花火
毎年お盆になると、店を閉めて長野のお爺ちゃんの所に家族で帰省する。だから今夜で野獣御殿での夏休みも終わりだ。
今年の夏の締めくくりは花火。
広い庭園の人工池のほとりで、山のように買ってきた花火に次から次へと火を付けた。
手始めに普通の手持ち花火に火を付ける。ろうそくのユラユラした炎から、花火の先端にゆっくり火か移り火薬に引火したとたんフラッシュして煌々とした色と音を放つ。この瞬間がドキドキする。
赤や、緑、オレンジや青。煙の中で鮮やかに閃光が走る。
「うわーほんと綺麗。俺好きなんだー」
「コータがこんなに喜ぶとは思っていませんでした。そんなに楽しい?」
「あっ、あったりまえじゃん!!花火は誰だって好きだろう?夏に花火しなくていつするんだよ」
「そうですけど、あんまりコータがはしゃぐから、珍しいなと思ったんです」
「そ、、、そりゃあ、ほら、七色に光る閃光、かっこいいじゃんか!ははははっは・・・・」
ここに来るのが嫌いな俺が、いつもテンションが低い俺が、こんなにもはしゃいでいるのだから、そんな俺を見て椎神は何かを感じ取っているようだが。
だって、喜ばずにはいられない。
明日でここともおさらばだ!!テンション上がってはしゃぎまくるのも当然だろ。今年の夏も理不尽な状況で良く頑張ったよ俺!
明日からは本当の夏休みが始まる。残り2週間だけど。俺はこの日を待っていたんだ。
でも、帰ることを喜んでいると思われるとまた難癖を付けられる可能性が大であるから、抑えきれないこの思いは、花火ではしゃいでいると思わせておこう。
そう決めて、心から楽しんでいた。
そして虎太郎はロケット花火や噴き出し花火など、勢いのある花火もどんどん試した。ヒュルルルーと夜空に消えていくロケット花火。ああ、俺も明日は自由に飛び立つんだ!!さらばだ野獣御殿。
バチバチバチバチバチバチ!!!
「うっわ!!」
ロケット花火にご満悦な俺の足元に、煙と閃光を噴き出しながら回転するねずみ花火が飛んできた!!
こんなことをする奴は・・・
「あ、危ないだろ、龍成」
龍成の奴が手に花火を持って、俺にぶん投げてきたんだ。
「なんか・・・・・おもしろくねぇ」
「そんなん知るか!花火が嫌ならやらなきゃいいじゃん」
「花火は嫌いじゃあねえ」
「じゃあ、何だってんだ!」
「・・・・・・・・・・・・おめえの顔が気に入らねぇ」
「はぁ、なんじゃそりゃあ?」
意味の分からない台詞を吐き、龍成は今度は爆竹に火を付けて・・・・こっちに放って来た。
「げっ!」
バチバチパンパンパン!!!!
ピストルの弾がはじけるような音に耳をふさぎ逃げ回る。それでもまだ俺の後を追って投げてくるから、椎神の後ろに逃げ込んで、椎神の体を楯にして龍成を睨みつけたけど、
ライター片手に爆竹にまた点火して、あろうことか椎神に向かって問答無用で投げてきた。鬼かあいつは!!!
俺が楯にしている椎神の体に、バチバチ音を立て火花を散らす爆竹が当たって跳ね返り、地面に落ちたところで爆発する。
パンパンパンパンパンパンパンパン!!
「ぎや====!!あ、あぶね!!や、やめ」
椎神の背中にすがり縮こまる俺。その前にビビることもなく平然と立ったままの椎神。俺たちの周りは破裂し続ける爆竹だらけ。アクションヒーローの爆破シーンのようだ。
「あ、、、あ、、、あほか!!お前は。怪我したらどうすんだ」
「てめえが逃げるからだろうが、椎神の後ろに逃げても無駄だぞ」
そうでしょうとも・・・
龍成は楯の代わりにした椎神の存在など、元から無いように爆竹を椎神の体に当てて投げてきたのだから。椎神が怪我をしたらとか考えないのかよ。やっぱ鬼だ。鬼畜だ。
そんな目に遭いながらも、爆竹が炸裂する中、微動だにしない椎神も、君には恐怖心などという感情は無いのですか?と聞いてみたくなる。
「もう、煙臭いったらありゃしない。私を巻き添えにしないでほしいですね」
服に付いた煙の臭いに不満そうな椎神は、俺と龍成の間から抜けて他の花火を取りに行ってしまった。
やっぱり怒ってる?
「ほら、龍成。お前のせいで椎神怒ってんぞ」
「知るか、俺じゃあねぇ、不機嫌なのはお前ぇのせいだろうが」
「そりゃあ、楯にしたのは悪かったけど、龍成が爆竹投げてくるからだろ」
せっかくの楽しい花火が台無しだ。終わりよければすべてよしって言葉もあるんだから、今日だけは俺は楽しもうと思っていたのに。
椎神の後を追いかけ、違う花火やろうぜと声をかけながら走り寄り、龍成を置いて離れた。
そんな俺の後ろ姿を、龍成が闇と同じ暗い色の瞳で見ていることには、全く気づかなかった。
椎神に追いつき、次何しようかと聞くと、線香花火を取り出して来た。
「花火の終わりはやっぱりこれでしょう」
椎神はなんとなく寂しそうな声でその手に線香花火を取って火を付けた。
ゆっくり火薬部分にまで炎が達すると引火した瞬間、シューバチバチと音が鳴り閃光が散る。点滅する光が椎神の綺麗な顔をさらに際立たせている。
「さっき、ごめんな。楯にして」
「ん?」
「いや、なんか怒ってるからさ。あとで龍成にも謝らせるから」
「いいですよ、別に。楯にされて怒ってるわけじゃないですから」
違うのか?でも・・・怒っていることは否定してないし。
「じゃあ、何に怒ってるんだ?」
全然理由が分からない。花火が始まった時は怒ってる感じではなかったのに。爆竹事件しか思い当たる事がない。
「そうですね、強いて言えば・・・・・・コータの顔」
「????」
俺の顔?
なんか。さっきもそんな言葉を龍成に言われたような・・・
「何か、よく分かんないけど、気に障ったなら謝るよ」
「いえ、いいんですよ」
いつもと違ってぶっきらぼうに答える椎神は「いい」とか言ってるけど全然「よくない」ことが鈍感な俺にもわかる。こいつがありありと表情に出すのも珍しい。
「あーーじゃあ」
俺は最後のお楽しみに残していた特大の単発打ち上げ花火を取り出してセットした。
「線香花火なんてチビチビやってるからテンションが下がるんだよ〜ここは夏の終わりにドカ====ンと派手に打ち上げようよ。最後の夜じゃん、楽しまなきゃあ!!」
花火が夜空に音を立てて打ちあがる。
ニコニコ満面の笑顔をサービスに付けて、だから機嫌直せってばと、椎神に向き直ると、
(あれ?)
輝く花火の光の下、立ったまま俺を睨んでいる椎神の表情が・・・冷たい。何故に?
「あ、じゃあ今度は連続打ち上げ花火だ〜!!!」
反応が薄い・・・
「そっか、もしかして椎神は花火自体が嫌い・・・とか?」
「好きですよ。花火」
「そ、そうか。もしかして派手なのが嫌いだったのか。ごめん俺、線香花火やろ!」
「・・・・でも、嫌いになるかも」
「え?」
「花火・・・」
ろうそくの小さな炎に揺らめく明りに照らされた椎神の表情はやっぱり冷たかった。
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