獣の愛撫
体中に刻まれる所有の証。
首筋に、肩に、胸に・・・順に降りて来る愛撫という名を借りた性の虐待行為。
肉をはみながら獣が吸い付いた場所には赤いうっ血の花弁が散り、獣が牙を立てた場所には濃赤の傷痕が華を咲かせた。
「痛い・・・・いっ・・・ぐあ!」
艶やかな華が咲くたびに、獲物の悲痛な声が上がるが、獣の耳には歓喜の声にしか聞こえない。その声に酔いたいがために、更なる愛撫を与え傷で体を彩った。
貧弱だった昔の体と比べると、筋肉が幾分付いた健康的な虎太郎の肌は弾力があり、新たな肉の感触を獣に教え悦ばせた。何度か舐めて吸って、気に入った箇所には甘噛みを施す。
獲物が発する声に嫌悪感以外の少しの快感が入り混じると、それに合わせて今度は牙を立て痛みを与える。
――― 痛みと快感。
昔散々味わわされた、果てなき二つの感覚。
それが交互に訪れることで、体は刺激に対して驚くほど敏感に反応する淫らな体に作り変えられる。
繰り返された淫猥で残酷な調教により、虎太郎はかつて気が狂いそうな悦楽の時を龍成と共に過ごした。
終わらない苦痛と、オーガズム。
地獄と天国を行き来するような、思考と体がバラバラになるような官能の世界、そこから必死で逃れた虎太郎を、龍成はまた引き戻し突き堕とそうとしていた。
「いっ、ぐ・・・・うあ」
「なあ、タロ。 どこに痕をつけて欲しいんだ。言ってみろ」
舐められ、吸われ、噛まれる。
その獣じみた行為は、昔龍成が嫌がる虎太郎にわざと強いていた変質的な虐待愛撫だった。
「なあ、どこがいいんだ?タロの好きなところで感じさせてやるから、言ってみろ」
「・・っ・・・んなところは・・・ねえ・・・」
「そうか」
股の付け根も、太ももの内側も、膝の裏、最後は足のかかとまで、体中に赤いうっ血した痕を散りばめ、痛みと噛み痕を弱りきった獲物に刻む。
体中余すところなく指と舌を這わせて、この体に龍成が触れていない場所は無い、唇を這わせていない場所は無いと、執拗な愛撫で虎太郎の体に思い知らせる。虎太郎は龍成の所有物であることを示すがごとく、マーキングじみた行為を繰り返した。
足首を持たれ、指の1本1本を口に含みしゃぶる。
虎太郎が嫌がるのを知っていて、わざと卑猥な所作に及ぶ。
「どの指がいいんだ」
ヤクザが指を詰める時のような身も凍る台詞を吐きながら、さも楽し気にどの指が一番感じるかを問うてくる。
「11年の間に不感症にでもなったか。昔はここでも感じるほど淫乱に仕上げてやったってのによ。本当にてめえは、手間がかかって仕方がねえなぁ」
反応しないことに不満を覚えた龍成は、右足の小指を咥え込むとガリっと指の付け根を噛みちぎる勢いで牙を立てた。
「ぐぁ!う・・痛い!!・・・いっ・・ぅ・・」
痛くて右足が跳ね上がるが、足首をしっかり抑えられ引くことも叶わない。痛みに呻き脂汗を浮かべる虎太郎とは間逆に、龍成は咥え込んだ小指の傷を美味そうに味わっている。
血の滴る肉を美味そうにはむ獣・・・
そうやって今も昔も変わらず、自分は龍成に喰われ・・・凌辱されるのだ。
徹底的に・・・何もかも奪われて、壊れる。
「ぁ・・・や・・・・、だ・・・・・痛い・・・」
ズキズキ傷が痛み、口からは情けない言葉がひっきりなしに零れる。
「い・・痛・・ぃ・・いたい・・・やめ・・・いっ・・・あぁ・・・」
「このまま、喰いちぎってやろうか。指の1本くらい貰ってもいいよなあ。こんなに長い時間待たされたんだ、何かご褒美があってもいいんじゃねえのか」
――― 指の一本。
龍成の言葉は本気か冗談なのか分からない。いつも気分次第で事を運ぶ。
本当に喰いちぎるはずかないとは言いきれなかった。普通や常識などと言う言葉は、こいつには当てはまらない。
龍成は喰いちぎると言ったら本当に喰いちぎる。
だから・・・
「や、やだ・・・、やめて・・・・・・やめてくれ・・・・・」
すがるように懇願すると、龍成は血まみれの小指を舐める行為を一旦止め、虎太郎の股の間に体を入れて覆いかぶさって来た。
顔の横に片手を付いて青ざめた顔を見下ろし、もう一方の手で首筋から胸までを行ったり来たり指先で肌を撫でまわしながら、龍成は口を開いた。
「俺はどこがいいかって、聞いてんだがな。タロ」
「・・・・・・・・・」
痕を付ける場所を、自分が感じる場所を言わないお前が悪いと、喰いちぎろうとした理由を正当化するように虎太郎を責める。
「強情なとこは変わってねえな・・・そういうお前も嫌いじゃねえが」
胸を彷徨っていたその指が、腰から太ももをたどり張りのある大腿部でピタリと止まる。
「言わねえなら、今度は左足だ」
「・・・!」
覆いかぶさったまま左足のひざ裏を掴み、腹に付くほど折り曲げる。太い指で虎太郎の細い足首を痛むほどに強く握り、アキレスに軽く歯を立てた。恐怖におののいた足が跳ね上がるが、より強い力がそれを難なく制する。
(また噛まれる。嫌だ!!)
「や、やめ・・ろ。 言う、から・・・・・・」
搾り出したか細い声に龍成の動きが止まり、再び顔を覗き込んでくる。
噛む行為を止めたことにとりあえず安堵し、恐れと憎悪を湛える目を開き視線を合わせると、今にも飛びかかりそうな体勢で虎太郎の言葉を待っている龍成が目に映った。
『どこに痕をつけて欲しいんだ』
(どこにって・・・そんなのどこも嫌に決まってる。)
『タロの好きなところで感じさせてやる』
(好きなところなんて・・・ない。)
しかし言葉にしなければ、左足までもが血まみれになってしまうだろう。そして今度こそ本当に喰いちぎられるかもしれない。
痕を付けると言うのは“噛む”ということ。どうせまた痛みが体を襲うのだ。だがそれでも噛みちぎられるよりはまだましだと思えた。
痛む体で考える。
どこもかしこも痛む体。そのどの部分をその牙に差し出せばいいのかを。
(噛めば気が済むだろうか・・・)
いや、ダメだ。龍成は『抱かせろ』と言った。
どうせ噛む行為はセックスまでの余興。痛がる自分を見て楽しみたいのだろう。
傷付けて欲しい場所を自ら哀願するなど悔しくて叫び出したい程だったが、右足の痛みと左足に刻まれるかもしれない新たな傷の恐怖に、虎太郎は意を決して龍成が幼い頃から噛むことを好んでいた場所を口にした。
「く・・首」
ほんのわずかな間の後、冷めた言葉が耳に落ちた。
「違ぇだろ」
(えっ・・・)
いつも一番に噛まれる、龍成が最も好む場所を答えたが、返って来たのは否定の言葉だった。
「適当な事言ってんじゃぁねえぞ」
「ぁ・・・・・・でも・・・」
「誰が俺の好きな場所を言えと言った?俺はてめえのいい場所を言えと言ったんだ」
虎太郎の返事が不服な龍成は、髪を鷲掴みにして頭を固定し、怒りに眉根を釣り上げた顔を近づけた。
「っん・・・!」
唇と唇がぶつかる。
勢いで歯がガチンと当たり、また唇のどこかが切れた。
荒く貪るような口付けは池で噛み切られた傷口も広げ、口内に再び血の味が滲む。
「お前の感じるところは・・・・・ここだろうが」
噛むような口づけを落としながら、龍成は薄い胸にある小さなふくらみを指先できつく挟み上げた。
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