彼方から君を想えば
2
アレクシエルの寝起きはあまりよいと言えるものではない。


睡眠時間が長かろうが短かろうが、起きてからしっかりと覚醒するまでの時間が長くかかることは館の者はみな知っている。

まず起きてからベッドを出る前に必ず2度寝をする。しばらくして目をほとんど開けずにもそもそと着替えるのでこれがまた時間がかかる。
着替えたあと またリビングのソファーで寝てしまう。
そして朝食はフォークとナイフを握ったまま眠りにつく。

美しく聡明なアレクシエル様のこんな一面を見ることができるのは、この館に勤める者の特権である。

アレクシエルいはく2日間くらいなら寝なくても平気。
そのあと12刻(12時間)寝ればすがすがしく起きれる。3日間くらい平気で寝れそう。
というのが持論らしい。冬眠するのか・・・



昨日は帰りが遅かったらしく、5刻(5時間)しか寝ていない兄を起こしにラフィアーナは兄・アレクシエルの部屋に向かった。

ノックもせずにドアを開ける。シンと静まりかえった様子にまだ起きていないことが分かる。
さて、今日はどうやって起こそうかしら。抱きついてキスしたらお姫様のキスで王子様は目が覚めるかしら。

アレクシエルと5つ年下の妹・ラフィアーナはとても仲のよい異母兄妹だ。

アレクシエルの母はアレクシエルを産んですぐに死去した。
国の要職に就き伯爵家の当主でもある父クラウスにはすぐに新たな縁談が持ち上がり、当時国交が回復したブラウマー王国の第二王女を妻として迎えた。
だがその王女もラフィアーナを産みラフィアーナが4才の頃に死去。今は3度目の結婚により迎えた侯爵家の息女エレノアが継母である。

エレノアはつつましい女性であった。
幼・少年期のほとんどをを国外で過ごしたアレクシエルにとっては同じ家に住んでいてもどこか希薄な存在に思えるのだが、自分たちを我が子と分け隔てなく育てるエレノアは良妻賢母であった。
兄妹はいつまでも仲良くとのエレノアのしつけのせいか、私と妹は年が離れているのに仲がよかった。


「アレク===。もう7時過ぎたわよ〜」


ソルベスタ王国の知性と美しさを兼ね備えた美姫とも謳われる伯爵家の令嬢なのに。

今からでも遅くない。
お兄様と呼んでくれないだろうか。


「やだ〜アレク。制服着たまま。ブーツも履いたままじゃない」

・・・そうかだから体が締め付けられるような、痛いような感じがしたのか。

「もう、お風呂も入ってないでしょう。早くシャワーかかって。時間ないわよ」

「う〜ん、、、あと10とき(10分)・・・」

「ぐだぐだ言うなら、私が洗うわよ」

妹の言葉に仕方なく顔を下げたままのっそりとベッドを降りる。
ラフィアーナならやりかねない。
もう18才になるというのにアレクシエルのベッドに潜り込み、有無を言わせずベッドを占領し、仕方なく一緒に寝ることもあるのだ。
兄を素っ裸にして風呂にたたき込むくらいのことは彼女ならやりかねない。

「もうフラフラじゃない。しっかり歩かないとぶつかるわよ。子どもなんだから」

23才の兄をつかまえて何が子どもだと腹立たしく感じたが、この館の者にとって寝起きのアレクシエルの様子は、小さな子どもと大して変わらないのだった。

 
「もう服も髪もよれよれね〜。ちゃんとすれば綺麗なのに〜」

ラフィアーナはよくわからないことを背中に投げかけてくる。

「でも、よれよれのアレクも綺麗よ、かわいくていじめたくなっちゃう」

もう幻聴にしか聞こえません。



浴室に入りもそもそと時間をかけて服を脱ぐと、疲れがとれていない重たい体に異変を感じた。

あれ?なんで節々が痛いんだ?

水道設備が整った王国では、王侯貴族の館だけでなく、庶民の家にもシャワーが設置されている。

まずシャワーのコックをひねる。

頭からぬるいお湯にかかると、顔の左の部分、こめかみのあたりが妙にしみる。
石けんを泡立てようと両手でこすると、左の手首がズキッと痛んだ。

左手・・・寝違えたか?首じゃなくて手首寝違えるかな〜
 
右手だけで何とか泡を立て髪を洗うと、また左のこめかみが痛んだ。
顔はヒリヒリする、左手首は痛い、そういえば左の腰の辺りもなんだか痛い。こうも痛いと目も冴えてくる。

素早く泡を洗い流しタオルで髪と体の水気を拭き取ると、バスタオルに赤い色が付いていた。


「は?」


赤のような赤茶色のようなそれは、血のように思えた。アレクシエルはとっさに鏡を見てはっと息をのんだ。


「なんだこれ・・・」


呆然とした。


さっき石けんがしみた左のこめかみには5センチメートルほどの擦り傷がくっきりと血をにじませていた。


「はあああ???」

その声に躊躇なくラフィアーナが浴室のドアを開けて入ってきた。

「どうしたの?アレク。変な声だして?」

「こっ、こらラフィ、君は」

急いで腰にバスタオルを巻き赤面した顔を見られるのが恥ずかしいので背を向ける。

「アレク〜肌白くてきれい〜」

「な、何言って、早く向こうに行きなさい!」

「大丈夫よ〜前は見てないから」

平気な顔をして伯爵家令嬢はにっこりとほほえんだ。

あわてて巻いたタオルが少しずれているところをラフィアーナが目を細めて見ていた。

「な、何?」

ラフィアーナの視線が刺す左の腰の辺りを見ると、うっすらと青いあざがあった。


「お兄様、その、あざ、何ですの」
 
丁寧な話し方。アレクに対してこういう話し方をするとき妹はたいがい機嫌が悪い。

「あれ、本当だ。なんだろこのあざ」

そして左の腰を見ようと顔をひねったとき。

「お、、おにい、アレク、顔!!顔に!!」

ラフィアーナは兄の顔を凝視した。

そしてようやくアレクシエルは思い出した。昨日寝ぼけていて馬車から落ちたことを。

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