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番外編1-1
それは担任の無情な一言で決まった。

「今日は24日か。中田、アンケートの回収を頼む」

今日ほど出席番号24番を怨んだことはない。

アンケートとはreal blade――リアブレの簡易アンケートだ。
職業や戦闘の仕様、操作方法・イベント等に関する質問が幾つか載っている。
最初はメールを使ってのアンケートだったけど、思いのほか回収率が悪かったらしく、今ではオフライン――学院でアンケートを回収する事になっていた。
アンケート自体は無記名だけど、提出は必須だ。提出したかどうかのチェックだけはきっちりとある。担任はその照らし合わせを俺にやれと言ってきたのだ。

ふざけんな、そりゃてめーの仕事だろうが! この怠慢野郎!! 給料泥棒は地獄に堕ちろ!

と心の中で罵倒して。
見た目品行方正な俺は、担任の指名にいい声で「任せてください」と答えていた。




【田之上真の場合】


「はい、中田君」

俺が帰りの支度をしていると、机に影が落ちた。
ん? と思って見上げると田之上真が綺麗な笑みを添えて4つ折りにたたまれた紙を差し出していた。

「明日までだけど書き終わったから、先に渡しておくよ」

「マジで? 助かる」

締切日は明日なのに提出率はほんのわずか。明日の俺が泣いてるよ。

「アンケート回収、大変だろうけど頑張ってね」

励ましも忘れない。なんて出来た男なんだ。
こりゃ男ばっかのこの学校で異常な人気を勝ち取るわけだよ。俺、今ぐらっときたし。
ちらちらと視線を感じるのは田之上と話をしているせいだろう。

田之上を見送って、手の中にある紙を見下ろす。
無記名アンケートだから、これが田之上のものだと知っているのは俺だけだ。

何を書いてるんだか、気になるよな?

なに? 人のもの読んじゃいけない?

何をおっしゃるウサギさん。
このアンケートのどこにも、他見無用なんていう文字はねえんだよ!
それに回収している俺にはちゃんと書かれているか確認する義務がある!

ってことで。
俺は湧きあがる好奇心を全く抑えることもせず、こそっと今受け取ったアンケートを開いた。
目に飛び込むアンケート回答は、驚くぐらいびっしりと細かい字で要望が書かれていた。

ど、どんだけ真面目な奴なんだよ、田之上は!!

俺は少しだけ見るというのをすっかりふっ飛ばし、まじまじと食い入るようにアンケート用紙に目を走らせた。

回答欄があるところには達筆な字で、何行にもわたり要望が書かれている。几帳面な奴だな。

なにより細かく書かれていたのはイベントの項目だ。
ざっと目を通すとどうやら田之上は、対人要素をもっと増やしてほしいらしい。特に仲間との協力プレイについての要望が激しく、そこだけは裏面まで使って書かれていた。

ふむ。田之上は仲間が好きなのか。田之上の仲間ってどんな奴だか全然覚えてないけど。
そこそこ目立つ奴がいたようにも思うが、田之上のキャラが鮮烈過ぎていまいち仲間がかすんでる。

田之上のPCはリアブレ内では有名だ。なにしろチートとしか思えないパーツを沢山使っている。
それでも文句が噴出しないのは、田之上が実力でねじ伏せてるからだろう。

ちなみに俺はリアブレでは幼女な魔法使いをロール(※演じる)してる。
俺のドリームを込めて、ロリロリのエロエロだ。
学校でも男だらけ、ネトゲでも男だらけ。そんな中、俺が癒しを演じてやろうという90%の優しさと1%の趣味と9%の実用性からできた幼女PCだ。
口癖は「にゃぱ〜☆」「みょっ」「むにゅう」
こんな口癖で喋る奴は妄想世界にしか存在してないが、リアブレは現実じゃないので許してもらおう。

それに俺は特クラ在籍なだけあって、能力値ボーナスがそこそこ貰えてる。それもあって俺のPCは自分で言うのもなんだがなかなか強い。
可愛い容姿に頼れる能力。まさに最強ヒロインだ。かあいいぃぃー。

そんな俺の仲間は…まあ察してくれ。ひとつ言えるのは、俺はちやほやされる女王様ってことだ。
そんな仲間との協力イベントが増えるのは勘弁してほしいなというのが、俺の感想だ。




【溝口大輔の場合】


「中田」

田之上からアンケートを受け取って明日へと憂鬱な気持ちを馳せていた俺に、低い声が降り懸かる。

「溝口?」

振り返るとそこには同じクラスの溝口大輔が立っていた。田之上に次に溝口を見ると、一体ここはどこのタレント事務所だと思う。まあ他にも松前とかもイケてるし、特クラに入るには頭だけじゃなく顔チェックでもあるのかもしれないな。俺もいい男だし。
異論は認めない。

「アンケート。お前へ提出だろう」

「ああ、そう」

田之上も溝口も締めきり前提出か。真面目だな、さすが生徒会。

俺は感心しながら溝口から折りたたまれた用紙を受け取る。
溝口は用が済んだとばかりに、踵を返すとさっさと教室から出て行った。

俺はそれを確認すると、貰った用紙を綺麗に伸ばす。
そして勢いよくめくって、アンケートに目を落とした。
うむ。これは皺を伸ばすために仕方ない行為。ついでに表が見えてしまうのも不可抗力。

「!? 汚ね!?」

視界に飛び込んできた瞬間、思わず素直な感想が口をついて出た。
それほど、アンケートに並んだ文字は俺にとって衝撃的だった。
田之上の達筆な文字を見た後だったからかもしれないが、ミミズののったくったような字が書かれていたからだ。

溝口……顔と字がまるっきり反比例してるだろ。
こんなに字が汚いなんて、ギャップがあるとかいうレベルじゃない。今すぐペン習字を習った方がいい。

そんな余計なお世話なことを考えながら解読していくと…色々専門用語を交えているが、要はリアブレの難易度を上げろっていうのが一番の要望みたいだ。
今のままじゃ戦闘がぬるいと。

って、どんだけヘビー仕様を好んでんだよ! 今の戦闘難易度だって死ぬわ!!

「素直な感想をどうも」

「ヒッ」

急に声が降りかかったのに驚き思わず身体をのけぞらして俺が見た先には、さっき教室を出て行ったはずの溝口の姿があった。
俺の顔を見て、目を細め口角を上げる。
ヤベ。汚ねって言っていたところを聞かれた。

「これは、確認のために仕方なくだな……えーと、戦闘難易度ってぬるいか?」

見ていたことを咎められるのが嫌で俺は話の矛先をずらした。

「低すぎるな」

「そうか? お前はボーナスもあって強いのかもしれないけど、結構他のPCだと厳しいぞ」

「確かに俺のパーティでも一人はすぐ死ぬが」

「だろ。だったら」

「そのPCが死ぬと、全権が委ねられるからな。そいつを生かすも殺すも俺次第。気分いいだろ。難易度が上がればその機会も増える」

!?

なんだ!? 今ドS発言を聞いたけど!?
俺が驚きをあらわにしていると、溝口は鼻で笑った。

「冗談だ。もう一人の連れが半狂乱で蘇生させてしまう」

させてしまうじゃねーよ! していいんだよ!! もう一人がいなきゃ大変じゃねーかよ!? 俺、その死亡率高い仲間に本気で同情するわ!

こいつの仲間にだけはなりたくない。
俺は心底そう思った。

「まあ、アンケート内容に見られて困るものは書いてはいないが……」

溝口は俺の顔を覗き込んで笑った。
整い過ぎていてかえって迫力がある顔が俺の視界いっぱいに映る。
そして表情を一気に失わせ、俺に通告する。

「俺への悪口は、記憶しておくぞ。中田」

ぎょっとして溝口の顔を凝視している俺に、溝口は屈めていた腰を伸ばし、ぽんっと肩を叩いた。

むにゅぅぅううう、悪口じゃないもん! 事実だもん! とロールしているPC口調で反論したくなるぐらいに、俺は混乱し得体の知れない恐怖感でいっぱいだった。

ヤバい。こいつリアルでもいい性格してる。

とんでもなく厄介な奴の好感度を下げてしまったかもしれないと、俺はアンケートを握りしめながら感じていた。




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