side-daisuke
春寿と別れ、生徒会室に戻った大輔を出迎えたのは幹一人だった。室内を見回し、真の姿がないことを確認すると、大輔は無言で所定位置へと着く。幹が何かを言いたげに、ちらちらとこちらの様子を伺っているようだったが、黙殺する。
「溝口、くん」
一言も発せずパソコンを立ち上げていた大輔に焦れたのか、幹が恐る恐ると言った様子で話しかけてきた。
目線だけを上げれば、直立不動のまま血色の悪い顔で見下ろしている。
「あの、怒ってる?」
「お前は俺を怒らせたと、そう思うんだな?」
逆にそう問いかけてやれば、面白いぐらいに幹が身体を震わせた。
「電話、……あの、打ち合わせを無視して勝手に切っちゃってごめん」
「ああ、事前に指示をしていたのに、意味がなかったな」
冷やかに言ってやれば、幹が大げさなほどにびくんと跳ねた。
予め幹へと指示したことは、ひとつだけだ。
指定した時間に電話をしてこちらの指示を仰ぐこと、ただそれだけ。その簡単な指示すら満足に幹はできず、なおかつ勝手に真を情報処理室へと連れてきた。本当に使えない奴だと嘆息する。だが、それは幹を戦力として期待した自分の落ち度でもあるのだろう。自省するしかない。
今回は真の存在を利用することができたが、いつも出来るとは限らない。慎重に真の動向を見極めねば、春寿は自分の手の中から奪われてしまうだろう。
――だから、奪われる前に手を打たねばならない。
そんな風に考えている自分に気付き、自嘲する。
真を裏切るまでの価値が春寿にあると言うのか。大輔のことを見向きもしないあの凡庸な男に。
真に話せば必ず春寿に接触し、自分と同じようにフユだと確信するだろう。そして、もう離さない。リアブレではないこの現実でフユを見つけたなら、その存在に身を持って触れることができるのだから。
フユを見つけられないという焦りは確実に真を蝕んでいる。発見した時の反動は、大輔の予想の範疇を超えるかもしれない。それほどに、真はフユに餓えている。
今は自分だけが知っている存在を奪われる。――そのことが、酷く気に入らなかった。
「ごめん、本当にごめん!! 傍に田之上くんがいたからテンションが上がっちゃって」
「その真の機嫌は損ねたみたいだがな」
真がいつも座っている席は、空席だ。指摘してやると、力が抜けたように幹は床に座り込んだ。
「そうなんだ……。ここに戻ってきたら田之上くん、急に帰るって言いだして。オレ何か怒らせるようなこと、言っちゃったかな」
リアブレをどうでもいい、と言ったことが、真の地雷だったとは気付かないらしい。
あれほどフユに執着している男が、その出会いのきっかけになったリアブレをないがしろにされては、不快感を覚えないはずがない。
「それで? 真への取りなしを俺に期待したのか?」
本来なら、真に口添えをして貰う手筈を整えていただろうに。全く逆の展開になっていることが、少しおかしかった。
「……図々しいとは思ってるけど、でも……」
「……まあいい。やってやる」
「えっ!? 本当に!?」
「ああ。今、お前が真の好感度を下げるのは俺にとっても痛手だからな」
幹は間諜だ。――そう、真の動向を探る駒。真の出方が予想できない以上、情報収集は必須。幹の繋がりからもフユを探そうとしている以上、幹の存在自体は大輔にとって役に立つだろう。
幹自身は気付いていないだろうが、フユに辿りつくために、今の真はあらゆる繋がりを捨てないだろう。幹がどんなに腹立たしくとも、真がこの現状で関係を切ることはあり得ない。大輔自身がわざわざ間に立たなくても、幹は恐れている事態には決してならない。だが、それを幹に教えてやる気は毛頭もなかった。
「ありがとう、溝口くん!」
用事は済んだと態度で主張するかのように、大輔はノートパソコンへと向き直った。
エクセルを起動させて、春寿が打ち込んだバレー部の予算案を開くと、幾つかある間違いを修正しながら再度の確認をする。慣れない素人に任せた時点である程度の覚悟はしていたが、春寿のミスは予想よりかは少ないものだった。この量なら、すぐにでも終わるだろう。
幹を通して、真の動向は確認しやすい。だが、気にかかるのは、あともう一人。
『頼まれたんだ、伝言』
『伝言? なぜお前に。俺を呼び出せばいいだろう、教室にいたのだから』
『彼、急いでいたみたいだから。悪かったな、俺が聞いちまって』
(――松前理広)
春寿に伝言を頼まれたからなどという筋書きを大輔は信じていない。それならば、松前と春寿との繋がりを疑った方がよほど信用できる。
――そう例えば、松前理広がジェイク★でフユとの繋がりがあるのだと。
同じクラスでありながら、松前と言葉を交わしたことは数回しかない。去年の文化祭で目立っていたと記憶してるが、それだけだ。
松前の外見から受ける印象は、ジェイク★とは程遠い。だが、内面を知るほどには親しくない。松前の中身がジェイク★だとしても不思議ではない。寧ろ松前なら能力値ボーナスで有る程度の加算がされていても納得がいく。
なにより気になるのは、松前の自分を見据えた眼差しだ。挑戦的な、まるで威嚇するような、瞳。悪いなんて欠片も思ってないだろう。
(春寿の後ろに誰がいたとしても、関係ない)
誰にも邪魔はさせない。……真にも。
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