相談室
ガチャンと音を立ててドアが閉まる。
6畳もない狭い部屋。壁にはシミや傷があり靴でけったような足跡も付いている。
スチールの机の上には蛍光灯。2脚置かれているパイプ椅子は所々破れている。たった一つの窓は擦りガラスで、外の風景を見ることができない。そしてその窓を覆う鉄格子。
まるで、犯人みたいだ。
ケンカした揚句、警察に補導されて、しかもこんな所で夜を明かすなんて・・・・・
15年生きてきて、最大の衝撃。
ごめん、お父さんお母さん、お爺ちゃん、倫子さん・・・
ごめん・・・鷹兄・・・・・・・・・・・・・・どうしよう・・・・・・・・・・
犯罪者が座ったかもしれないパイプ椅子には座る気になれず、部屋の窓際の壁にもたれた。外なんて見えないのにそれでも窓の傍にいると、車の通る音や、クラクションなんかの音が聞こえて、外界と繋がっているように感じて少しだけホッとする。
中学の時、夜遊びをしても「危ないことはしない、そして警察の厄介になることはしない」と倫子とは約束をしたのに・・・
保護者と言われても倫子は海外。こんなことで呼び戻せるはずもない。
学校へ連絡などとんでもない。奨学生の僕はばれたら一発で退学だ。
親戚もいない、親しい知り合いもいない。
後見人は海藤のお爺ちゃんになっているけど、こんなところに居るなんて、情けなくて連絡できるはずがない。
鷹兄は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こ・・・・・・・・・・・・・・・・・・怖い。
逃げだしてきたのに、こんなとこに居ることがばれたら・・・・・・・
怒る。絶対怒られる。真剣怒られる。鬼みたいに、無茶苦茶怒るに決まってる。
叩かれるかも、殴られるかも、
それとも・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・軽蔑されるかな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
怒られるのはすごい恐怖だけど、警察に捕まったなんて知ったらきっと・・・・・・・・・軽蔑される。
それに職業柄鷹兄達は警察と関り合いになりたくないだろうし。
鷹兄には絶対知られたらだめだ。
じゃあ、どうする。頼れる人は?自分はずっとここにいなければならないのだろうか。
「ああ・・・・どうしよう・・・・・」
相談室の冷たい壁に、泣きそうなか細い声が反響する。
左手の包帯は汚れていて、巻いていると余計ばい菌が入りそうだったので解くと、傷に張っていた医療用の大きなばんそうこうは血がどっぷりと滲み、包帯にも少ししみ込んでいた。
痛いはずだ。
ばんそうこうは剥がすと出血しそうだったし、ここで傷口を見る勇気は無かった。血を見るのが嫌だったのでまた汚れた包帯を無造作に巻きなおした。
痛い・・・
右手の拳の辺りにも血が付いている。中指と人差し指の拳のところが・・・皮が切れて肉が少し見える。どうやらナイトヘッドの奴を殴った時、相手の歯にでも拳が当たったのだろう。そんな感じの傷痕だった。
左手ほどではないけれど、血が固まって肉の切れ目が開き渇こうとしている傷もチリチリ痛む。
力無くもたれていた冷たい壁にズルズルと座り込み、電源の入っていない携帯電話を取り出した。
警察には、保護者と連絡を取るために中身を確認されたが、静は電話番号を入れていないので警察はどうすることもできなかった。親に電話する気になったらすればいいと携帯を返してくれた。
電源を一瞬だけ入れる。
画面が光り、時計は午前2時を回っていた。そしてすぐにまた電源を切る。鷹耶さんからかかってくるとまずいから。
はあーと胸がつぶれてしまいそうな重いため息をつく。
背中に触れる壁が冷たい。
心にあるのは自分を大切にしてくれた人達への謝罪と絶望。
誰に助けを求めればいいのかわからない。でも、ここを出るためには誰かに助けを求め迎えに来てもらわないといけない。
誰か…助けて・・・・・
鷹兄・・・・僕の事・・・・・・・・・嫌いに・・・・・・なる・・・・・かな・・・・・
体が重い。
目を閉じると、
鷹耶のいつもの不機嫌な顔が浮かぶ。
最近笑ってる所を見ていない。当たり前だ。1週間ケンカばかりしていたようなものだから。
「せっかく、夏休みの、計画・・・・立ててたのにな・・・」
すぐ近くで聞こえるパトカーンのサイレンの音を聞きながら、静は自分を責め、先の見えない不安に怯えた。
悪夢のような夜は長かった。
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