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「ありがとう、ジェイク」
出来る限り声に気持ちが乗るように、心を込める。ジェイクにはどれだけ感謝しても足りない。
『いーっていーって! お礼はフユからの熱いラブコールでオッケー! バイトが終わった後に、今日はお疲れ様、ジェイクの声が聞けて嬉しい! とか言われたら癒される!!!』
「今日はお疲れ様、ジェイクの声が聞けて嬉しい」
『早ッ!? ああもうフユさんがノリ良すぎんの忘れてた!!』
すぐさま僕が返すと思っていなかったのか、焦ったように突っ込むジェイクに僕は思わず笑いを零した。
今度はジェイクに頼る目的じゃなくて、話がしたい。お礼という名目じゃなくて、僕がジェイクと話をしたくて電話をしたんだって、伝えられるように。
ジェイクと少し話しただけで、心に重くのしかかっていたものが解されていく。慮ってくれるジェイクの気持ちが、僕の心を落ち着かせてくれる。
相談に乗ってくれる相手がいることが、すごく心強かった。
「ジェイク、相談っていうのは」
「うん」
優しく、ジェイクが話の先を促す。僕は息を大きく吸い込んで、簡単に状況説明を始めた。
部活の予算案の締切を破ってしまい、生徒会に頼らざるを得なくなってしまったこと。
それによって、フユだと気付かれてしまっているかもしれないということ。
ジェイクは僕のたどたどしい説明に優しく相槌を打つ。
話を聞いて貰うだけで、なんだか乗り切れそうなそんな気すら覚えていた。ジェイクがいてくれるだけで、勇気が湧いてくる。
溝口にされたキス以外全て話し終えて、僕は息をついた。それを合図にジェイクが話し始める。
『相談してくれて、ありがとなフユ。状況は解った』
「そんな、僕のほうこそ……!! 聞いてくれてありがとう」
今の僕の気持ちがどんなジェイクに感謝してるかって、もっと形になって伝えられたらいいのに。
『状況から見て、フユのリアルが割れてるって方向で考えるか』
「うん……」
やっぱり、溝口に僕がフユだってバレてしまってる可能性は高いんだろう。
だとしたら、これ以上近づくのは危険だ。
予算のことは僕たちが悪いとは言え、あ、あんな嫌がらせはもう二度とされたくない。
『にしても、マコトとハクは田之上と溝口か』
そうだ、ジェイクには二人のリアルは伝えていなかったんだ。
田之上がマコトだってことは、この間のやりとりで伝わったみたいだったけれど、ハクのことは黙ったままだった。
「黙っててごめん」
僕が謝ると、ジェイクは柔らかな口調で告げた。
『いや、むやみに個人情報いえねえよな。気にすんなって! それより溝口が気付いてるなら、それなりに対処しねえと喰われるかも』
「喰われる…!?」
普段あまり聞かないような表現に眉間に皺が寄る。
『アイツらはフユが想像している以上に執着してる。そう簡単には引き下がらねえと思う』
声のトーンが落ちて、僕に言い聞かせるようにジェイクは紡いだ。
『関わりを最小限にするために、フユの連絡先は溝口に残さない方がいいな。とすると、直接会いに行くのが手っ取り早いけど』
予算のデータはまだ完成し終えていない。明日の放課後を使ったら、なんとか終わるぐらいだ。
昨日とは違って、事前に会う約束を取りつけることはできていない。だから溝口と会うためには、僕から連絡を取らなければいけない。
だけど、具体的に何時に終わるかまだ作業をしてみないとわからない。
放課後になってしまえば、溝口と会うために生徒会室に行くしかない。その生徒会室にいるのは、――溝口だけじゃない。
「生徒会室には溝口だけじゃなくて、田之上もいる……」
この間はたまたま田之上はいなかった。でも次もそうだとは限らない。
『ああ。俺は田之上にはまだフユの情報は流れてねえと思ってる。
田之上がフユの存在にリアルで気付いたら、すぐに接触を試みるはずだ。本物のフユかどうか、その見極めはきっと田之上本人がする。
だが、まだ田之上の動きが見えない。もっとも、明日には動き始めるのかもしれねえけど』
明日には、いや今この瞬間にも、今日の話は溝口から田之上へと伝わっているかもしれない。
『よくわかんねーのは、溝口がフユに身バレしてるかも、って勘付かせてることだな。警戒されるのは目に見えてんのに。
……いや、もしかして、わざとか? あえて警戒させているのか……だとすると何のために……』
ジェイクは僕に問いかけるわけではなく、自問するかのように小さく呟いている。
『って、まだ起きてもいねえこと心配しても仕方ないか。直接会いに行く以外だと、事務室に公衆電話はあるけど、多分着信履歴見て、電話自体とらねーだろうし。やっぱり、俺が溝口に伝えるのが一番だな』
あまりにもさらりと言われたせいで、反応が少し遅れる。
「――えっ」
『そーすれば、フユの電話番号は溝口に伝わらねえし。俺の方もフユがクラスまでいるかどうか確認しに来て、たまたま残ってた俺に伝言頼んだってことにすれば問題ない』
「クラスまでって…ジェイク、もしかして溝口と同じクラス?」
『あ、そっか。言ってなかったよな。田之上や溝口と同じクラスだよ。親しくねーけど』
そう、だったんだ。
全然知らなかった。
どうしたんだろう、僕は。さっきまであんなに心軽くなってたのに。
ジェイクが同じクラスだって知って、驚いた。だけどそれ以上に、自分がジェイクのことを知っていた『つもり』になっていたことにショックを受けてる。
僕はジェイクの本名も、姿も何も知らないんだ。
波立った気持ちを落ち着けるように、少し熱くなった携帯電話を持ち直す。
『どうした? フユ』
急に黙ってしまった僕を気遣うようにジェイクが優しく問いかけた。
「あ、えっと、……僕、ジェイクのこと何も知らないなって思って。それだけじゃなくて、僕自身のこともあまりジェイクに伝えてないって思ったんだ」
それはとても寂しいことに感じられた。
こんなにもジェイクに力を分けて貰いながら、僕はジェイクのことをほとんど知らない。
もしかして、マコトやハクもこんな気持ちを抱いていたんだろうか。こんなふうに相手のことを知りたいって思ったんだろうか。
でもそう思っても、やっぱり二人にリアルを教えたいとは思えなかった。
マコトやハクに抱く気持ちと、ジェイクに抱く気持ちはどうしてこんなに乖離してるんだろう。
『知りたいことは聞いてくれよ、話すから。フユのことは、フユが教えたいって思ったときに、ゆっくり話してくれたらいいから』
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