前で話し続ける彼は、確かに僕の知っているジェイクだった。

「理広」

唐突に呟かれた言葉に、ジェイクへと顔を向ける。
初めて見た時は無表情に見えたけれど、僕と話をしている時のジェイクは常に笑顔だ。
視線が交わり、さらに微笑みが深まる。

「松前理広(まつまえりひろ)って言うんだ、俺の名前。松竹梅の松に、前後の前、理科の理に広島の広」

「だからりっちゃんなんだ」

理広だからりっちゃん。電話で漏れ聞こえた名前が繋がる。

りひろ…。
ジェイクの名前を心の中でもう一度繰り返す。

ずっと知りたかったジェイクの名前だ。
知っていたようで、全然知らなかったジェイクのリアルに少しだけ近づけた気がする。
今度は僕の番だ。
気持ちを落ち着かせるために、すうっと息を吸い込む。

「フユこと秋山春寿、です。…………えっと、ごめん、いざ改めて自己紹介しようと思ったら、何言っていいのかわからなくて」

言いたいことはたくさんあるのに、上手く言葉にまとまらない。

「緊張してる?」

「け、結構」

ネットを介して、ジェイクとは随分仲良くなった。
でも現実のジェイク――松前理広と会うのはこれが初めてだ。

「大丈夫、俺もだから」

そういえば緊張して寝付けなかったって、さっきも言ってたっけ。

「でも緊張してんのも、今だけだって。これからどんどんリアルで会えば慣れていく。そうだろ?」

「うん」

これから先の事を促されて、僕は思いっきり頷いた。
ジェイクと――理広と会うのはこれが最後じゃない。
これから先も続くんだ。

「ってことで、春寿」

「何?」

「呼んでみただけ」

なんだそれは。
文句を言おうとしたけど、理広の何とも楽しそうな顔を見ると、そのままのみ込むしかなかった。
僕が理広と会えて嬉しいように、理広もまた僕と同じ気持ちを抱いてくれているのかもしれない。

「あとは春ちゃん?」

「いやそこは春寿でいいかな」

さすがにこの年になってちゃん付けはキツイ。

「そっか、残念。俺のことは好きに呼んでくれて構わないから」

「りっちゃんとか?」

「ん? 何?」

さっきの意趣返しとばかりに半ばからかうつもりで名前を呼んだのに、理広は柔らかい笑みを添えて応えた。

「――っ、やっぱり理広って呼ぶことにする」

「えー、春寿にりっちゃんって呼ばれるのはなかなかいいなって思ってたんだけど」

呼んでる僕の方がなんだか恥ずかしい。
考えてみれば、りっちゃんって普段から呼ばれてたら、理広自身はその愛称に慣れてるんだよな。

「理広」

「ん?」

「リアブレではありがとう。ジェイクがいなかったら、抜け出せなくなっていたと思う。ずっと会ってお礼が言いたかったんだ」

今日、ようやく顔を見てお礼が言えた。
画面越しでも、電話越しでもない。面と向かって、理広にお礼を言えたことが嬉しい。
少しでも今までの気持ちが伝わるように想いを込める。

「別にお礼なんていいって! てか、スッゲー照れる…!」

「さっきのお返し!」

自分の照れ隠しも兼ねて早口で告げると、僕は残っていたカレーを掻きこむように口の中へと頬張った。



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