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山根が目の前にしゃがみ込み、ゆっくりと僕の首に手を伸ばす。
「…そうだね。でも俺は素の君の方が好きだよ。教室で馬鹿をやっている時よりも、今こうして、家族が細切れにされていく様子を無感動に話している円くんがね」
「悲しいなんて感情、もう忘れたよ」
「幼少期の思い出が感情を麻痺させるのは珍しいことじゃない」
僕は嬉しい振りをして周りを安心させる
僕は楽しい振りをしてみんなに合わせる
僕は悲しい振りをして泣き叫ぶ
僕は怒った振りをして怒鳴る。
「それはそれで構わないんじゃないかな」
――僕は初めて僕を認められる。
それはとても心地良いことだった。
誰もが異常と定め殺した'僕'の生きる場所が与えられたのだから。
「写真、ありがとう。とてもいいものが撮れたよ」
山根は片手に持ったデジカメを軽く振る。もう片方の、僕の首に掛かった手が力を持って締め付けてきた。
「過去を話す間の君は死んだようだった。とてもいい表情だ…そしてこの場所も。本当に君が死体になったような想像ができる。俺は今、すごく気分がいいんだよ」
苦しいというよりは痛かった。
呼吸が出来ないとか言ってる場合じゃなくて、喉が潰されそうだ。
しかし僕がその手を外そうとするより一瞬早く、山根の唇が僕の唇を塞いでいた。
声も漏れないほどに食らいつかれる。
愛しさからのキスではない。
むしろ山根は、僕の呼吸器官を塞ぎきろうとしてるんじゃないかと思った。
そのままの体勢で互いの目が合った瞬間、山根があっさりと僕から体を離す。
喉を押さえて咽せる僕を見下ろすと山根はにっこり笑った。
「円くん。君を、いつか俺のこの手で殺してみたいね」
それだけ言い残して去っていく。
僕はその後ろ姿を見つめた。
山根は時が来れば僕を平然と殺すのだろう。だが今はまだその時ではないということか。
その気になれば山根は人の命を奪うことを躊躇わない。あいつはそれを僕の体に、感覚として刻み込んだのだ。
まるで恐怖を植え付けるように。
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