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息が、苦しい。

なにも見たくなくて、ぎゅっと目をつぶったけれど、それはただ感覚をリアルにするだけだった。
酸素が足りないのか、頭がぼうっとしてくる。僕が荒い息遣いをしていることに、溝口だって気付いているはずなのに、貪る行為は止まらない。しつこいほど舌が絡め取られ、吸い上げられる。唾液まで注がれて、唇の端から顎に伝う感触が気持ち悪い。

されるがままの行為に、身を震わせる。
隣の部屋に田之上がいることに恐れて、溝口を撥ね退けることができない。

僕と溝口、どちらかが物音をたてたら、田之上はきっとその存在に気づくだろう。だから、耐えてる。それがとてつもなく悔しかった。これは見つかることを恐れて我慢しなくちゃいけない行為なんだろうか?
無理だ。嫌だ。こんなのは、違う!
キスは、好きな人同士がやるものなのに、どうして僕はまた溝口としてるんだ。意味が解らない。
こんなことしたって、溝口自身だってなんの感情も感じないだろうに。僕への嫌がらせだけで簡単にキスができる溝口が信じられない。

目を開けて、眼前の溝口を睨みつければ、さらに壁に押し付けられて口付けが深くなった。自分の口から乱れた息が漏れ出て、ずるずると壁に押し付けられた身体が床へと向かう。

濡れた音が耳にこびり付く様に付きまとう。
なんで…どうして…嫌だ無理だ、もう……!!

「あ、そ、そうなんだ! でもリアブレなんて本当はどうでもいいんだ。田之上くんがこうして付き合ってくれることのほうがもっとオレにとっては大切だし!」

「……行こうか、柴田君」

どこか冷やかな田之上の声音が、蹂躙し続けていた溝口の動きを止めた。唇を少しだけ離して、様子を伺うように目を細める。
足りない酸素を補うかのように忙しなく呼吸を続ける横で、溝口が囁いた。

「馬鹿だな、柴田は。真の地雷を踏んだことにも気付かずに」

僕が行動を起こす前に、溝口の身体が素早く離れた。屈めていた身体を起こして、少し気崩れた制服を整える。
身体を押さえつけられていた重みがなくなったことに、力んでいた身体の力が抜けた。
隣からは鈍い足音を最後に、何の音も聞こえない。

「腰が抜けるほど、気持ちが良かったか?」

そんな僕に、揶揄するような響きの声が落ちてくる。
見上げた溝口の唇が濡れていることに、カッと血が上った。僕の口元もそうだということに気付いて、慌てて手の甲で慌てて拭う。

「どうして、またっ!!」

もう声を発しても、田之上に知られる心配はない。それなのに、怒鳴りつけるようにして出した声は掠れていた。
体勢を立て直して、扉に寄りかかっている溝口から距離を取る。近くにいたくなかった。

「前のように最低だと罵るか? そもそも理由を聞いてどうする。納得できれば受け入れるのか」

「できるわけないだろ!」

「できないなら、聞く必要はないと思うが。大体そんなに嫌なら、助けを求めればよかっただろう。隣に人がいたのはお前も気付いていたはずだ」

「それは」

激昂する僕とは反対に、溝口は淡々と紡いでいく。

「それもせずに、嫌だったと口先だけで言われてもな」

「口先だけなんかじゃ…」

「それなら理由を説明してくれるのか? 何故真に助けを呼ばなかったのか、あるいは部屋を飛び出さなかったのかを」

「っ……」

言えるわけ、なかった。真実に変わる言い訳も、全く思いつかなかった。

「言えないのか?」

溝口は僕が田之上に助けを呼べないことに気付いてる。それでいてわざと問いかけているんだ。きっと確かなものにするために。
口じゃきっと敵わない。それどころか余計な情報まで引き出されてしまいそうだった。
あれだけジェイクが手助けしてくれたのに、拒めなかった上に、簡単にバレそうになっている自分が惨めで情けなかった。最低なのは僕だ。

「都合が悪いと、黙るんだな」

「……帰る」

予算を終えた今、もう溝口と関わることはない。
去年一年間だって遠くから姿を見ることは度々あっても、言葉を交わすことはなかった。相手にする必要なんて、ない。

ふらつきそうになる身体で、前方を塞いでいた溝口を押しのける。溝口は特に動きを見せることなく、僕に行く手を譲った。
ドアノブを掴む手が、少しだけ逡巡した。振り払うように、僕は勢いよく扉を開ける。――扉を開けた先に、田之上たちの姿はなかった。

「ああ、そうだ春寿」

背中から、溝口が話しかける。その呼びかけに振り向かず、僕は放置したままのバッグへと向かう。

「付き合うか、俺と」

ぶちんと、今まで堪えていたものが切れた。
振り返り、扉にもたれている溝口に強い眼差しを向ける。

「冗談言うなっ、付き合うわけないだろ!! それに溝口とはこれで会うことはない!!」

僕は情報処理室のドアを力いっぱい閉めると、バレー部の部室へと駆けだした。
廊下は夕暮れの日差しだけが照らしていて、誰の姿も見えない。

去り間際に聞いた溝口の笑い声と「またな」という言葉が、いつまでも耳に残ってる気がした。



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あきゅろす。
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