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番外編(大輔×春寿/七夕話)
「今日は七夕だね」

「だから、なんだ?」

突然そんなことを言い出した田之上真に、溝口大輔は訝しむように眉を寄せた。
目の前の真は書類整理の手は止めぬままに、微笑みだけを強くした。生徒会室にいるのは自分たち二人だけだ。時間にルーズな他の役員は、大輔の中で戦力にしないと決めている。

「一年に一度、やっと会える日だなと思って」

そこに含められた暗喩に、今度はあからさまにため息という形で大輔は不機嫌さを表した。

「お前とフユでは、根本的な設定からして違うと思うが。それに今日は催涙雨だ。例えをするならまだもう一年は会えないことになるな」

「あ、酷いなあ、大輔。夢がない。国によっては喜びの雨って言われるんだよ?」

「ここは日本だ」

真を切って捨てると、仕方がないなというように薄く笑った。態度が変わらないところを見ると、元々大輔に肯定されるとは思っていなかったのかもしれない。

「大輔は、七夕の願い事ってないの?」

「他人に頼るなんてごめんだ。叶えたい願いがあったら、自分で叶える」

「現実的だな。俺はね」

「聞いてないし、お前の願いは知っている。フユに会いたい、だろう」

言い掛けた真を遮り、抑揚なく語る。この一年、真の望みは一つだけだ。それが未だ叶っていないことも、知っている。真だけが変わらぬこの現実。
自分に起きていることを真に話したらどうなるだろう?
少なくとも、こんな穏やかに言葉を交わすことはできなくなるだろう。今はまだ偽りの仮面をかぶり続ける。真に真実を告げる時ではない。自分も、春寿も。

「来年には願い事の内容が変わってるよ」

それは今年中にフユに会えるという真の宣言でもある。そして、一度会えばそれだけに満足などするはずがない。それは身をもって、自分が良く知っている。

「気の長い話だな」

「フユに関しては気が長いんだ」

ああそうだ。そのせいで、フユに逃げられた。そしてまだ捕まえることすらできていない。
自分は真のようにはならない。今自分にあるチャンスを有効に生かすのだ。

「遅れてごめん!!」

何度注意されても治らない慌ただしさで、生徒会室のドアが開かれた。走ってきたのか荒い呼吸を繰り返している幹を横目に、とんっとテーブルを叩いて立ち上がる。

「大輔?」

「煩いのが来たからな。気分転換」

吐き捨ててやれば、ドアの前にいる幹の顔が強張った。だが、真と二人になることを幹が悪く思うはずがない。真の足止めも相手も全て幹が請け負ってくれるだろう。

「あ、えと、溝口くん、いってらっしゃい」

蚊の鳴くような声に見送られ、大輔は生徒会室を後にした。


***


「春寿」

体育館まで足を運び、部活中の秋山春寿に声をかければ、途端に顔が曇った。相変わらず感情の全てが表情に現れる。こんなに考えていることが顔に出やすいなら、真と出会った時にもすぐに正体が露呈してしまうだろう。そうならないように、何れちゃんと教育を施してやらないといけない。

「なにか、用事?」

「ここで話をしてもいいのか」

意味ありげに、周囲に目配せをする。春寿の周りには数人の部員の姿が見え、自分と春寿を心配そうに見つめていた。彼らの立場は予算のこともあり、圧倒的に弱い。非があるように匂わせれば、あとは勝手に春寿が気をまわしてくれるだろう。
思った通り、こっちと小さく呟いて春寿が方向転換をする。

体育館を出て、人気のない裏庭へと向かった。誰もいないところに案内するなんて、警戒感が全くない。まるで意識をされていないということに、怒りを通り越して失笑すらしてしまう。

「で、なに?」

「別に。お前に会いたくなったから来ただけだ」

「は?! ……なんだよ、それ。そんな用事なら、僕は戻るから」

「春寿、髪にゴミがついてるぞ」

そう呼びかければ、ぎこちなく片手を頭へと伸ばす。必死に探しているようだが、元々ないものを探しているのだから、見つかるはずもない。

「そこじゃない」

軽く否定してやれば、ますます春寿が戸惑いを見せた。単なる呼びとめるだけの口実なのに、信じ切っているところが面白い。

「取ってやる」

渋々といったようだったが、春寿は大人しくその場に留まる。抵抗しない春寿の女と変わらぬようなさらりとした髪を指先で弄ぶ。

「溝口?」

なかなか離れない手の動きに、春寿の声が低くなる。もうそろそろタイムリミットだろう。
前髪に手をずらして額を覆い隠すように、指先を下げる。急に目の前に手が現れたことに驚いたのか、春寿の両目がぎゅっと閉じられた。

無防備としか言いようがない。意識していないというなら、させてやるまでだ。

少し低い春寿に合わせるために身を屈めると、薄く開いた唇に自分のそれを押しつけた。



叶えたい望みは自分で叶える。――ただ、七夕に何か思うとするなら。

今日の出来事を春寿が忘れないように。
それだけは願ってやってもいいと思った。




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あきゅろす。
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