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「これ、受け取って欲しい!」

俺はきれいにラッピングされたクッキーを水上に差し出した。水上はそれを無言で見下ろしている。
いきなり呼び出して、クッキーなんか渡したら、そりゃ面食らうに決まってるよな。

「今日の調理実習で作ったクッキー。クラスの女子からお前にどうしても食べてほしいって渡されたんだ。一応、お前のクラスに行って渡そうとしたみたいなんだけど、無理だったみたいで……」

特進科ではがっちりと水上や真田のガードをする親衛隊のような女子たちがいるようで、金居を含むグループで訪ねたクラスの女子は門前払いだったらしい。

「それで智樹に白羽の矢が?」

「そう、仲がいいって言われて」

そう言うと、水上が破顔一笑する。

「そっか。智樹のクラスメイトに、仲がいいって思われてるんだ。嬉しいな」

水上は嫌な顔をするどころか、嬉しそうな顔で俺が差し出したクッキーを受け取ってくれた。
男からクッキーを渡すという、人によっては怒られそうな用件でも、水上は機嫌よく対応してくれて、俺はほっと胸をなでおろした。
放課後、内容も告げずに人気ない教室にいきなり呼び出したら不審がられても、断られても仕方ないっていうのに、水上はこうして来てくれた。本当はそれだけでも感謝しなきゃいけないんだけど。

「智樹も作ったの?」

「いや、俺のグループはおしるこだったから、その場で食べたんだ」

水上の持っているクッキーの袋がガサリと音を立てた。思わず視線が釘付けになる。

「……そうなんだ。残念だな」

「いや、あまりうまくなかったら、食わなくて正解」

なにせ、作るのにほとんど失敗しないと言われる白玉の段階で俺たちのグループの出来はヤバかった。
なんという不器用さ加減。

「智樹」

顔を上げると、水上が手渡したクッキーの袋を差し出している。いつの間にかリボンもほどかれて、中身が覗いていた。

「食べたそうにしてたから」

ううっ、思いっきりバレてる。
でも! でもさ!
好きな子の作ったクッキーが食べたくないヤツなんているわけないだろ! 食べたいに決まってる!
俺は水上にクッキーを渡すという使命を無理やり押し付けられたのに、クッキーの一枚ももらえなかった。
もちろんヤキモチがなかったわけじゃない。でもそんな嫉妬は金居の『お願い』の前に完全に沈黙してしまった。

「口、開けて」

「えっ!?」

「早く」

自分で食べれる! といいたかったけど、おこぼれをもらう分際で偉そうなことも言えない。
俺が口を開くと、小さなクッキーのかけらが器用に入れられた。まるで親鳥から餌をもらう雛のように。
さくっという感触とともに、口の中に甘い味が広がる。見た目通り、うまい。

水上を見上げると、にこにこと微笑んでいた。
そうだ、俺にはまだもう一つ、やらなければいけない任務があるんだ。

「あの! そ、それでまだ用事が」

「なに?」

「クッキーをちゃんと渡したって、写真撮りたいんだ。俺と一緒に写ってくれないかな?」

我ながら、図々しいお願いだった。


――『もしよかったら、水上くんにクッキーを渡したところを写真に撮ってもらえたなら、嬉しいな、って思うんだけど……ごめんなさい、図々しいよね。渡してくれるだけでも十分なのに』なんて言われたら、『無理かも知れないけど、一応聞いてみる!』って答えてしまってもしょうがないよな、うんしょうがない。
なにより、俺はこれで金居の携帯番号を教えてもらえるかも知れないという打算が働いていた。
ただ水上一人の画像なんて回したら、皆が大切にするに決まってる。……特に、俺の好きな子が。それは、悔しかった。だから、俺と一緒ってことでせめてもの抵抗をしてみる。


おずおずと、水上の反応を待っていると、少し驚いたような声が落ちてくる。

「智樹も一緒に?」

「うん、ダメか?」

「いいに決まってるよ!」

そんなやましい心を隠しながら、申し出た俺のお願いに水上は妙に強く言い切った。予想外の剣幕に、俺は少したじろぐ。

「そ、そういってくれると俺も嬉しい、よ、うん」

「智樹、それ、俺にも送って」

「えっ」

「いいよね、だって俺も写ってるわけだし。本人がもらえないのって、おかしいよ?」

「そ、それは、そう、だよな」

水上の言うことはもっともだ。
寧ろそんなことで納得してくれるなら、良かった。安心して写真も撮れる。

「じゃあ、早速……」

俺は水上の傍に寄ると右手で携帯電話を掲げた。
パシャッとシャッター音が聞こえると、すぐに画像を確認する。
写真映りのいい満面の笑顔な水上の隣に、引き攣った笑いを浮かべてるどう見ても不釣り合いな俺。
自分で写ると言ったくせに、俺は撮り終えてわずか数秒で後悔をしていた。

「智樹」

急かすように俺の名前を呼ぶ水上に、俺は慌てて携帯を操作する。

「あ、うん。ごめん、すぐ送る」

送信すると、すぐに水上の携帯電話が反応する。
手早く携帯を操作すると、水上は両手で携帯電話を握りしめた。そしてまた、女子が見たら卒倒しそうな、甘い笑顔を俺に見せた。だから、向ける相手間違ってるって!

「ありがとう」

「いや、お礼を言うのは俺のほうだよ。こっちこそサンキュ」

「智樹はわかってないんだね、俺が今、どんなに幸せかってこと」

「そ、そうか? ま、まあ、お前が喜んでくれたのなら良かったけど」

そんなにクッキーを喜んでくれたなら、金居たちも嬉しがるだろう。ちょっと複雑だけど。
俺自身もこの画像を理由に、遂に金居の携帯番号をゲットできそうだ。
にへらっと、しまりのない笑顔を水上に見せると、水上も幸せそうに俺を見つめていた。



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