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部屋に入ると、僕は身を投げるようにベッドへとダイブした。
ばふっと音を立てて、身体が沈む。

柔らかな生地の感触に、そのまま意識を失いそうになる。まだ着替えてもないのに……。

疲れた。本当に疲れた。
精神的にも、肉体的にも疲労困憊だ。

結局データの打ち込みは、予想通りというか、情報処理室の使用時間をフルに使っても終わらなかった。
データを家に持ち帰っていいのかも僕には判断も出来なくて、そのまま保存をして終了してしまっている。
完成させるなら、やっぱりあと一日、放課後を使って作業をしないといけない。
明日もまだ部活には出られそうにない。バレーの練習をしないと、ただでさえ下手なのにもっと下手になりそうで不安でいっぱいになる。早く部活に参加したいけど、この現状じゃ難しそうだ。

部長からは謝罪のメールが届いていた。あまり長引き過ぎると部長の胃にもよくない気がする。

天井を見上げながら、無意識のうちに口元を拭っていた。手が触れたことで意識する。もう今日何度繰り返したか解らない仕草。
思い出したくもないのに、目を閉じると感触が蘇ってくる。


――お前にしたかったから、した。それだけだ。


何度思い返しても、腹が立ってくる言い草だ。そんな理由で、キスを、するなんて。
避けられなかった自分が情けないし、悔しい。
溝口にとっては、この行為に意味がないことかもしれないけど、僕は――。あんなの、絶対ノーカウントだ。

バレー部の予算をきちんと組んでくれたことには感謝してるけど、それとこれとは別問題だ。
大体、溝口自身の気持ちを確かめるって意味がわからない。あ、あんなことをして何が確認できるんだよ。

僕に興味が出てきたと言ったのは、フユだと気付かれたから?
あんな形でパーティ離脱をしたから、その腹いせに嫌がらせを……?

僕がフユだと溝口は口にしていない。バレたとは、思いたくない。
だけど、疑っているような素振りに言動。
疑われているなら、気付かれそうになっているなら、なおのこと関わっちゃいけないと思う。溝口に知られたら、田之上にも繋がってしまうような気がする。
そんな予感が止められない。
――そう思うのに。

「……はぁ」

ため息が出る。
予算のデータは8割、入力が終わってる。あと2割は明日の放課後を使えば完成するはずだ。

もう会いたくもないけど、溝口にはもう一度会わなきゃいけない。
憂鬱な気分になりながら、バッグから溝口から渡された紙を取り出す。
起き上がって何かする気力が湧いてこなくて、僕は再びベッドに寝そべった。そして掲げるようにして、四つ折りにした紙を開く。

溝口の携帯メールアドレスと、その電話番号だ。
明日、データが完成したらこの宛先に連絡をして終わりだ。今度こそ。
そう心に決めて、溝口が書いたアドレスを確認する。
メールアドレスなら、バレー部に割り振られたアドレスから送信することが可能なはずだ。
そう楽観的にとらえていたのはつかの間。
僕は溝口が書いた英数字を改めて見て、血の気が一気に引いた。

「…っ」

起き上がって、今度はもう一度文字をなぞるようにして見入る。

a…それともd……?
こっちは大文字のI…それとも小文字のl……?
そんな風に考え始めたら、どの文字も気になってしまって、宛先の解読が困難になっていく。
迷惑メール防止のためか、溝口のメールアドレスは長く、特に意味がある英単語が並んでいるということではなさそうだった。
それが余計に混乱させる。

「溝口、読めない…!」

思わず口に出して抗議してしまうぐらい、アドレス解析は困難だった。
予算の資料はまだ読めたのに、どうしてこのアドレスだけこんなにごちゃごちゃしてるのか解らない。
このままじゃこのメールアドレスで溝口に連絡することが難しい。

電話番号は1と7が使われていないからか、見間違えるような数字の羅列にはなっていない。
こっちは連絡が取れそうだけど…部室に電話の設置はない。

「……」

溝口に自分から会いに行くか、電話をかけるか。この間はたまたま田之上に会わなかったけれど、多分、そんな偶然は2回も続かない。かといって、電話をするのも……。
気持ちがますます滅入ってくる。

本当に、この予算が終わったら、関わることはなくなる……?
最初、書類を提出したら終わりだと思っていたのに、ずるずると3日も溝口と会っている。
興味が湧いた、と話した溝口はこのまま何もしない?

考えれば考えるほど、さっき心に誓ったことが揺らいでくる。

ぐるぐるとまとまらない思考の中、バイブ音が部屋の中に響いた。
僕は身体を起こし、バッグの中に入れたままだった携帯電話を取り出す。
新着メールを確認すると、ジェイクからだった。

『バイト終わったーヽ(*´∀`)ノ』

ジェイクのメールを見て、ふっと心が軽くなる。それから、携帯を握りしめる。

ジェイクに迷惑をかけるのは嫌だ。
あれだけ手伝ってくれたのに、今のこの状況はジェイクに対しても申し訳ない。

話をすることで、また心配させてしまうかもしれない。頼るばっかりなんて、本当は嫌だ。
だけど、一緒に考えようってジェイクは前に言ってくれた。
離脱のときもジェイクがいてくれたからこそ、出来たんだと思ってる。
誰かと協力することの大切さを、僕はジェイクから教えてもらった。

逡巡する。
溝口とは何事もなくこのまま終わるかもしれない。その期待に縋る気持ちもあった。

今までジェイクが僕に伝えてくれたことを心の中でもう一度思い浮かべる。

ジェイクのメールから返信画面を開く。
なんて書こうかと暫く考えて、結局相談したいことがある、後でリアブレで会えないかと、簡素な文面で送信する。
送ってすぐに手の中にある携帯が振動した。

『フユ? どうした!?』

「ジェイク!? 何かあった?」

緊迫したジェイクの第一声に、僕の方が焦ってしまう。

『って、フユが相談あるってメールくれたんだろ?』

「あ、そうだ。僕が相談あるってジェイクに送ったんだ。ごめん、リアブレで話すつもりでいたから」

『フユさーん』

「ごめんごめん」

呆れたようなジェイクに、僕は慌てて謝罪する。

『フユが相談があるって書いてあったからさ、リアブレで話すより、電話のほうがはえーと思って。でもその様子じゃ、一刻を争うって感じじゃないんだよな?』

「うん。ありがとう、心配してくれて。バイトで疲れてるのに、ごめん」

ジェイクの周りからはざわざわと雑音が聞こえる。
バイトが終わった直後だし、きっと外で話してるんだろう。

『何言ってんだよ、俺とフユの仲だろ』
『りっちゃん、フユって?』

不意に、ジェイクの話している背後から女の子の声が聞こえた。突然聞こえた第三者の声に、ドキッとしてしまう。
バイトが終わったところだって言ってたから、知り合いが傍にいるのかもしれない。
……りっちゃんって、ジェイクのことかな。

『んーと、俺の大事なヤツ』

「え!?」
『えええ!!!』

僕とその子の声が同時に被る。
そのあと遅れて、『て、てんちょー!! りっちゃんに恋人ができたって! やだー!!』と騒々しい叫び声が聞こえてくる。
途中でガタンという何かが倒れた物音や痛いと騒ぐ声まで響いてきた。
だ、大丈夫なのかな……って、それより、恋人って!?
井上に引き続き、とんでもない誤解だった。

「あの、ジェイク、なんか凄いことになってるみたいなんだけど!?」

『そーみたいだな。アイツらホント好きなんだよなーこういう話』

「ジェイクが変なこと言うからだよ」

『いやいや、フユが大事なのは本当のことだし』

そこだけ妙に真剣に言われて、僕は電話越しだというのに、恥ずかしくなってきてしまう。

『それに俺、職場のアイドルだからなー』

「は?」

『フユさん、そんな低い声で突っ込まないで!』

「ごめん、つい」

ジェイクは、もうフユさんシャレが通じないんだからと拗ねるように呟く。

『で、相談って? これから一人寂しく帰るだけのマジで暇な俺に、思う存分話してくれよな』




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