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限界、だったんだと思う。

今日のことをジェイクにどう教えたらいいのか、メールを書いては消しを繰り返していた僕の携帯電話がジェイクからの着信を知らせたのはつい今しがたのことだ。

バイトが終わってすぐにかけてくれたジェイクの声を聞いた途端、迷惑をかけるとか心配させてしまうとか、心に閉じ込めようとしていたことが脆く崩れた。

「ジェイクに会いたい」

思わず口をついて出た言葉に、一番驚いたのはそれを発した僕だったかもしれない。

『うん、俺も』

唐突なまでの僕のわがままに、ジェイクは間をあけることなく優しく――そう思ってしまうのは僕の願望かもしれないけれど――嬉しそうな声音を返した。
それは溝口に翻弄され、疲れ切ってしまった心に温かく染み込む。

もっと"ジェイク"を知ってからでも、リアルで会うのは遅くない。
自分の欲求を優先させるのはズルイことだって思っていたのに。ジェイクを引きずり込んじゃ駄目だって思うのに……。

無意識のうちに紡がれた言葉は紛れもない本心だ。

ただ僕はジェイクに会いたかったんだ。きっと、出会ったときから。


***


――ここだ。
地図を表示させた携帯をバッグにしまうと、僕は目的地でもあるレストランを見上げた。
ジェイクのバイト先であるレストラン『Petit Bonheur』。

『フユに会ってから、俺のことは色々話すから! 電話越しより、直接言いたいし聞きたい』

そんなジェイクの提案で、僕はジェイクから指定された場所、時間、それから制服で来ること以外、前情報を聞かされてはいなかった。

なんとか無事にたどり着けて、本当に良かった。

今日は学校でも溝口との接触はなかった。このまま何も起こらずに時が過ぎればいい。心からそう思う。
だけど……、溝口は別れ際に『またな』と残した。それがどういう意味をもたらすのか。考えるだけで頭痛がしてくる。

入口に掲げられている看板と店名が一致しているのを確認して、僕はもう一度ぐるりとその外観を確認した。
中世のお城みたいな作りのレストランは一言で言うととてもお洒落だ。
アーチ型の窓はスモークガラスが使われていて中の様子を伺い知ることはできないけれど、賑わっていることだけは外からでも確認できた。

男一人で入店するのは少し、いやかなり勇気がいるような気がする。
それと値段。大丈夫かな……。財布に入っている残金と、ボードに書かれているお勧めメニューの値段を何度も確認してから、僕は店内へと足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」

出迎えてくれた女の子は僕の制服を確認するなり、「あっ」と小さく声を漏らした。それから、満面の笑みを浮かべる。

「話は伺ってます。どうぞこちらへ」

「あ、ありがとうございます」

どうやらジェイクが話を通してくれたみたいだ。マシマ総合学院から30分以上離れた所にあるし、高校生が一人で入るのは珍しいのもかしれない。すぐに解ってもらえたことに、僕は安堵の息を漏らした。
店員さんの後を歩きながら、店内をぐるりと見渡す。
店内の客層は主婦やサラリーマン、学生と幅広かった。夕食時ということもあって家族連れの姿も見える。

「こちらのお席へどうぞ。――りっちゃん、あと15分ぐらいであがりですから、もう少しだけ待ってくださいね」

店内の隅にあるテーブル席に案内して、僕を案内してくれた女の子はこっそりと小さく囁いた。
僕は再度彼女に向けてお礼を言って、窓側の席に座った。

りっちゃん、か。
ジェイクのリアルが現実味を帯びてきて、僕の心臓は早鐘を打っていた。

どうしよう、なんだか急に緊張してきた。
会いたいって言いだしたのは僕のほうなのに。

えーとえーと、こういうときは……まずは気持ちを落ち着かせないと!

僕はメニュー表を手に取ると、ページをゆっくりとめくった。
書かれている料理は僕が想像した金額よりずっとリーズナブルだった。
これなら僕の小遣いの中でもどうにかなる範囲だ。良かった……!

何を食べるか思案をしていると、ふとクラシックBGMに乗って辺りから店員を呼ぶ声が多いことに気付いた。
テーブル席には店員を呼ぶためのワイヤレスチャイムが設置してあるにも関わらずだ。
不思議に思って通路側に身を乗り出すと、それは一人の男性ウェイターを中心にして掛けられているようだった。

(うわ……)

その大学生ぐらいのウェイターを見た瞬間、僕は息をのんだ。
人目を惹く秀麗なその容姿は芸能人と言ってもいいほど華がある。
無駄のない機敏な動作で、次々と呼ばれたテーブルに向かって話を聞いていた。
でも、とても整った顔立ちだけど、能面のように無表情だ。
話をするときにだけ表情が僅かに乗る。そのギャップのせいだからだろうか、時折見せる感情が鮮やかに目に映るのは。

じっと観察するように一挙一動を見ていた僕の視線と、その彼の視線が合わさる。
僕はぶしつけに見ていたことが恥ずかしくなって、謝るように頭を下げた。
視線をそっと外して、テーブルの表面へと視線を落とす。

いくら気になったからって遠慮なく見過ぎだよ、僕は!
自分の振る舞いを自戒して、僕は再びメニューをめくり始めた。

そういえばジェイクはどこで働いているんだろう。
店内は今見た限り、最初に僕を案内してくれた女の子と、さっきの彼だけだ。
ウェイターじゃなくて、キッチンで働いてるんだろうか。
明るいジェイクなら、キッチンの中でも元気に仕事をしていそうだ。

そんな想像をしていると、緊張もするけどそれ以上にジェイクに会うのが楽しみで胸が躍った。
会ったら、何を話そう?
まずは今までのお礼をして、それから……。

ぼうっとメニューを見ながらそんなことを考えていると、ことっという小さな音と共に、目の前に僕の好きなコーラが置かれた。

「……? 頼んで」

頼んでないです、と顔を上げた僕の視界にさっき無遠慮に見ていたあのウェイターの端正な顔が飛び込んでくる。
驚きで目を見開いた僕に、そっと耳打ちするようにウェイターは顔を近づけ囁いた。

「もう少しで終わるから待ってて」

ふっと、僕の髪が揺れるくらいの小さな笑いを零して離れて行く。

(――え?)

去っていくウェイターの後ろ姿を見ながら、僕は混乱する意識の中、息のかかった耳元を押さえた。



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