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番外編3-4
「酷いよ惣一君、却下だなんて!」

身振り手振りを交え、必死に抗議をするノビこと紅林博隆(くればやしひろたか)を前に俺――中田惣一(なかたそういち)は顔をしかめた。

「こんな凝った衣装をつくるには時間もないし、金もない。別のデザインにする」

放課後、ノビを誰もいなくなった教室へと呼び出した俺はデザインをボツにすることを告げた。
そしてそこから始まったノビの抗議。もっとすんなりと納得してくれるかと思ったのが大間違いで、俺は意外な抵抗を受けていた。
何故メイドデザインぐらいで涙目なんだノビは。
とりあえずまともに通じそうな理由を盾にノビの説得を試みる。

「それなら気にしないで。あー君が手伝ってくれるっていうし」

急にノビの表情が晴れやかになる。

「は…? そんなこと聞いてない」

「リームさんの衣装なら、あー君が手伝わないわけないよ」

あー先輩まで引っ張り出しやがって。あー先輩が付くなら、金の問題が解消されてしまう。だけどあー先輩の個人的な金を文化祭で使うわけにはいかねーだろ。
ってか、あー先輩にまで話すなんて、どんだけノビの口は軽いんだよ。
そのご自慢の裁縫の腕とやらで、まずはその口を縫い付けてほしいもんだ。

「このデザインを着ないっていうなら、惣一君があー君に伝えてきてよ。あー君夢破れて泣くよ!」

「あー先輩が泣くかよ」

「泣くよ! あー君、リームさんに馬鹿は大嫌いって言われてから受験勉強励んでるぐらいなんだからね! あのあー君が! Fクラスではいつ天変地異が起きるか皆怯えてるぐらいだよ」

「あれ? 最近あー先輩がログインしないのって受験勉強か」

「そーだよ!?」

今知ったの!? とノビが驚く。仕方ねーだろ、ホントに今知ったんだから。

リアブレは3年になると受験勉強を理由にログイン時間の制約がなくなる。
てっきり面倒だからとログインしていないのかと思ったら、真面目な理由だったらしい。

あー先輩こと阿宗明人(あそうあきと)とはリアブレを通じて知り合った二つ上の先輩だ。
リアブレでのプレイキャラは「あ」。
その名前の付け方からしても、やる気のなさが十分伺える。実際、話を聞けばプレイする気も皆無だったという。
家がこの世から消えろ金持ちなだけあって、リアブレをプレイしないことで降りかかる学費負担もなんのその。さらには教師からの厳重注意も鼻であしらう傲岸不遜な態度。
リアルでは向かうところ敵なしの先輩だったが、現実の成績や素行がリアルに反映されるリアブレはシビアだった。
何しろ入学したばかりの俺の可愛いリームのほうが強かったわけだから。

元々ノビとあー先輩は幼馴染で、俺もノビ経由であー先輩と知り合った。
リアブレ内では文章を打ち込むことすら面倒なのか、あー先輩の会話は単語だ。大半の会話はノビがご丁寧に通訳している。
その印象から、俺は随分と長い間あー先輩は大人しい奴だと大層な勘違いをしていた。

「今、どこにいんの、あー先輩」

「生徒指導室」

「………あー先輩、何したんだ」

「喧嘩吹っ掛けてきた奴を殴った件かな? それとも、車の無免許運転がバレた件だったかな?」

うーんと腕組みをして考え込むノビを見て、苦笑いをする。

「ろくでもねー理由で呼びだされて、今会いに行けないのは解った」

そう、あー先輩の素行は酷い。陰でやるならともかく、堂々と表立って悪い。
気がつけばすぐに停学になっている。それでも退学処分にならないのは、先輩がmashima-officeと業務提携をしている阿宗グループの御曹司だからだと言われてる。

遠くから見てもすぐ発見できるほどのド金髪で、付いたあだ名は百獣の王。
獰猛で、凶暴で、一度目をつけられたら完膚なきまでに潰される。
それがこの学校で噂される阿宗明人だ。

だけど、俺は実際のあー先輩が噂通りの人じゃないことを知っている。

「今日のリアブレであー先輩に会いたいんだけど」

俺はあー先輩のリアルでの連絡先を知らない。
いつもこうやってノビから伝えることになっている。

「会いたい!? ちょっと、惣一君、今の言葉あー君が知ったら感涙ものだよ! あー、きっとそんな発言を惣一君から聞けたって知ったら、あー君教師を殴ってでもここに来たよ!!」

っておい。物騒なこと言うな。

「わかった、伝えておくね! あー君、喜ぶだろうなあ」

あー先輩から攻めて、ノビを黙らすか。そんな風に俺は気楽に考えていた。


***


「リーム」
「会いたかった」
「呼んでくれた」
「嬉しい」
「元気」
「可愛い」
「好き」

ログインして待ち合わせのフィールドに着いた途端、待っていたのはあー先輩の羅列攻撃だった。
こんな単語しか喋られない奴がリアルでは百獣の王だなんて、誰が想像できるだろうかいやできない。

あー先輩は戦士だ。先輩のPCは全身を鎧に覆われている。
初期から体力だけが飛びぬけて高く、職業は限られたものしか選択できなかったらしい。
隙間から見える髪の色は金髪で、どことなくリアルの先輩を彷彿とさせる。

「みゅっ、リームは確かに可愛くて優しくてエロくて強くて最高だけどおっ☆」

足りないところを補いつつ、俺は先輩の正面へと移動した。

「わー、相変わらず自分で恥ずかしげもなく言っちゃうところがリームさんですね!!」

「聞いて聞いてっ、リーム最近新しい攻撃魔法を覚えたんだよっ! ノビに試したいなあっ☆」

笑顔のアイコンを選択して先輩の隣にいたノビに一歩近づくと、勢いよくノビが俺から離れた。

この荒野フィールドには俺たち以外のPCはいないようだった。まあそこそこレベルが高いフィールドだから、ここを選択できるPCも限られてくる。
オープンウィンドウで会話を続けても問題はないだろう。

「衣装」

あー先輩がそれだけを打ち込む。
ノビのフォローがなくても、これだけは何を言いたいか俺にも解った。

「それなんだけど、リームがデザインするからそれを作ってほしいな☆」

「えっ、リームさんがデザインするんですか?」

「うん☆」

「そうだったんですか、それならそうと言ってくださいよ!」

あれ言ってなかったっけか。
パソコンの前で今日ノビとした会話を思い出してみる。確かに俺がデザインし直すとは一言も言ってねーか。
あともう一人、松前も引っ張りこんで二人でデザインすれば、この短い期間でもどうにか仕上がりそうだ。

「リームさんがデザインするのを作るってのも共同作業みたいで萌えるなあ…」

若干ノビの発言に引っ掛かりを覚えたものの、今はスルーだ。

「楽しみ」

ぽんっと一言だけ表示されるあー先輩のメッセージ。
察するに、デザイン変更はOKってことだな。ノビも突っ込むことなく黙っている。
あとの問題は松前か。まだデザインの話何にもしてねーな。
松前がなにを考えているか、掴めない。ある意味、ノビやあー先輩以上に。

「どんなメイド服なんですか、リームさん?」

「みょ、ふつーだょー」

田之上の意見も参考にして次にデザインする服は清楚でシンプルなデザインだ。
俺の中のイメージは恥じらいのある可憐なロリエロ美少女。
まさに俺にぴったりだ。異論は絶対に認めない。

女装するからには、俺もクラスの連中を勃たせる勢いでやる。全員前かがみになって俺にひれ伏すがいい。
はははと心の中で高笑いをしながら一人誓っていると、あー先輩が一歩俺に近付いた。

「どこ」

「リームさん、これからどこ行きます? このフィールドのボスでも倒しますか?」

あー先輩をフォローするように、ノビが通訳する。

「むにゅう…お金もないし、今日は稼ぐことにするっ☆」

この間リームの衣装を買ったから、残金も少なくなっている。どこかで稼がなきゃいけないと思っていたところだ。
それに久しぶりにリアブレでストレス解消するのも悪くない。

俺はリームを戦闘態勢に切り替えると、画面端で様子をうかがっている魔物をターゲットに切り替えた。


***


(眠い…)

俺は叩きつけるように改札でPASUMOを翳すと、学院の生徒で溢れた通学路を歩く。
昨日は文化祭前のクソ忙しい時期だって言うのに、久しぶりに3人揃ったこともあってリアブレを最後までフルプレイしてしまっていた。おかげで寝不足だ。

半分寝ながらぼうっと通学路を歩いていると、前方で何やら生徒の動きがおかしい一角があった。
そこだけ生徒が【く】の字に何かを避けている。
不審に思いながら歩いていると、俺の視界に金髪が目に入った。

「あー先輩?」

腰までの高さの石垣に姿勢悪く座り込み、周りを威嚇するように睨みつけているあー先輩の姿があった。
ただでさえ凄みのある美形なのに、ああも睨みつけていたらそりゃ周りは近づかないだろう。

紺色の制服の中で、カジュアルな私服姿の先輩は目立った。勿論目立つ理由は服装だけじゃないけど。

「惣一」

俺が思わず声を掛けると、あー先輩がゆっくりと立ち上がる。
あー先輩は長身だ。俺もそこそこ身長があるのに、さらに高い。必然的に少し見上げる形になる。
身体中にシルバーアクセつけてんじゃねえ? ってぐらい、ピアスやチョーカー、指輪…色んなところに身につけている。

「昨日、伝え忘れた。衣装の予算や時間は気にするな。惣一の好きなようにすればいい。俺はそれに協力する」

「ありがと、あー先輩」

あー先輩が協力してくれることで、金の問題はなくなる。だけど、俺はあー先輩に金銭面を頼るつもりはなかった。
予算内で俺がこなしてこそ、担任の内申も上がる。俺はそれに応えてみせる。それができるだけの実力が俺にはある。

予算面は俺がデザインすることで、抑えられる。問題は時間だ。
ただ、これはノビとあー先輩が手伝ってくれるならどうにかなりそうだ。
でも先輩が裁縫するところは全く想像もできないし、そもそもあー先輩のクラス展示はどうなるんだ。

「それだけだ」

踵を返して、すぐさまあー先輩は俺に背中を向ける。
まさかわざわざそれを言うために俺を待ってたんだろうか。ってか、なんで私服。

「って、先輩学校そっちじゃねーよ!?」

「自宅謹慎中だ。だから、時間もある」

それ、全然時間あるってことになりませんよね!? てか自宅謹慎で早速出歩いてるし?!

「俺は、お前の役に立つ」

振り返り真っ直ぐに俺を見つめた後、それだけを言い残し、あー先輩は立ち去って行った。


あー先輩。
凄くカッコいい台詞だと思うけど、手伝ってもらうのはメイド服なんだぜ……。

百獣の王と呼ばれるあー先輩。
元生徒会会計のノビ。

その二人に手伝ってもらうメイド服。

思わず額に手をあてる。


これから、松前に話を持ちかけることを考えて、俺はさらに頭を抱えたくなっていた。




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