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「秋山、お客」

井上は僕の横に立つと、右手を思いっきり机に叩きつけた。
帰り支度をしていた僕は、何事かとバッグから視線を外して井上を見上げた。井上は眉間に皺を寄せて渋い顔をしている。

「ってか、どーいう付き合いよ、アレ。俺の敵じゃん」

「アレ?」

無言で井上は教室の後方の出入り口を指さした。そこで待ち構えていた人物の姿に、僕は激しく座っていた椅子を鳴らした。

「どっ、どうし……」

そこには、ドアにもたれてけだるそうに待ち構えている溝口の姿があった。
腕を組み俯いている溝口はまだ僕に気付いていない。
教室から出て行くクラスメイトがちらちらと興味深げに溝口に視線を向けている。その不躾な視線から逃れるように、溝口は目を閉じていた。

「秋山」と小さく井上に呼びかけられて、慌てて口を開く。

「あ…えと、部活の予算関係」

小声で井上に告げると、ぎょっと目を見開いた。

「うわ、マジご愁傷さま」

顔をひきつらせる井上に僕は苦笑を返す。

確かに溝口と16時に待ち合わせをしていた。だけどそれは僕のクラスでとは一言も言ってない、気がする。いや、それ以前に待ち合わせ場所すら決めていなかった。
バレー部に直接溝口が来る。どうしてか、僕はそう思い込んでた。だから、まさか溝口が僕のクラスに来るとは微塵も考えてなかった。というか、そもそも僕は溝口に自分のクラスを教えていない。

「俺んとこも、いーかげんなの提出して部長が死ぬほど怒られたって言ってたな」

きっと反論できないぐらい的確な質問責めだ。
心あたりがありすぎる。昨日の体験からしてもその様子が易々と想像できてしまって軽く気持ちが凹む。

「でも、なんでお前が」

「あ、うん、まあ色々とあって」

言葉を濁した僕に、並々ならぬものを感じ取ったんだろう。井上が右肩にぽんっと手を置いた。

「頑張れよな」

「ありがとう」

ホント、頑張るしかない。
この予算問題をクリアできたら、溝口との付き合いも終わる。
今だけだ。
今日この一日だけ――。

どたどたと慌ただしく僕の前から駆け去る井上の音で、溝口が僕に気付いたらしい。
顔をあげて、僕を真っ直ぐに見据える。
僕もその視線を正面から捉える。

昨日からやれるだけのことはやった。
今はその結果を溝口にぶつけるしかない。そう覚悟を決めて、僕は溝口の元へと向かった。



「いつまで待たせるんだ」

開口一番、この上なく不機嫌そうな声が飛んだ。

「ごめん。まさかクラスに来るとは思ってなくて」

半分以上塞いでいた出入り口から溝口を廊下へと誘って、僕は頭を下げた。

「待ち合わせ場所を決めてなかったからな、直接来た。お前の名前と学年は知っているし、教師に聞けばすぐにクラスは解る」

名前と学年からクラスまで知られてしまっている。
こんなことじゃ僕が知られたくないと思っていることまで、溝口に――ハクに伝わってしまうかもしれない。
気を引き締めないと。

リアルで田之上や溝口に頼りたくない。そう思っていたのに、この現状はあざ笑うかのように容赦のないものだ。
現に今、溝口を頼らないと予算申請ができない。
頼りたくないと思っているのに、頼らざるを得ない現実。

少しでも、自分でできることはしたい。その気持ちは変わってない。
昨日、溝口から言われたことは全て先輩たちに告げた。
すぐに工藤部長をはじめ、部員全員でもう一度予算編成をやり直した。その書類を溝口に手渡せば、改めて予算編成をすることはないはずだ。

ジェイクにはまだハク――溝口に会ってしまったことは相談していない。さすがにバレてはいないと思うし、この問題をクリアすれば、溝口との付き合いはここで終了する。だから、わざわざしなくてもいい心配をかけることはない、と思う。……思いたい。

「不満か」

「え?」

「この俺がわざわざ迎えに来てやったのに」

不敵に笑う溝口の横柄な態度に絶句してしまう。
迎えに来てやった、って。別に頼んでない。
そりゃ、溝口にはご足労願っているわけだけど。
手伝ってくれることに感謝しなきゃいけないのかもしれないけど。

「俺に会いたくなかった、そんな顔だな」

不満だらけに溝口を見ていたことが表情に漏れ出ていたのか、溝口の態度が目に見えて悪くなる。

「きっかけを考えれば、少なくとも今の状況は喜ばしいものじゃないよ。溝口にだって余計な仕事を増やさせただけだし」

当たり障りのないように、言葉を選ぶ。
溝口に少しでも厚意がなければ、バレー部の予算をやるなんて言うことはない。その溝口の気持ちには感謝しないといけないってわかってるのに。

ハクだと思ってしまうからなのか、どうしても溝口に対して素直に接することができない。いくら溝口がハクのプレイヤーだからといって、ハクとイコールなわけがない。こんな僕の態度は間違ってる、そう思う。フィルターをかけることなく、溝口自身を見ないといけないのに。

自分がやられて嫌なことを、溝口にしてしまっている。
そんな自分にうんざりする。
このままじゃ、いけない。

僕は自分の思いを振り切るように、努めて明るく溝口へ話しかけた。

「溝口。昨日、みんなでもう一度予算を組み直したんだ」

「……へえ」

すっ、と溝口の目が細まった。それから酷く冷ややかに告げる。

「生憎とお前たちの提出を二度も受けつける気はない。どうせ手直しの嵐だ。俺が最初からやった方が早い」

「でも」

なおも溝口に食い下がったところで、僕を制するように右手を掲げた。

「安心しろ。俺一人で、とは言ってない。お前にも手伝って貰うさ」




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あきゅろす。
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