鹿嶋家の父と子
あの辱めを受けた日から1週間。




徹底的に薫を避けたのは、あいつを思い出したくないからだ。薫が悪いわけではないけれど、男に口でイカされたショックは大きく、忘れることが得意な俺もかなり混乱していた。そんな中でも救いといえばあの事件から3日後、今付き合っている彼女相手にSEXを誘われちゃんと勃ったことだ。やっぱ俺は女の子がいい。

でも、あのオーラルセックスの絶頂感。あれは・・・・異常だった。すごすぎる。

あんな卑猥なことをして得られる快感など俺には必要ない。普通でいい。普通だって十分気持ちがいい。気が付けばSEXの事ばかり考えている自分にげっそりする。そんなに興味なかったのに。全てあの男のせいだ。

下校時は車が通るだけで気を張った。彼女と一度会っただけで、あとは寄り道もせずに学校と家を往復する毎日。そろそろ冷蔵庫の中も食材が切れそうだ。そうだ、あいつに電話して食材を詰めておいてもらおう。




ガタン




奥の部屋から物音がする。

(起きたかな)

ノックもせずに奥の部屋のドアを開けると薄暗い部屋の中、本で足の踏み場もない床の上に倒れ込んだ父の姿が目に入る。いつものことなので特にあわてず抱き起こす。

(軽い。飯食わねえもんな)

父は俺より背も低ければ体格も華奢で、父親と言うより兄弟に間違われることの方が多い。いつもパジャマにパーカーをはおり、足の踏み場もない部屋で怪我をしては大変と、足首まであるアニマルスリッパをはかせてある。モコモコ羊のかわいいぬいぐるみスリッパだ。そして見事に自分が散らかした書籍につまずいて転ぶのだ。



「起きて父さん。大丈夫」

「んあ?夕輝。帰ってたんだ。今いつ?」

仕事をしながら机にうつぶして寝ていたのだろう。頬にしわの痕が付いている。今何時ではなく「今いつ」というのが昼か夜かも区別が付いていないことを表している。部屋のカーテンは遮光カーテン。父が自分で開けることはまず無い。一日中部屋に引きこもりパソコンに文字を打ち込み続ける。それが父の仕事だが、もともと引きこもり傾向にあったらしく自分にあった仕事に就けたのは運がよかったと思う。

「今日は金曜。夕方の6時。今日は天気よかったよ。飯作るけど食べるよな」
「金曜か・・・ご飯いつ食べたっけ?」

けっしてぼけ老人ではない。
パソコンに向かうと時間の観念が無くなるのだ。キリが付くまでは机から離れない。限界を通り越して倒れたこともある。故にたまに様子を見に行ったり机に向かう時間を計っておいて、周りがストップをかける必要があるのだ。家族は俺1人。放っておいたら間違いなく飢え死にか過労死だ。



ムクリと顔を上げた父。サラサラの髪はうなじを隠すまで伸びきり、幼い顔に収まる切れ長の目をゴシゴシこすり、大きなあくびをしながら立ち上がる。もう息子の方が背はちょっと大きい。外に出ないものだから肌は白を通り越して、顔などは青白く見えることもある。35歳とは思えないあどけない仕草で伸びをして目尻に涙を浮かべる。

「ご飯・・・・食べたい」
「すぐ作るから、風呂先に入って」
「えー・・・かったるい」
「3日も入ってないだろ。また巽(たつみ)にどやされるぞ」
「たつみ・・・・・あれ?あいつ最近会ってないなあ〜いつ会ったかな〜。まぁ、いいや。そんなこと」



フラフラしながら仕方なく浴室に向かった父。風呂場で転ばないといいけど。しばらくするとガシャンという音がして風呂場に駆け込むと、案の定タイルにしりもちをついて打った背中を痛そうにさすっていた。

「すべった・・・」
「・・・・みたいだな」

こんな感じで父は生活するには何かと不都合を抱えている。




父の仕事は小説家だ。生計が立てられるほどには仕事がある。だからと言っては何だが、正直首から下はいらないんじゃないかと思うことが多々ある。
こんなにボーっとしていても頭の中で常に壮大な話を考えているんだからそれが不思議でならない。冒険ファンタジー、SFファンタジー。本人は家から出ないのに、よくまあ山あり谷あり、血と汗と涙ありのアクション話が延々と書けるものだ。



冷蔵庫を開けるがここ3日ほどスーパーに寄っていないので食材が少なく、ありあわせの物で夕ご飯の支度を始める。ナス2本とひき肉。炒め物だな。
あまり細かい料理は苦手だから、野菜は大雑把に乱切る。これが巽だったら同じ食材を使っても全く別のうまいものができる。
巽は父の友人。俺が生まれたときから何かと面倒を見てくれる主婦みたいな主夫?だ。

「夕輝〜髪がなんか変だ。ぼさぼさに・・・」



ぬれた髪をゴシゴシしながら台所にやって来た父の髪を触ってみると、サラサラのはずの髪がゴワゴワしていた。

「これ・・・ボディーソープで髪洗っただろう」
「そうかあ?・・・そうなんだ・・・そういえば・・・・そうかもしれない。まぁ、いいや」

まぁ、いいや。これが父の口癖。ポタポタしずくがまだ垂れる髪を拭いてやる。もうどっちが子供でどっちが大人なんだか。幼児返りしたようなかわいい父だが、俺にとっては大事なたった一人の家族だから、守ってやらないと、息子の俺がしっかりしなきゃといつも思う。夕飯を一緒に食べながら、野菜も食べろと皿に取り分けていると、



ピロリ〜
携帯がメールを受信した。



制服のポケットに入れっぱなしだったことに気づき、リビングまで行きポケットから携帯を取り出し受信画面を開けた。知らないアドレス。画像添付?

合コンでアドレス交換をした相手かな?と思い画像を開けてみると、そこに写っていたものは・・・・



(何だ・・・・・・・・これ・・・・・!!!)



体が凍った。そこに写っていたのは、



両腕を拘束され服を乱され、ペニスを勃起させた自分のあられもない姿だった。



(・・・・こっ、これ・・・・・・・・・・・・・あのときの!!!)



忘れもしない、忘れられないあの日の悪夢の画像だ。何枚も撮られた画像。1週間なんのアクションもなく、たちの悪いいたずらであればいいと思っていたのに、今になってこんなものを送りつけてきた。何で俺のアドレス分かったんだ・・・?
性根の悪いアノ男のことだ。きっと、薫の携帯でもこっそり盗み見たのだろう。

携帯を持つ手が震える・・・こんな画像消さなければ!すぐに消去ボタンを押して携帯を閉じるとまたすぐにメールを受信した音が響く。



まさか・・・また。



おずおずともう一度携帯を開けるとまた画像が添付されたメールが届いている。背中を冷や汗が伝い、血の気が下がる。ボタンを押すと・・・

「っ・・・・」

男の手がペニスを掴み、まるでよがり喘いでいるような表情の俺が、画面いっぱいに写っていた。そして画像の下に添えられた一文。




――――― 明日 正午 アーク・ヒルホテル 1205室




仁だ。

あいつだ。

やっぱり、あれだけで済む訳がなかった。



この画像でこれから俺を脅すつもりだ。
あいつは何度もシャッターを押していた。
こんな画像を・・・・・あいつは、

「クソッ!」

画像は消したが、目に焼きついたあの画像は、目を閉じても網膜にこびりついて離れない。


明日・・・


行けばまたきっと何か起こる。でも行かなければこの画像を消すこともできない。あいつに会ってこの画像をどうにかしなければ。でも行けばきっと・・・・

自分が要求に従えばどうなるのか、想像しただけでゾッとする。なんでこんなことになったんだ!あの日、薫の家であいつに会わなければこんなことにはならなかったのに。送ると言われたあの時、手を振り払ってでも逃げていれば。

今更後悔してもどうにもならない。逃げることは出来ない。もうすでに自分はあの男の思惑にまんまと嵌っているのだから。



「ねえ、夕輝。どうしたの」
「な、何でもない」

携帯を制服のポケットに突っ込み、力なく壁に寄りかかった。目を閉じるとあいつの、仁の憎らしい顔が浮かぶ。



その憎らしい顔は、冷淡な微笑で夕輝を見ていた。

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