彼方から君を想えば
3
「おう!アレク。暴漢に襲われたって本当か?」
バタン!という音と共に、外務局の大臣室に隣接する補佐官執務室のドアが乱暴に開けられ、大男が入ってきた。
「何のことですか?将軍」
大男の言葉の意味が分からず、読んでいた書面から顔を上げて入り口を見ると、いつの間にか男はすでにアレクシエルの机の前に立っていた。
「ほう〜」
男がアレクシエルの顔を上から見下ろす。鋭い目でまじまじと見られて居心地が悪い。
すると男はアレクの顎に手を添えて更に上を向かせ自分の顔を近づけた。
「襲うにしたって普通顔に傷つけるか〜。綺麗な顔が台無しだ。どこのどいつだ、オレが始末をつけてやる」
アレクシエルを襲ったという暴漢に怒りをあらわにする大男に対してアレクシエルは間の抜けた顔で答えた。
「あの、バーン将軍。先ほどから、なんのことをお話ですか」
「何って、この傷のことだ」
「はあ、まあ、傷はありますが」
「はあ、って、アレクお前襲われたんだろ?」
襲われたという、ただならぬ言葉に意味も分からず首をかしげようとするが、大きな手で顎を捕まれていたので動かすことができなかった。
「襲われたって、誰がですか?」
「お前だ」
「はああ?」
何がなんだか分からない。襲われたってなんのことだかさっばりだ。
「襲われたんじゃあないのか?」
「って、何のことだかさっぱり分かりませんが」
「今朝からその話で持ちきりだぞ。アレクシエルが昨日帰宅途中に暴漢に襲われてけがをしたって話」
バーン将軍の話を聞きながら、今朝周りに適当ないい訳をしたことを思い出す。
椅子の背もたれに体を倒し小さくため息をつく。
今朝、顔や手首のけがに気がついたとき、一番ショックを受けたのは妹のラフィアーナだった。
こんな顔では仕事に出せない。
傷が完全に治るまで仕事には行かせないとかなり怒っていた。
男なので顔のけがなど別に気にすることはない、そんなことで仕事は休めない。
ただでさえ忙しいのに。妹をなだめすかしやっとのことで登庁したのだ。
顔の傷は消毒しただけでガーゼなどは目立つので貼らなかった。
左手の包帯も袖の中にうまく隠れるので問題はなかったと、思っていたのに。
執務室にたどり着くまでにすれ違う衛兵、局員があいさつの途中で固まり、自分の顔を凝視する姿を無視して素早く部屋に入ったというのに・・・
『アレクシエル様!!そ、その顔の、傷は!』
部屋に入るといつも礼儀正しい秘書のリーがあいさつもせずに顔を引きつらせた。
他の局員も「あ==」とか「きゃ==」とか言いながら近づいてくる。
「あ〜これはですね〜」
まさか昨日寝ぼけていて馬車から落ちましたなど恥ずかしい話をすることもできず、ぽりぽりと頭をかく仕草をすると、
「手、、包帯?!」
リーは袖の隙間から見える包帯をめざとく発見した。
しまった!せっかく隠していたのに。
アレクシエルは説明を求める部下たちに、ーーー昨日帰りに、、ちょっとねーーーと苦し紛れで適当ないい訳をしたのだ。
アレクシエルの怪我のことはは瞬く間に広がり、更に尾ひれ背びれが付き、本人の全く意図していない話ができあがっていたのだ。
まだ午後にもなっていないのに、外務局の噂がなぜ将軍にまで届いたのか不思議でならない。
「暴漢じゃあねえって言うなら、その怪我の原因はなんだ?」
いぶかしむバーン将軍になんと言おうかと考えたアレクシエルだが、結局よいいい訳が思いつかずに
「あ〜その〜ですね〜」
将軍と局員が見つめる中アレクシエルは
「転びました、、はは」
と答えた。
部屋にいた者たちはポカーンと口を開け、どう考えても話をごまかそうとするアレクシエルを疑いのまなざしを向けていた。
その日は大臣や官僚たちが城から戻り通常の業務に戻ったので、比較的早く各部署の仕事が終わった。
定時より2刻(2時間)ほどの残業になったが、それでも今までよりは早いと感じながら気分良く執務室を出た。
長い廊下を歩きながら昨日は深夜までここにいたな・・・と考えながら出口に向かう。
外に出るとエントランスにいつもの馬車が横付けされていたが、いつもと違うのはそこには馬に乗った騎士が2人いたことだ。
アレクシエルに気が付いた騎士がひらりと馬から下りてアレクシエルの元へ来て深々と礼をする。
「アレクシエル様、バーン将軍の命により本日より護衛をさせて頂きます」
「え?」
「お屋敷までお送り致しますので、どうぞご安心を」
「いや、その・・・ええ!」
門の衛兵から優しく背中を押され馬車に促され、有無を言わせず馬車に入れられた。
「では出発致します」
声と同時に騎士に守られた馬車は出発し、呆然としたまま帰路に就く。
やっぱり・・・真実を話すべきだった・・・・
それからしばらく騎士の護衛が続き、いたたまれなくなったアレクシエルはバーン将軍の元まで出向いた。
顔を真っ赤にさせて居眠り事件の真相を話し、いつも恐ろしいほどの威厳を放つ将軍を大爆笑させたのだった。
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