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side-makoto
「きりーつ、礼!」

授業終了を告げるチャイムが鳴り、担任の指示を受けて、本日の日直である中田惣一(なかたそういち)が号令をかけた。
静寂だった教室内が、一気に喧騒に包まれる。

真はすぐさまバッグの中から携帯電話を手に取ると、素早い仕草で新着メールの確認をした。
新着メールは5件。
期待に胸躍らせて確認して、すぐに落胆する。
届いているメールを一通り見終えると、陰鬱な気持ちで再びバッグへと仕舞う。

フユと離れてから、頻繁にメールを確認する癖が身に着いた。
フユには自分の素性も連絡先も全て伝えている。フユからはいつでもコンタクトが取れる状態なのだ。
ちょっとした気持ちの擦れ違いでリアブレでは別れてしまったが、少し落ち着けばフユの考えも変わるかもしれない。そう縋る気持ちが捨てきれない。現実はこんなにも冷たく厳しいのに。

習慣となってしまっているフユへのメールはあの出来事の後も欠かさず書いている。携帯の未送信フォルダにも家のPCメールにも、送ることができないフユへのメールが並んでいる。リアブレを通じて送ることができたメールは、今ではただひたすら行き場のないメールとしてフォルダを埋めていくだけだ。フユがパーティメンバーでなくなったと同時に、自分の想いを伝える術も失われていた。

会いたい。話をしたい。その気持ちが日々蓄積していく。
フユへの想いの強さから、狂ってしまいそうな毎日の繰り返しだ。恋しい分だけ、現状に対する苦しみも増す。
早くこの苦しさから解き放たれたい。心の平穏を得るためには、フユをこの手にすることが必要不可欠。

フユがこの学校の、同じ学年にいることは解っている。
リアブレが学校限定のオンラインゲームで良かったと、つくづく思う。これが世界規模のMMOであればフユの痕跡を辿ることは困難だっただろう。そう思えば、たかだか200人の中から探すだけだ。見つけられるという希望がぐっと深まる。

自分さえ諦めなければ、きっと辿りつける。

フユのリアルさえつかめれば、――この現実で接触を図ることができたなら、頑ななフユの気持ちを変えられる自信はあった。
現実での『田之上真』という存在に対して、フユは何か誤解をして勝手な壁を作り上げてしまっている。
マコトの内面を見てくれたフユが、外見で引いてしまったことを哀しく思う。
だから、その誤解を解きたい。
文字だけではやはりどうしても伝えきれなかった。自分がいかにフユを必要としているということを。
実際に会って話していけば、フユもきっと解ってくれるだろう。
フユが安心して自分の傍にいられるように早くして隔てている壁を崩したい。

それと同時に、あのジェイクというアバターとは比べ物にならないほど、強い気持ちをフユに抱いていると伝えなければ。
きっとジェイクのプレイヤーとフユはリアルで繋がっているのだろう。
その差で、あの時真は選ばれなかったのだ。
ネットだけの付き合いと、現実での付き合い。どちらに比重を置くかといえば、後者に決まっている。

フユを早く見つけなければ決して埋まらない距離。

でも、ふと、考える。
もしかしたら、フユにはどこかでもう出会っているのかもしれない、と。
そして、フユに気付かず、その心を傷つけてしまったのではないか。頑固なまでに会いたくないと否定するのは、そのことに起因しているという可能性は捨てきれない。
初対面の相手には、全員フユだと思って接してきた。接し方を間違えたということは犯していないと思うが、確証がない。
フユと話したら絶対に解ると思っているが、万が一ということもある。

今後はもっと慎重に事を進めなければ。
そのために、今の自分出来ること、しなければいけないことをよく吟味しないといけない。時間はもう無尽蔵にはない。ひとつの間違えが、取り返しのつかないことにだってなりえるかもしれない。

「田之上」

時間があればすぐにフユのことを考えてしまう真を、明るい声が呼んだ。
声の方に顔を向ければ、中田がにんまりと笑いながら、眼前でお茶のペットボトルを振っていた。

「これ、やるよ。昨日は手伝ってくれて、ありがとな」

とんと、机の上にお茶のペットボトルが置かれた。

昨日、中田は担任から任された書類整理をこの教室で一人で行っていた。
ちょうど生徒会に行くまで時間があった真は、困っていた中田へ手伝うことを申し出たのだ。
二人がかりで取りかかっても予想以上に時間がかかり、生徒会への集合時間には少し遅れてしまったのだが。
そのことに感謝して、中田はこうしてお茶持参でお礼に来たらしい。

「別にいいのに、お礼なんて」

「いやいや、あれだけ手伝ってもらってお礼しないとか人間としてダメだろ」

「言葉だけで十分だよ」

「は…おいおい、田之上お前、もっと欲深くなれよ!」

(欲深いよ、本当に欲しいものに関しては)

フユが欲しい。フユだけが欲しい。フユが傍にいてくれるなら、どんな労力も努力も惜しまないのに。

「どんだけ人がいいんだよ、田之上は」

照れたように笑う中田に、後ろから羽交い絞めするようにして手が伸びる。

「中田ー、何、堂々と田之上にアプローチしてんだよ、そんなこと俺がゆるさねーぞ!」

「アホか、冴島。自分の顔を見てから嫉妬しろっつーの」

「美少女な惣一くんには負けますよー、そりゃあね!」

お互いに笑いながら、軽口を交わしあう。
同じクラスの松前理広と共に中田は去年の文化祭で、見事な女装メイド姿を披露した。
その評判はかなり上々で、今でもこうしてクラス内で話題になる。

「フ…仕方ねーだろ、俺は元が良すぎるからな! 今でもお前たちが前かがみでひれ伏したあの日の感動は忘れられない」

「なにお前一人の手柄みたいに言ってんだよ。お前より松前のほうが伝説的美女だっただろーが」

「……理広は別次元なんだよ、比べんな」

悔しそうに、中田が呻いた。
中田惣一と松前理広は文化祭のイベントをきっかけに仲良くなったようで、クラスでも一緒にいるところをよく見かける。
大輔とは系統の違うクールさを漂わせている松前だが、陽気な中田と気が合うのだろうか。

「真」

「大輔、どうした?」

声の主を3人一斉に見る。
途端に、中田の表情が苦虫をかみつぶしたように一変する。あからさまな変化に苦笑してしまう。どうも中田は大輔のことを苦手と思っているようだ。
中田は「じゃあな、田之上。昨日はマジでありがと」と声をかけると、そそくさと離れて行った。続いて冴島もそのあとを追う。

「今日から暫く生徒会室には立ち寄らない」

代わりに近付いてきた大輔はそんな中田たちの様子を気にかけることもなく、淡々と告げた。

「予算の進捗状況が想像していたよりも悪い」

「俺もやっぱり手伝おうか」

昨日も手伝いを申し出たのだが、大輔は断っていた。だが、一日経って状況も変化したかもしれない。真はもう一度、同じように問いかける。

「いい。俺の仕事だからな」

昨日とは違い、今度は迷うこともなく断りが入る。

「それにお前だって、仕事が詰まってるだろう。余計なものまで受け入れている分、俺よりもな」

どこかで見ていてくれるはずのフユにアピールするには、学校内の仕事を欠かすことができない。
一番恐れることは、フユが自分という存在を忘れてしまうことだ。
フユに見ていてもらうためにも、もっともっと、活動の場を増やさなければいけない。

「今日はこのまま未提出の部活を回る。柴田にもそう話しておけ。余計な気を回されたらうんざりだからな」

以前似たようなことがあった時、幹が大輔の手伝いをすると意気込んだことがある。
それを大輔は酷く迷惑そうにしていた。

「酷いな。柴田君は良かれと思って行動してるのに」

「多大な迷惑だ」

冷たく言いきる大輔は、連絡をする気すらないらしい。

「相変わらず、冷たいな。いいよ、柴田君には俺から伝える」

立ちあがって机から離れた真に、少し驚いたように大輔が尋ねてきた。

「わざわざ行くのか?」

「柴田君のクラスに? 勿論。他のクラスに行けるチャンスを俺が捨てると?」

「……」

大輔が口を閉ざす。その瞳は呆れているようにも、戸惑っているようにも受け取れた。

「じゃあ、話をしてくるよ」





教室を出て足取り軽やかに、何度か足を運んだ幹の教室へと向かう。
もしかしたら、幹のクラスにフユがいるかもしれない。そう思うとそれだけで胸躍る。
フユの視界に入るだけでも、今日はいい。


フユ、今、どこにいる? 何をしている? 少しは俺のこと、考えてくれてる?
問いかけてもフユから答えが返ってくることはない。

確実に言えることは、今日も田之上真が『フユ』を想っていることだけだった。



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