ぬくもり
昔から祖父は、無二の親友であった島木の孫の静を可愛がっていた。


それは自分の孫達に注げなかった愛情を代わりにあてがっているように思えた。組織のしきたりを叩き込まれる海藤の血筋の子供は、鷹耶を筆頭に可愛気など全く無く、人の裏をかいて生きることを楽しんでいる、手に負えない子供ばかりだった。

修造は普通の祖父とかわいい孫の関係を静に望んでいるので、鷹耶としては迷惑極まりなく、早くあの矍鑠としたじじいが死んでくれないかと常に願っている。そうなれば次の後見人は、父の海藤廉治に引き継がれる。修造は鷹耶が頭を下げても静の後見人の権利を鷹耶には譲らなかった。可愛くない孫へのささやかないじわるであるが、鷹耶にとってははらわたが煮えくりかえる出来事だった。

祖父も親父も一度に死ねば都合がいい。それが鷹耶にとって後見人への一番の近道となる。もちろんそんなことは口には出せないのだが。



静が呼んだ。だから連れて帰って当然。後見人であろうと本人の意思を覆すことはできないだろうと、ことさら静の意思を強調して九鬼に言い放った。



「・・・ごめんなさい、九鬼さん」

静は鷹耶を呼んだつもりはなかった。ただ「会いたい」と思ったから素直に言葉に乗せた。
だがその言葉を鷹耶は「呼ばれた、だから連れて帰って当然」と強引に解釈し、それを静の意思だと言い強硬に連れて帰るつもりなのだ。


「静さんが謝ることではありませんよ。静さんが帰りたいと言ったのなら、もう、私達に止める理由はありません」

さっきまで鷹兄と険悪だった九鬼さんの表情も大分元に戻っている。でも蹴られたところが心配で、

「九鬼さん怪我・・・」
「行くぞ、静」

九鬼の怪我が心配で、そばに行こうとするのを阻止され、静は鷹耶に抱きかかえられた。

「ちょ、何するの、鷹兄、九鬼さんが」
「あれくらい怪我の内には入らん」
「でも・・」

酷い言い様だ。鷹耶はこれ以上用は無いと、静を抱いたまま広間を出て行った。



遠ざかっていく鷹耶の背中。静を大事に抱きかかえる様子に少しは安堵したが・・・
(「ちゃんと、仲直りできますかね・・・無理強いしないとよいのですが」)
九鬼はそれだけが心配だった。この3日間で静が逃げ出したことに対する鷹耶の怒りが少しでも鎮まっていたらよいのだが。



「静さん」

廊下まで出てきて静を呼ぶ九鬼を、鷹耶の肩越しになんとか顔を出して視線を合わせる。

「お気をつけて」
「うん、ありがと九鬼さん。お爺ちゃんにも・・」
「話すな」

言いかけて頭上から落ちる怒りをはらんだ声に、ビクッと体がこわばる。また何か怒ってる・・・
しゅんとして下を向き、黙り込む。

「・・・俺がいるだろう」


ぼそっと落ちる声。それって、もしかして・・・・やきもちですか?鷹耶の顔を見てみると相変わらずの無表情で、なのにそんな言葉を言った鷹兄が何だかとてもかわいく思えてしまった。

優しくて、すぐ怒って、とっても怖くて、でもかわいいとこもあるんだ・・

「プッ・・」
「何がおかしい」

今度は怒った顔。

「だって、鷹兄も子供みたい」
「・・・子供はおまえだろう。泣いてばかりで」



そう・・・ずっと泣いてばかりだ僕。
警察でも、ここに来てからも、そしてさっきの乱闘のときも。
泣いていたときに考えていたのは・・・・いつも



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鷹兄のことだった。




鷹耶に抱きかかえられて、鷹耶のぬくもりを直に感じて、安心して・・・


「ごめんね・・・ごめんなさい鷹兄」
「もう、いいと言っただろう。怒ってはいない・・・・、あまりのことに怒りも通り越した気分だ」
「あ、それってよく倫子さんとか、お爺ちゃんとかが言ってた」
「・・・アレと一緒にするな」
「鷹兄って、やっぱり・・・・」

お父さんとかお母さんが生きてたら、きっとそう言って叱られたんだろうな。そうなると、お父さん・・・になるのか?でも「お父さんみたい」と言ったら機嫌を損ねるだろうか。自分はまだ若いと。

「やっぱり何だ?言ってみろ」
「ん、や・・・なんていうか、鷹兄の言い方って・・・その・・・」

上からじっと見つめられて言わなきゃあいけないかな・・・

「何かね・・・お、お父さんに叱られているって感じが・・うわっぷ!」

鷹耶の顔が落ちてきて、そのまま唇が重ねられた。唇が軽く触れるだけの短いキス。ここ人さまのおうち!!誰か見てるかも。びっくりして辺りを見回すが運よく誰も居ない。



「父親なら、こんなことはしないだろう」

不敵な顔で微笑まれた。


唇へのキスなんてまだ慣れていない。数えるほどの回数しか。そう、3回?4回?そんな以前にしたキスも思い出してしまい、真っ赤になって鷹兄の腕の中であたふたする僕は、そのまま車の後部座席に担ぎ込まれた。
座席には毛布が敷かれてあり、着くまでは横になって寝ていろと言った鷹兄の表情は、キスしてご満悦なのかいつものちょっと意地悪な優しい表情に戻っていた。

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あきゅろす。
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