彼方から君を想えば
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「あぁ==!なんでこんなに仕事が山積みなんだ!終わらねえ」
「私なんて昨日から泊まり込みよ。お風呂に入りたい〜」
「文句を言う暇があったら手を動かす、今日も午前様になりたいのかい」

ここソルベスタ王国の王城から少し離れた場所にある外務局は、日付が変わろうとする23の刻(午後11時)にも関わらず明々と明かりが灯っていた。

1年が終わる12の月(12月)はとくに事務整理が忙しく、外務局員は上層部の官僚までもが泊まり込みで仕事に追われていた。


カタン・・・



不意にペンが落ちる音に局員たちが振り向くと、外務大臣補佐の席に座る男がゆっくりと檜作りの大きな机にうつぶせで倒れ込んだ。

「ア、アレクシエル様!!!」

名前を呼ばれて朦朧とした意識が蘇る。
周りで局員や秘書のリーが自分を呼ぶ声がするが、どこか夢うつつではっきりとしない。

「あ、、、すいません、、、(一瞬、、寝てた?)」


前髪を掻き上げながらまだうつろな目で局員たちを見つめながら(さすがに3日間泊まり込みはきついな〜)などと考えながら机の上のペンを拾い寝ぼけながら持ち直す。

そのしぐさに男女問わず局員一同の視線が釘付けになる。

『ア、、アレクシエルさまが寝ちゃうところ、見ちゃった・・・』
『あ==まだ寝ぼけてる・・なんだかかわいい〜〜』
『無防備・・・』

「アレクシエル様、今日こそはお館へお戻りお休みになってください」

秘書のリーが局員の視線をわざと遮りながら心配そうに声をかける。

「いえ、私は大丈夫ですよ。ここにある書類が終われば一段落つきますし。明日は父上・・大臣も登庁されますから、ある程度通常業務に戻れますよ。リー秘書官。局員に交代で休息を。泊まり込む局員には仮眠をとるように手配を」

局員の体調を気遣うアレクシエルだが、一番体を酷使しているのは外務大臣補佐官であるアレクシエルである。
外務大臣である父・クラウスが王城での仕事にかかりきりである今、外務局の責任者は息子である自分である。
大臣クレウスは外務官僚の半分を引き連れて、外国からの賓客の接待に当たっているのだ。

先月父から国賓の接待と、たまりにたまった事務整理とどちらの仕事を選択するかを迫られたとき、アレクシエルは少し迷ったが連日徹夜作業となる『魔の年末事務整理』の仕事を引き受けた。

外務局の立場上はNo.2であるのに、アレクシエルは外交関係の仕事が嫌いなのである。
外交手腕が悪いのではない。
父親に勝るとも劣らぬ外交手腕は持ち合わせている。
もっぱら「ぜひ大臣のご子息に我が国に出向いて頂きたい」「条約締結の際にはアレクシエル=フォン=ランシェア補佐官殿に・・・」と非常に諸外国のうけはいいのである。

ソルベスタ王国の美麗な外交官、ランシェア伯爵家のアレクシエルを一目見てみたい、話してみたい、、触れてみたい、、、。
できれば自国の駐在として大使館に常駐させたいなどと思う諸外国の重鎮もおり、その誘いを断るのが毎回おっくうなのだ。



日にちが変わって夜の1刻を回る頃、ようやく本日分の重要書類に局印を押し終え、リーにせかされながら外務局執務室を出る。
まだ仕事が終わらない局員にねぎらいの言葉をかけながら眠い目をしばたかせ出口までの長い回廊を歩いた。

「補佐官様、顔色がよろしくないようですが」

「そんな、大丈夫ですよ」

笑いながら衛兵たちに答える。

「でもさっき執務室で倒れられたと」

それは寝ていたのだけれど・・・

先ほどあまりの眠気に一瞬意識が飛び、机に伏せてしまったことが、出口の衛兵たちにまで伝わっていた。
末端の者にまで瞬時に自分の言葉や行動が知れ渡るこの外務局。
壁に耳あり障子に目あり。
身近にいる上級官僚たちに今日の痴態を見られたのは失敗である。
彼らの情報伝達能力は仕事以外でも十分に発揮されるのだ。

いくら3日間ほんど寝ていなかったとはいえ、最後に情けない姿を曝したな、と後悔しながら馬車に乗り込んだ。



外務局とランシェア伯爵家は湖を挟んでちょうど対岸にある。
湖面に映る満月を見ながら馬車に揺られると単調な揺れが眠りを誘う。
明日は9の刻(9時)までに登庁すればよいので、帰って寝れば4,5刻(4,5時間)は寝れるな。
風呂は起きてからでいいか・・・などと考えているうちに館が見えてきた。

深夜にもかかわらず館の入り口には主人を待つ執事や召使いの姿がある。
館の大きな鉄の門を抜け、長いエントランスを馬車が優雅に駆け抜ける。石造りの正門に馬車がゆっくりと泊まり、護衛がゆっくりと馬車の扉を開けた。

「お帰りなさいませ、アレクシエル様」
深々と執事が頭を下げる。しかし主人が降りてくる様子はない。

「アレクシエル様?」

不審に思い馬車の中をのぞき込むと、主人は馬車のクッションに身を横たえ、静かな寝息を立てていた。3日ぶりに帰ってきた主人に優しく声をかけ肩を揺さぶり起こす。

「・・・ああ、すまない、ついたのか」

アレクシエルの目はまだ半分しか開かれていなかったが、館にたどり着いたことが分かると、よろよろと馬車の開いた扉に向かった。

眠い、疲れた、でも頑張れ、ベッドまであと少し。
などと考えていたと思う。顔を上げる力もなく下を向いたまま手探りで馬車の手すりをつかんだはずだった。


ガタガタ、ズダン!!!


一瞬何が起こったのか分からなかった。

おそらく手すりをつかみ損ね、しかも馬車の段も踏み外し、そのまま地面に座り込むように落ちた。


「ア、アレクシエル様!!」


執事や護衛の兵士が自分の周りで騒いでいる。
執事に体を支えられようやく体を起こした。
今日は厄日か。
居眠りをして情けない姿を曝し、馬車からも落ちるとは。

「アレクシエル様、お怪我はありませんか!」

「あ、、ああ、大丈夫だ。たいしたことはない」

恥ずかしかったので執事の言葉もあまり聞かずにそのまま自分の部屋にもどる。
部屋に入り広いリビングを通り抜け、隣のベッドルームに倒れ込んだ。
制服の襟元も締めたまま、ベルトもゆるめず、ブーツも履いたままだった。

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あきゅろす。
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